◆15


 殿下を引き連れて向かったのは、二階のバルコニーから続く廊下を少し進んだ先にある、休憩室。


 扉を開けると、中には誰もいない。ソファーがいくつかとローテーブルのある部屋だ。


 殿下を中に招き、俺はこの部屋の内鍵を閉めた。鍵の閉まる音に気が付いた殿下は、背後にいる俺の方へ振り向いた。


 だが、遅かった。殿下の腕を掴んで引っ張り、彼の背中を壁に付けた。



「ブルっ……」



 殿下の両頬を両手で力強く抑え……口づけをする。驚愕する殿下をよそに、離すことなく何度も、何度も。油断したのか、少し開いた唇の隙間から、舌を侵入させた。


 俺より腕力のあるであろう殿下は俺を引き剥がそうとするが、この口づけが初めてなのか、まだ困惑しているのか、焦りを見せ引き剥がせないでいる。それをいいことに俺は殿下の頬から手を離し、首に腕を回しぐいっと引き寄せた。尚も口づけを続け、最後に離した時には紅潮する殿下の顔と、俺達の舌を繋ぐ銀の線が視界に入った。


 もう一度、今度はリップ音を聞かせた優しい口付けをする。微笑を浮かべて殿下を見つめると、顔をこわばらせ頬を紅く染めている。やはり、殿下はこの顔に弱いらしい。


 だが、次の瞬間、殿下は俺のネクタイを掴み立ち位置を強引に変え壁に押し付けた。まだネクタイを掴んでいるが、余裕がないように見える。そんなに効果的だったか。



「……どういうつもりだ。会話をするはずだっただろう」


「これも一つのコミュニケーションだと思いますが」


「ブルフォード卿……これは脅迫か」



 脅迫。そのつもりはないのだが、殿下はそう捉えたらしい。


 今、俺は殿下の婚約者であるご令嬢の家に圧力をかけている。皇后陛下の力もあるがな。だが、このタイミングという事は、皇后陛下は俺に便乗したという事になる。だから、俺がこれ以上何か仕掛けるのであれば、後ろ盾どころか殿下の面子も丸潰れだ。



「俺に身体を売れと、そう言いたいのか」



 俺は、力強く殿下の顎を掴んだ。そして、口の両端を上げ殿下へ向ける視線を強くする。



「そうは言ってませんよ。婚約者と参加出来ず寂しがってる殿下を慰めて差し上げようと思っただけです」



 言ってる事とやってる事が違うぞ、とでも言いたげな視線だ。まぁそうだろうな。だが、ネクタイを掴まれているのだから顎を掴んでも問題ないだろ。それに、身分は上であっても年下のガキに胸ぐらを掴まれて黙っていられるほど俺は心が広くない。



「いかがですか?」


「……婚約破棄の際に婚約者が言っていた事は私も覚えているぞ」



 あぁ、不能男のくだりか。あれはマジでやってくれたよな。



「嘘か本当か、ご自分でご確認なさったらどうです?」


「……っ」



 殿下が、顔を動かし顎を掴む手を払い、ネクタイを掴んでいた手を緩め、離した。その代わりに、今度は俺の腕を掴み引っ張ってくる。その行き先は、長いソファー。投げるように寝かされ、上に覆い被さってきた。


 あぁ、下にはなりたくないと。そう言いたいのか。まぁ、俺は最初からそのつもりだがな。相手は年下でも、悪くない。



「紳士なら、相手にもっと優しく接してあげないといけませんよ」


「相手が相手だろ」




 殿下からの口づけで始まった。未成年の年下とあって先ほどの口づけが初めてなのかと思ったが、意外と上手じゃないか。皇子ともあって童貞だろうがな。貞操を守るのも皇族としての義務。もし童貞でなかったらそれこそ大問題だ。


 ……俺が言えないがな。とはいえ、相手が女じゃないのだからセーフだろ。


 俺は、殿下の首に腕を回した。それぞれの舌を絡ませる。



「ん、ふっ、んんっ」



 唇の隙間から、少し高めの声がこぼれる。ここは皇城。しかも今、近くでは何人もの貴族達がパーティーを楽しんでいる。そして、更には皇后陛下までいらっしゃる。そんなところで情交がかわされているなんて知られたら……『不能男』にもう一つ追加されかねないな。


 そんな危機感を感じつつも、腕に力を入れ殿下を引き寄せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る