アンドロイドは永久の夢を見る

桔梗 浬

第1話 イヴ

 2900年。

 地球上に生身の人間はほぼいなくなり、イヴという名の偉大なる人工知能が世界を支配していた。


 時の政府は彼女の作る施策をただ、実行するだけの機関にすぎず、少子化問題は最重要課題、死活問題とされていた。

 ある者は「人間はもはや不要の存在だ」と言い、ある者は「昔のように生命体で溢れる地球を取り戻すべきだ」と意見が真っ向から対立している。


 苦肉の策として、まず行われたことが『優秀な人材の精子と卵子を凍結保存する事』だった。そして今まさにイヴによって人工的に命が産み出され、クローンの様に同じ顔をした人間が何人も誕生している。


 もはやイヴは神だ。


 失敗作だとイヴが判断した子どもたちは、10歳の夏に処分される運命だった。優秀な人間を増やすことで近未来を支え、イヴに逆らうことなく平和な世界を作るためだ。

 多くの子どもたちが命を奪われる中、イヴの承認を得て生きることを許された子どもがいた。


 彼の名はヤヌス。

 ヤヌスとはローマ神話に登場する神で、物事の始まりの神といわれている。そこから名前がつけられたのだ。


 彼は聡明で賢いだけでなく、子どもながらに鍛えあげられた肉体と甘いマスクを兼ね備えていた。

 もちろん、イヴのお気に入りの実験材料であることは否めない。


 ヤヌスの部屋には彼が欲するもの、イヴが必要と思われる全てのものが与えられていた。


『ヤヌス、過去の地球で何が起こったのか調べましたか?』

「はい。人々は争い、戦争で多くの人命が失われました。それだけじゃない、この地球にとって取り返しのつかない、多くの犠牲を払って来ました。また多くの技術が誕生し、人々の暮らしも変わっていく様が、とても興味深いです」

『よろしい。そのうち貴方には、過去への扉を開いていただきます。より多く優秀なを集めましょう。その為に必要なものは遠慮なくRoot12ルートトゥエルブに申し伝えなさい。実験に必要なものは全て与えることにします』

「ありがとうございます、イヴ」


 ブォンという機械音を残し、イヴとの通信は終了した。


 静寂が部屋に訪れると、ヤヌスは立ち上がり部屋を一周する。考えをまとめなければ。

 だがこの部屋には複数の監視カメラがあり、パソコンを通じて全ての事が記録されていた。何か異常だと判断されれば、命の保証はない。

 多少イヴのお気に入りのヤヌスには自由が与えられてはいるが、それも監視の上での事だ。


―― イヴに気付かれず、怪しまれずに事を進めるためには……。


 ヤヌスは考えていた。

 兄弟のように生活を共にした仲間が、一人、また一人と消えていく現実。

 15才となった今だからこそ、この異常な状況を理解する事ができた。


 今、ヤヌスがしようとしていること。

 それは仮想空間上に真の仲間を作り、イヴを己の傘下に置くこと。そうすれば、この馬鹿げた人間製造も、殺傷処分も止める事ができるはずなのだ。

 それには自分と同等、いやそれ以上の知識を持ち、イヴのセキュリティーを掻い潜り、コアシステムを支配する事が必要なのだ。


 何故、英才教育を受けたヤヌスがこの思いに至ったか?

 

 それは……以前イヴからの課題で、過去の地球について調べていた時の事だ。

 その時、ヤヌスの身体に不思議な感覚が沸き上がってきた。

 それは身体の芯から流れ来る愛しさ、哀しみ、言葉では表せない何かであり、イヴによって選ばれたDNAの中に記録されていた記憶が、ダムが決壊したかのように流れだし、その大量の情報で身体全体が支配された。

 震えがヤヌスを襲い、医療チームが駆けつける事態を起こすまでの異変だった。



 ヤヌスが見つけたのは、一枚の古い写真だった。昔の資料が保管されているエリアに入室が許可された時の事だ。

 そこで昔の古いアルバムを見つけた。埃をかぶったソレはヤヌスにとって初めて見るものだった。

 映像はアセットとして管理され、イヴが提供するものが全てだったから、手にしたものが何かを理解するまで時間を要した。


 写真の裏側には文字が刻まれていた。その名は『シソン・レヴィトン』。彼の残された写真を見て、「僕は彼を知っている」と、ヤヌスの身体中の細胞が叫んでいた。


 彼は韓国系アメリカ人。資料によると、かなり優秀な物理学者だったらしい。それでも国のために戦うことを志願していた。

 そしてその隣の人物は、お揃いの軍服を着て楽しそうに笑っていた。

 初めてこの写真を見た時、ヤヌスは涙した。


 そう……隣で嬉しそうに笑っている青年こそ、ヤヌス自身だ。彼の当時の記憶、想いが、溢れて来たのだ。


 彼の名は『カイト・クラーク』。彼は戦いの中唯一生き残った軍人である。何故自分だけが助かったのか、今ならわかる。


 だからこそ、隣の青年『シソン・レヴィトン』をヤヌスは復活させたいと考えていた。復活させ話をしたいと、切に願っていた。


 過去への扉。

 ソレはこの時代になっても実現することができない技術。イヴは過去へ赴き、優秀な人材の精子と卵子の確保、もしくはDNAを使ってクローンを作り上げたいと考えている。


 見た目が同じでも、声が同じでもダメなんだ。

 ヤヌスは改めて思う。

 過去へ生き、シソンに会いたい。

 でも、ソレはイヴを支配下に納めてからする。そうヤヌスは考えていた。


―― シソン……。君に会いに行くよ。その前に、君の知識を再生する。君を再現するよ。

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