◆2


 次に目が覚めたのは、2日後の朝。それに気が付かず腹を空かせ呼び鈴を鳴らしていると、慌てて寝室にやってきたこの家の執事カーチェスにそう聞いた。2日も寝室から出てこなかった為この屋敷の皆が心配していたようだ。疲れていたと言っておいた。


 2日間も寝ていたのかと自分でも驚いてはいる。ダンテは酷い不眠症だった為だ。目の下の隈がその証拠。


 こんなに熟睡出来た理由は、中身が変わったからなのだろうか。だが、寝すぎて逆に身体がだるいんじゃ……というものはなく、むしろスッキリして身体が軽かった。睡眠をとって身体が休まったためかダンテの記憶も鮮明になっている。


 ダンテはいわば大富豪。お金がわんさかある為当然屋敷に金がかかっている。寝具だって高級品の為寝心地は最高に抜群だ。逆に、こんなにいい寝具を使っておいて何故不眠症だったのか聞きたいくらいだな。



「朝食は如何いたしましょう」


「すぐ取る、用意してくれ」


「……え?」



 カーチェスは、そんな俺の返答にだいぶ驚愕しているようだ。


 そういえばダンテは朝食取らないんだったな。だが2日も食事を抜いてしまっていて今腹ペコなんだから、そんな事出来る訳がない。空腹過ぎて死にそうだ。


 そこまで驚くとは、朝から元気な事だな。カーチェスは御年72歳、そんなお年寄りでも真っ直ぐしっかりした姿勢でこんなに元気なんだ。若者の俺は見習わなければいけないな。



「ルアニスト侯爵令嬢から手紙は来てないか」


「は、はい、こちらに……」



 カーチェスは、持ってきていたらしい手紙を慌てて渡してきた。金色の装飾がされている、高級感のある封筒だ。


 手紙の中には、婚約破棄の為の書類が3枚。本来ならこちらが用意し、サインをさせ皇室に出すのが常識だ。だが2日も待たせてしまいきっとしびれを切らしてあちらが用意した、という事だろう。


 婚約破棄をしたいならそちらが用意しろ。何とも失礼なやつだ。やってしまったのは俺だが。でも眠かったのだから仕方ないだろ。


 日本語ではないにもかかわらず、何故か手紙に綴られている文章が読めた。この身体のせいだろうか。それなら助かるな。


 ご令嬢のサインを確認したところで、用意させたペンで自分の名前をサインした。自分の名前、というより、ダンテの名前、が正解か。


 今まで書いた事のない名前で、文字も日本語ではなかったが、案外すらすらと書けた。これなら、これからの生活に支障はないな。助かった。


 これを封筒に入れて皇室に送ってくれ、とカーチェスに指示をした。



「……あの、ダンテ様、もしや、ルアニスト嬢となにか……」


「あぁ、婚約を破棄した」


「……え?」



 信じられないだろうな。ご令嬢側はそんなそぶりはなかったはずなのに、婚約破棄となったなんて、と思っているのだろう。だがこれは事実だ。令嬢のサインまであるのだから信じざるを得ないだろう。



「向こうがそう言ってきたんだ、第二皇子と婚約したいとな」


「な……なんと……」



 まぁ、その反応が正しいな。まさか乗り換えるなんて思ってもみなかっただろう。公爵家当主から第二皇子に乗り移るなんて、人としてどうなんだ、と普通なら思うはずだ。俺だって思うさ。


 さて、これからどうするか。



「……カーチェス、出かける準備をしてくれ」


「え? あの、どちらに?」


「ん? 決まってるだろ」



 思いもしなかった俺の言葉に、カーチェスはだいぶ驚愕きょうがくしていた。


 対する俺は、とりあえず腹が減って早く朝メシが食いたいと腹をさすっていた。減りすぎて死にそうだ。……この髪邪魔だな。長すぎだ。


 支度をして部屋を出た俺達を見た周りの使用人達は……カーチェス同様驚いた顔をしていた。2日間も寝室に引きこもっていたし、この廊下の先は食堂だ。この時間にはダンテは食事を取らないから当たり前だな。


 だが、気にするだけ無駄だ。



 食堂の席に付き、食事を始めた。テーブルマナーはそつなくこなせた。俺にはダンテの記憶もあるし、身体が覚えている。それに俺も前世でテーブルマナーを習っていたからこれくらい楽勝だ。



「……何だこれ」


「ダっダンテ様!?」


「もっ申し訳ありませんっ! 早く作り直しをっ……」


「いや、いい。今日も美味いと料理長に言っておいてくれ」


「……へ?」


 

 こっちの飯は、地球と同じらしい。そして、この一つ星レストランにも負けないくらいの美味さ。地球で食べる予定だったカップラーメンとは天と地の差だ。さすが、お金のある家は違うな。これを毎日食えるなんて、役得ってこういう事を言うのか。


 それはさておき、だいぶ周りは必死だな。まぁ、ダンテに睨みつけられたらたまったもんじゃないか。


 だが、もうダンテの中身は本人じゃなくて俺だ。俺としては、そういった態度はしないよう気を付けるつもりでいる。周りはブルフォード公爵家のために働いてくれてるんだ、感謝を持って接してあげよう。勤務先がブラックだなんて俺だってごめんだな。パワハラなんて最悪だろ。



「カーチェス、頼んだものは用意したか」


「はい、こちらに」



 よし、じゃあ早く行くか。


 と、思ったのだが……この邪魔な髪、邪魔過ぎる。食事の時にも邪魔でうっとおしかったな。今切るか? とも思ったがやる事やってからにしよう。後ろに持ってって縛るか? いや、とりあえず耳にでもかけておこう。

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