◆18
次の日、ミナ嬢には泣かれたが何とか出発することが出来た。大人になったら迎えに来て下さいって言われたが、やんわりと流し返事はしていない為一応約束はしていない。そこは大事だ。
だが、一体ミナ嬢はどんな絵本を読んだのだろうか。ダンテは絵本なんて読まずに育ったから、彼の記憶を持つ俺も詳しくは知らない。
出発後も、未婚のご令嬢がいない家を選び泊まらせてもらったのだが……最難関が一つ。今回の旅では一ヵ所だけ見つけられなかった。
今、ご令嬢は首都にいると聞きつけたから、もしかしたら、と思ったのだが……
「ようこそいらっしゃいました!」
「お初にお目にかかります、ブルフォード公爵様」
「こちらは私達の娘です、ほら、挨拶なさい」
「お、お初にお目にかかります……!」
予測通り、ご令嬢も出迎えに来た。事前に連絡を入れていたからな。だがその恰好、まさか今から舞踏会にでも行く気なのか? 着飾りすぎだろ。
とっても素敵な方ねとキャッキャしてるご令嬢、とってもお似合いだわだとか何だとか言い出すご両親達。気が早すぎるというより何より俺は何も言っていないのだが。
それから食事中もだいぶ褒めまくられた。居心地が悪いにも程がある。
「最近始められた公爵様の事業は本当に素晴らしいものばかりですな。どうですか、この後飲みながら話をするのは」
「いいですね」
「本当ですか! ありがとうございます。年代物のワインをご用意しましょう」
とりあえず、ここを抜け出したかった。
やっと夫人とご令嬢から離れられた俺は、伯爵と別室に移った。用意されたワインは、言っていた通りの年代物。一体これはいくらしたのだろうかと聞きたいところだ。そんなものを俺に出してしまってもいいのかと思ってしまう。
「確か、伯爵は製薬業でしたか」
「えぇ、公爵様に知って頂けていたなんて光栄ですな」
製薬業界では、伯爵ともう一人の侯爵家の二家で牛耳っている。この世界には病院もあり、設備も整っている。
貴族が経営する病院であるのなら、治療費が高額で平民達がかかれないのでは? とも思ったが、そうではないようだ。特に伯爵は平民に対する目の向け方は良い方だ。
その業界の中で、特許を持っているのが先程の二つの一族の当主。特許とは、とある薬草を扱う為の特許だ。
〝ユメラタ草〟
これは、重病の患者によく使われる薬の原材料だ。
どうしてその薬草に特許が必要なのか。それは……この薬草は使い方によってはとんでもないものに変わってしまうからだ。もう一つの薬草と組み合わせると、違法薬物が出来上がってしまう。
この国では勿論禁止されている。だから、国は特許という制度を設けたという事だ。
その特許を一番最初に取得したのは、この方。この国で五本指に入るほどの腕を持つ薬剤師であり、医者でもある。
そんな人物と親しくしていて損はない。その理由から、この家を宿泊先に選んだのだ。
「ささ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
そんな伯爵だが、何を思ってかだいぶ酒を飲ませてくる。ダンテは酒に強いから問題ないが。
俺が憑依する前のダンテは、人前で酒は飲まなかった。だから伯爵は勿論ダンテの酒の飲める上限を知らない訳だが……だいぶ飲ませてくるな。
ここでお開きにする事も出来たが、伯爵の話はとても勉強になる話ばかりだったため最後まで付き合った。
来てよかった、とも思ったが……
まさかというか、何というか。まぁ予測出来ない事ではなかったが。
「用件は」
「公爵様にお会いしたくて」
「こんな時間に?」
「はい、その……」
今の時間を見てみろ。深夜だぞ。そんな時間にご令嬢がここに来てるのが聞きたいところだが、まぁ理由は大体分かっている。さては、夜這いしてこいと言われたのだろう。
異常な酒の量を俺のグラスに注いできた伯爵の行動が、どういう事だったのかよく分かった。酔っぱらったところを狙って、即成事実を作るための策だったのだろうな。
だが、ちゃんと意識がはっきりしている俺を見てご令嬢は動揺しているようだ。そんなもので溺れるか。
さ、ご令嬢がうろつく時間ではありませんよ。と、突っ返した。部屋まで送るなんて事はするわけがない。
「……はぁぁぁぁぁ」
心は痛むが、同行させていた護衛に一晩部屋の前に立ってもらうことにした。徹夜させてしまって悪いな。
夜這いといえば。今殿下は何をしているだろうか。つい数日前に俺が襲ったわけだが……きっと殿下の耳には俺が領地に向かったことは入るはずだ。
俺が首都に帰ったら、一体どうなっているのか。楽しみだな。
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