◆14


 その後、セレナ夫人から頼んでいたドレスが大体完成したとの報告を受け、すぐ屋敷に来訪してきた。デザイン画と、完成したドレスを持って。


 流石、この国で有名なブティックを手掛けているだけあって俺の期待に十分すぎるほど答えてくれた。


 クリノリンを外したことにより、今までよりも膨らみが小さくなりこぢんまりとしているが、それでもドレスの美しさは損なっていない。むしろとてもよく纏まっている。


 そして何より軽そうで着やすそうだ。



「生地をふんだんに使いふんわりとした形を作り出してみました。如何でしょうか」


「えぇ、期待以上です。さすがセレナ夫人ですね。貴方に頼んで良かった」


「公爵様にそう言っていただけて光栄ですわ! ありがとうございます!」



 試してみたところ、今までのドレスよりも大体三分の一の時間で着ることが出来たそうだ。その点に関しても改善されたようで良かった。


 ではこれでいきましょう、とセレナ夫人に頼む事にした。勿論、生地はクロール生地だ。



 セレナ夫人はすでに準備に取り掛かっていたようで、すぐにブティックに並べることが出来た。結果は意外な事に着々と売り上げを出していた。


 クロール生地のドレスや紳士服の売れ行きが上がり、その波に乗せての発売だった為、勢いを増しているようだ。


 クリノリンを使う事が当たり前だったこの国では、女性達には抵抗があり時間がかかると思い策をいくつか用意していたのだが、これなら必要ないな。世の中の貴族女性がそれだけ困っていたという事だろう。



「へぇ、ここまでか」


「着実に売り上げが伸びています。流石でいらっしゃいますね、公爵様」


「いえ、セレナ夫人の腕がいいのですよ。私は提案しただけですから」


「そんな事はございませんわ! 世の中の貴族女性達の悩みを解決してくださったのですから。私の周りの女性達も、苦労していた悩みが解決出来て喜んでいましたから」


「そうですか。それはよかった」



 着実に上がっていく紡績業の売り上げと利益。これが続けば着実にルアニスト侯爵の絹糸紡績業にヒビが入っていく事だろう。


 だが、思ってもみなかった事が起こった。ある日を境に、クロール生地と新しいドレスの売り上げがいきなり爆上がりしてしまったのだ。気長に見ようという俺の考えが打ち消された。その理由は……



「このドレス、いいわねぇ。おばあちゃんの私にはとても着やすくて助かるわぁ」


「ご冗談を、皇后陛下・・・・



 皇后陛下にお買い求めいただいてしまったのである。いきなりセレナ夫人と皇城に呼ばれ、こんなに新しくて楽で素敵なドレス他にはないわ、とあっさり注文されてしまった。


 その事実は次の日社交界に荒波のように広まったのだ。さすが、噂好きな貴族達の集まりだ。


 皇后陛下は御年54歳。だが見た目は30代だ。どこをどう見ておばあちゃんと仰っているのか聞きたいところだがやめておこう。


 そして、その後開催された皇室主催のパーティーでそのドレスを着た皇后が参加された。もう皆の視線の先はそのドレスである。


 この国の女性社会で一番の地位にいらっしゃるこの方が着るドレスは、即ちこの国の流行。その為貴族の女性達はそのドレスを手に入れようと動いたのである。


 その為今セレナ夫人達はもう目が回るくらい忙しいらしい。人員を増やしたらしいが、それでもあそこまで忙しいのだから、それだけ人気が出ているという事だな。


 ルアニスト侯爵の絹糸紡績業は、契約しているブティックの売り上げが減ったため以前よりも売り上げは激減している事だろう。侯爵自身は、今は腸煮えくりかえる頃だろうな。



「貴方がいきなり事業を始めたと聞いた時には、本当かしらと疑ってしまったわ。でも、とっても楽しそうじゃない」


「そうでしょうか?」


「えぇ、そう見えるわよ。でも貴方、そんな顔が出来るのねぇ」


「いつも通りだと思いますが……」


「ふふ、前より今の方がよっぽどいいわね」


「お褒めに預かり光栄です」



 皇后陛下との会話の後は、早々と二階に逃げた。ご令嬢達に捕まるのは避けたいからな。


 二階、といっても一階のこの会場を見渡せるバルコニーのようなものだ。休憩場所にもなっており、ソファーも用意されている。


 手すりに手を掛け、先ほど受け取ったシャンパンを片手に一階を見渡した。


 このパーティーの参加者、貴族の女性達。俺が提案した、クリノリンが使われていないドレスを着ている者達が多数いる。そのドレスではない者でも、クロール生地のドレスを着ている者が大勢。参加していないルアニスト侯爵がこれを見たら、一体何を思うだろうか?


 実に滑稽だな。



「楽しそうだな、ブルフォード卿」


「……第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。ご機嫌麗しゅう」


「あぁ」



 殿下は、ルアニスト侯爵の娘を婚約者としている。この光景を見て、どう思うだろうか。彼女の父親の事業が大打撃を受け、殿下にも多少の圧力はかかるだろう。



「婚約者のご令嬢はいらっしゃらないようですね」


「……」



 今日のパーティーでは、ルアニスト侯爵とご令嬢は参加していない。先ほどは、都合が付かなかったみたいよと理由を付けていたが、さすがに皇后陛下の主催するパーティーとなれば何が何でも参加するのは当たり前のことだ。これは、呼ばれていないのだと少し考えれば分かる事だ。


 それは何を意味するのか。皇后陛下は、殿下とルアニスト侯爵令嬢との婚約を、あまりよく思っていらっしゃらないという事。この国の皇后陛下がそうお思いなのだから、これは大問題だ。


 しかも、皇后陛下はそれを承知の上で分かりやすく主張してきた。実の息子である第二皇子の立場が揺らぐことになると分かっていながらも、完全に、反対だと主張した。


 そんな中、俺はそれを踏まえて殿下との会話に婚約者を出した。


 しかも、元婚約者の俺が言ったのだ。人が悪い? さぁ、どうだろうな。



「何が言いたい」


「家同士の婚約というものには、様々な意見を持つ方々がいるものです。それは仕方のないものではありまずが……皇族であれば、仕方ないなどという言葉では終わりません」


「それは私も承知している」



 承知している、ね。


 この国には派閥というものがある。皇族派と貴族派、そして中立だ。今回の婚約発表後、皇族派が静かになっている。同じく皇族派の俺がこんな様子なんだから当たり前だな。


 殿下がルアニスト侯爵家の令嬢を選んだのは、後ろ盾を得る為。公爵家の中で未婚の令嬢はいない。一つ下の侯爵家の中で一番歴史の長く由緒正しい家はルアニスト侯爵家。しかも、皆知っている通りブルフォード公爵家の実権を握っているのもルアニスト侯爵だ。


 だが、婚約破棄をしてからの俺の手のひら返しには殿下も全く予測出来なかっただろう。


 俺を切ったところで、評判の悪い俺には周りも賛同することだろう。例え婚約関係を失ったとしてもやる気のない俺の事だから代理人はそのまま侯爵が担う事になる。そう思い、俺の元婚約者を選んだ。


 だが、甘かった。甘く見た結果が、これだ。果たして、その選択が間違っていたのだろうか。



「話をしましょうか?」


「……話、だと?」


「そんな顔をしているように見えますが」


「……いいだろう」



 俺達は、二階のバルコニーから続く廊下に消えた。


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