彼女の場合、幼馴染の価格は400万円だったようですね

あお

1/4話

「どうせ私のフォロワーが少ないのがいけないんでしょ! 美佳のこと、友達だと思ってたのに!!」

「あや子のことは友達だと思ってる。幼稚園のころから一緒だし。……ただこのアプリではフォロワーを優先したいっていうか……だから私からのフォローは外したいって思う。私もう5万だけど、ぶっちゃけそっち500人もいってないし全然バズらないじゃん? 最近は有名なインフルエンサーとも繋がりが出来たし、正直言って相互フォロワーの質も私のアカウントの評価なんだよね」

「……っなにそれ」

「別にあや子の人間性を否定してるわけじゃないよ。でもこの間言われたんだ。仲良くなった歌い手さんが『私のタイムラインにさ、全然伸びない子の投稿出て来たんだけど、あれって美佳の知り合い? 片親パンの写真なんか見たくないんだけど』って。私さ、数字も人気も伸びて来てるからこのアカウント大切にしたいんだよね」

「もういい! 私、このアプリも美佳の友達もやめる!! 数字だけみて楽しんでればいいでしょ! もう絶交よ!」


 篠沢さんに絶交宣言を叩きつけた、松崎さんは教室を飛び出した。


 休み時間、突然響いたのは、クラスの中心的存在である篠沢美佳しのさわみかだ。髪を茶色に染めていて、学校指定のネクタイも緩めている。スカートの丈も短く、いわゆるギャルのような格好だ。

 そして大きな声を上げて絶交と言ったのは、篠沢の友達である松崎まつざきあや子だった。

 彼女は黒髪で丸眼鏡を掛けていて押しに弱そうな雰囲気を出している。だからこそそんな彼女が大声を上げたから、周囲はしーんと静まり返ったのだ。

 数分前までは、みんな和やかに休み時間を過ごしていたが、その光景は教室の空気を凍らせ、なんとも言えない時間へと変わったのだ。


「やー怖い怖い」


 ようやく教室の空気が動き出すと、前の席の佐倉朱音さくらあかねさんが「よっと」言いながら体を百八十度入れ替え後ろを向いた。椅子の背もたれに両手をついて、脚をがばっと広げて座り直す。女子高ならではだなと思いう。

 佐倉さんはセミロングのツインテールが特徴的な女の子だ。


「新開さんも今の見てたでしょ? いやホント怖いねー」


「うん。そうだね」


 佐倉さんはスマホを取り出すと《Easy Photo》のホーム画面を出してタイムラインを更新する。

 この《Easy Photo》は自分が撮影した写真や動画を投稿して、いいねやコメントをもらう、よくある承認欲求型のアプリだ。


 最近は海外のアプリが主流だが、これは国内産で人気が高いため、リリースして女子高生を中心に人気が広まっている。写真や動画を加工することも出来るが、人気の理由は広告収益だ。自分のタイムラインに広告を掲載することで広告収入を受け取れる仕組みがウケている。


「新開さんはやってないんだっけ?」

「流行るちょっと前にインストールしてやってみたけど、こまめに写真撮ったりアップするの面倒になっちゃって。それに今みたいになる可能性を考えると、とてもやる気にはならないかな」

「あはは。わかる。でもついつい開いちゃうんだよね。タイムラインを更新する時に、上の方でグルグルするじゃん。なんかそれが気になるっていうか――あ、そうだ!」


 佐倉さんは机の横に掛けてある鞄の中から一冊の本を取り出す。それは新書サイズの本で、表紙には《今話題のEasy Photoを完全攻略!》と書かれていた。


「じゃーん。買っちゃいました。アプリを作った人も監修してる本だから、これで私も人気者間違いなし!」

「さっき怖いって言ってたでしょ」

「でもさ、広告収入は魅力的だよねー。 不労所得も夢じゃないかも!」


 そのページにはバズって人気を得て広告収入を得るためのアカウントの運用が書いている。

 投稿のタイミング、バズりやすい写真や動画の撮影方法。

 そして自身のアカウントが他人からどう見られているか。それを踏まえて投稿したり、フォロワーの質を調整すれば人気が出ると書いてあった。


 事故などのショッキングな動画や、女子高生ならではの魅力を生かしたダンス動画等がバズりのポイントらしい。


「私も衝撃映像とか撮れないかな。そしたら一気にバズると思うのに」

「そう簡単にはいかないわよ。だから成功してる人も少ないんだと思うけれど」

「だよねー。それにフォロワーが増えると人間関係も変わってきそうだし」


 佐倉さんは続ける。


「このアプリって、フォローしているアカウントのフォロワーの投稿も「おすすめ欄」に出てきちゃんだよね。これはちょっとなぁ……って思っちゃう。もう興味ない人とか趣味が変わった人の投稿見えるのはちょっとねぇ。かと言ってフォロー外したら、さっきみたいなことが起きるしなぁ」


 友達の友達は友達でしょ? という理屈らしいが、間に一人挟めば価値観も合わなくなってしまう。篠沢さんの知り合いのインフルエンサーは、篠沢さんがフォローしている松崎さんの投稿を見て不愉快になってしまった。そして篠沢さんは幼馴染よりもインフルエンサーを取った……そういうことなのだ。


 本には、人気のアカウントになるには数字だけでなく、相互フォロワーの質も関係してくると書いてある。数字を持っていて投稿が軒並みバズる人たちが多いことを「相互フォロワーの質がいい」と表現するらしいのだ。

 人気のあるアカウントにしたかったら「フォロワーも整理すること!」と書いてある。

 ショッキングでセンセーショナルな投稿。

 そして質のいいフォロワー。

 この二つがEasy Photoで人気者になるには必須なのだ。


「でもフォロワーの質ってあんまりいい言葉じゃないよね」と佐倉さんは言う。

「自慢できるからじゃない?」

「自慢?」

「私のフォロワーってこんな凄い人ばっかりなんですよって感じ?」

「つまり、お金持ちの友達はお金持ち同士で、貧乏人は貧乏人同士つるむ……みたいな?」

「かもね」

「でもそれでさっきみたいなトラブルになっちゃうんだよね」


 私はついさっきの美佳さんとあや子さんのことを思い出す。私はあまりクラスで友好的に友達と話すタイプじゃないから友人は少ない。佐倉さんだって席が近いから話している、という感じだ。だから篠沢さんと松崎さんの関係性については、さっきの会話で初めて知ったのだ。


 幼稚園の頃からの関係性ですら、一瞬で崩壊させてしまうSNSに私は内心で「怖いな」とつぶやいた。佐倉さんの話はまだ続いている。


「でも篠沢さんみたいに面と向かって『フォロワー少ないから外すね』ってのはちょっと引いちゃうけどねぇー」

「佐倉さんはこのアプリ続けるの?」


 佐倉さんは「うん」と頷き本をしまうと、


「なんだかんだ言ってやっぱりね。この間も話題のカフェに行って写真上げまくったけど全然駄目。正直なんでこんなことやってんだろーって思うよ。でもねー、なんかやめられないんだよね」

「どうしてやめられないの?」

「もしかしたら次の写真はバズるかもって思っちゃうんだよね。めちゃくちゃ労力やお金もかかるわけじゃないし。ま、手軽な宝くじかなー」

「宝くじ感覚なんだ」

「新開さんはやらないの? 一緒にやろうよ」

「他にやらないといけないこともあるし。ごめんね、誘ってくれたのに」

「いいっていいって。実際こいつは時間泥棒だからなー。YouTube見てLINE返して、他にもやらないといけないことたくさんあるのにEasyPhotoまでやってたらマジ人生の時間なくなっちゃうからねー。ほんとSNSは現代人の悩みだわ」

「あはは」

「美佳さんみたいな薄情な人間にはなりたくないから。私は今のままライトに楽しむよ」


 するとチャイムが鳴って先生が入って来た。先生は「松崎あや子さんは、急な体調不良のため早退しました」と告げると授業を開始したのだ。

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2024年12月1日 20:00
2024年12月2日 20:00
2024年12月3日 20:00

彼女の場合、幼馴染の価格は400万円だったようですね あお @Thanatos_ao

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