第三章 祭りの中、運命の外 Across Fates 6
衝撃で腕が根元から千切れ、護留は地面を鞠のように激しく転がる。
轟音が周囲を聾し、炎が吹き荒れる。
爆発は一箇所ではない。それは冗談のような光景だった。
少女と同じように親切な屋台の売人から、あるいは街頭のピエロや交通整理員などが子供たちに配っていた風船や飴、玩具――ナノマシンを使い偽装された高性能爆薬が同期を取って全て爆発し、火炎と衝撃波、そして熱により変性し硬質化した破片を辺りに撒き散らしたのだ。
幹線道路沿いに爆炎の花が咲き乱れ、地獄が生まれた。
突然大きな音と光に包まれた少女は、体が全く動かせないことに気づいた。手に持っていたりんご飴がなくなっている。
チケットは? どこだろう? せっかく、まもるくんがくれたのに。
そうだ、まもるくんはどこに行ったのだろう。すぐ側にいたはずなのに見当たらない。声を出して呼んでみるが、耳はキーンという機械ノイズのような音しか聴こえなくなっていて、自分がきちんと声を出せているのかも分からない。
事態を把握できずに、唯一動かせる目を左右にきょろきょろと揺らす。しばらく彷徨っていた視線が、やがてある一点に釘つけになった。
大雑把な人の形をした何かが、ゆっくりと立ち上がろうとしていたからだ。その何かは、動画の逆再生のように見る間にきちんとした人間になり、顔面が再生し、やっとそれが護留だと分かった。
護留は自分を見つめる視線に気づいたのか、こちらを振り返る。
――まもるくんはなんであんなに怒っているような、今にも泣きだしそうな目をするんだろう?
祭りは、愉しむべきものなのに。
顔面の筋肉があらかた削げて焼け焦げ、両腕と片足がなくなって、白かった髪の毛が全て燃えて黒く縮れても……まだ少女は、生きていた。
護留は、少女に歩み寄る。すると、少女が口(だろう、多分)を動かしてなにかを訴えているのに気づいた。耳を寄せて、聞いてやる。
――まもるくん、お姫さまは、まだかなあ?
それが少女の最後の言葉だった。護留は少女の爛れた瞼をそっと閉ざす。
「すぐ、来るさ」
結局名前を知ることのなかった少女に静かに答える。少女の側に、焦げ目のついた赤い糸が落ちていた。拾い上げ、懐に収めると護留は一目散に幹線道路に向け走り出す。
少女が見たかったもの――お姫さま、天宮悠理を確保するために。
ぐるりと見渡す限り観衆は全て倒れ、あるいは飛散し、見晴らしは抜群によくなっていた。50メートルほど離れた場所に、目標の黒いフライヤーが停止している。周りの道路が抉れるほどの爆発にも関わらず遠目には全くの無傷だ。
ここ一帯は特に爆発密度が高かったらしく微かなうめき声すら聞こえてこない。あるのはただ肉の焦げる臭いと四散した肉片のみ。それらを踏みにじり、護留は駆ける。
確かにこれも〝助力〟では、あるだろう。おかげ様で用意した武器も必要なくなったし想定していた戦闘もない。
しかし――無茶苦茶だ。
これだけの爆発、死者数百人は下るまい。そしてこのテロの主犯に、自分は仕立て上げられることになるのだろう。
「くそ! ここまでやるのか天宮――!」
悪態を叫びながら、しかしこのチャンスを逃さずに真っ直ぐにフライヤーに向かう。
先導していた市警軍の装甲車すら横転し炎と煙を吹いているのに、至近距離で爆発が直撃したはずの重厚なリムジンタイプのフライヤーは横転もせず、それどころか装甲に凹み一つなかった。ただ、浮遊制御系が壊れたのか、動けないでいる。車体が恐ろしく頑丈なのか、こうなるように最初から計算された爆発だったのか――恐らくその両方だろう。
近くには警護兵のものと思われる焼死体が散乱し、酸鼻を極める光景が広がっていた。足元がベタつくのは、アスファルトが熱で溶けているのか、それとも沸騰し沸き立つ血液か。
フライヤーは一体成型装甲の黒いボディをしていた。素材の一部を透過スクリーンにして窓の代わりにするのだが、今は真っ黒で中を窺うことはできない。ドアに当たる部分に小型のレンズがぽつりとついている。ALICEネット認証用の
用意した武器も今は手元にない。護留はナイフを端末に突き立てる。何度も、何度も。
時間がない。爆発の混乱が収まらないうちに事を成さなくてはならない。だが爆発に対して傷一つ負っていない装甲に対してどうしろというのか。
途端に虚無感に取りつかれる。これが、自分と天宮の差なのだ。入念な準備をした? 技術を磨いてきた? そんなもの、天宮に対してはなんの意味もなかったではないか。
無駄だ。今までの五年間は無駄だったのだ。眩暈がして、思わず車体に手をつける。
――!?
大電流が走ったような感覚。
・――
論理網膜に映る、ALICEネットからのシステムメッセージ。
初めて見る、自分には使えなかったはずのそれ。そもそも身体改造を施していない護留には例え受信出来てもデータグラス等の補助がなければ解読することは不可能なはず。しかしなんの違和感も覚えない。まるで生まれた時から自分に備わっていた機能のように。
車体にスリットができ、一瞬で扉が開いた。
車内は空調が利いているらしく、外の火災による高熱とは一切無縁だった。照明が極端に落とされていて、目が慣れるまでに数瞬かかる。
どうやら運転席のようだが、運転手どころかハンドルやその他操縦に必要な機器が一切見当たらない。ALICEネットを介して遠隔操縦するタイプのようだ。
後部座席とは御簾一枚で隔てられていた。
空唾を飲み込み、御簾に手を掛けた、その時。
「
鋭い声が、銃弾のように護留を撃ち抜いた。
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