第36話 酒場でのひととき
◆◆◆
「どうしたもんかなぁ〜。」
ここはニルブニカ王国の首都ニルヴァニアにあるそこそこの規模の酒場【ニルブニックバー・ヴァートル】。
ここ1年近くはマスターである親父が営業時間中にも関わらず酒を飲み、四六時中にわたって不幸オーラを撒き散らしていたため、すっかり客足は遠のいてしまっていたのだが…
今ではすっかり調子を取り戻し、今まで働かなかった分の埋め合わせをするかのようにマスター業に精を出している。
その甲斐あってか昼間であるのに店内に客がチラホラ見えており、元通りとまではいかないが少しずつ客足を伸ばし始めてきている。
オレ…アル=ヴァートルも実家に帰ってきてからはまだ冒険者の仕事に復帰せずに、酒場の手伝いをしながら少しずつ仕事に慣れているところだ。
そして今は休憩時間なので、客席で飯を食いながらあることに頭を悩ませている最中なのである。
それは帰らずの森に関するレポートについてだ。
きっかけはノヴァス様にオレの森での経験を共有するのを勧められたことなのだが…これがまったく進んでいない。
森の魔物の特徴や対峙した際の対処法、森で採れる果実や水源、サバイバル魔術などなど…伝えたいことはいっぱいあるのだが、どうまとめればいいのかさっぱりなのだ。
あと帰らずの森で
レポートを冒険者ギルドに提出したら間違いなく詳細について教えるよう詰め寄られることだろう。そのときのことを考えると面倒臭そうでいまいち筆が進まないというのもある。
そういうことで現在の帰らずの森に関するレポートの進捗状況はまったく進んでおらず、かといって何の土産もなしに冒険者ギルドに顔を出すというのも悔しいので、ここ最近は手伝いをしながらレポートを書くことに専念している。
いつまでもこのままの状態ではいられないので早いうちに仕上げてしまいたいのだが…親父や母さんに相談しても、「そんくらい自分でどうにかしろ。」「母さんにはちょっと難しいわねぇ。」と言われてしまい、取り付く島もない。
はぁ〜…どうしたもんかなぁ〜。
バタンッ!
「邪魔するぜっ!空いてる席は、と…ってアルじゃねぇかっ!?この酒場がお前の実家だったのかっ!」
「おいおいどうしたんだ?我が宿敵ガスよ…って、お前アルか…?随分と見違えたな……」
ん?なにやら騒がしい2人組が店内に入ってきたかと思えば、オレの方を見て驚いている。よく見てみると…
それはどちらもオレのよく知る人物であった。
「ガスさんとボブさんじゃないですか!どうしてこんなところに?」
そこには褐色ムキムキスキンヘッド髭モジャ男と茶色の長髪を後ろでまとめたどことなく残念臭のするイケメンがいた。
そう、ガスさんとボブさんだ。ガスさんはニルヴァニアまでの帰り道で一緒になった
もう1人はボブさんだな。
「ん?いや冒険者ギルドで少し意気投合してな。たまには違うところで一日中飲み明かそうと思って適当にブラついてたらここを見つけたわけだ!その様子だと大丈夫だったみたいだな!」
ベテラン冒険者同士なにか通じるものでもあったのかな?それにたまたまうちに来るなんてすごい偶然だな…
「そうだったんですね。まあ、そうですね…一応大丈夫だったと思います。それにしても昼間から飲み明かすって…今日は休日なんですか?」
「フッ…おれよりも酒が強いなどと吐かすからな。ニルヴァニアの裏のエースであるこのボブが身の程を教えてやろうといったところだ。一日くらいはサボっても問題なしっ!…ってそんなことよりもアル!君こそ今までどこにいたんだ?」
ボブさんは自分のことをニルヴァニアの裏のエースとよく言うけど一体どういうことなんだろう?他の冒険者にきいても微妙そうな顔されるだけだし…
そんなことよりもボブさんにはオレの説明をまだしていなかったな。まあオレが冒険者ギルドに行っていないからなのだが。
そうだな…説明がてら森のレポートについて相談してみるか?ガスさんにも帰らずの森については黙っていたしな。そうと決まれば…
「ちょっと待っててくださいね。…親父っ!今日このまま手伝い終わりでいい?ちょっと用事できたっ!」
カウンター内にいた親父に声をかける。まだ昼間なのでそこまで騒がしくないが、聞こえないと面倒なのでそこそこの声量で。
「あぁん!?仕方がねぇなぁ…明日は倍働けよっ!」
以前の豪快さを取り戻した親父は迫力があっておっかねぇな。明日は大変そうだが仕方がない…甘んじて受け入れよう。
「ありがとうっ!…お待たせしました。もしよかったらこっちのテーブルで話しませんか?今までのことについて話すと長くなりそうなんで。」
「おっ!そいつはいいなっ!野郎と2人っきりってのも味気ねぇからなっ!酒の肴にお前の今までの話ってのは悪くねぇ!聞かせろよっ!奢りで頼むぜっ!」
「ふむ…少し見ない間に一端の冒険者の風格を漂わせるようになったな。とても気になる…よしっ!是非聞かせてくれっ!あと奢りってマジですか?」
そうと決まれば適当に酒を注文してさっそくオレの話を聞いてもらおう!
あ、奢りとかないから。うちの経営もそんなに余裕ないんで。ベテランならちゃんと金を落とせ。
◇◇◇
ノヴァス様のことはぼかしつつ、1年前から今日に至るまでの出来事をざっくりと説明したのだが…
「いやお前、帰らずの森って…それは流石に無理があるだろ。」
「確かに1年前と比べて成長したように見えるが…いくらなんでもなぁ…あと謎の賢者ってなんだよ?そいつ都合よすぎないか。」
うん、普通に信じてもらえなかった。
まあオレも他人がオレみたいなことを言っていたら絶対に信じないだろうが、基本的に事実なので仕方がない。
「やっぱり信じてもらえませんかね…?」
「まあなぁ…ニルヴァニアまでの道中でお前の強さが
「信じ難い話だが…妙に具体的だし、作り話と決めつけるのもな…これが事実ならその価値は計り知れない…」
2人とも真っ向からオレの話を否定するのではなく、あくまで自分の実体験や価値観と照らし合わせた結果、判断に困っているといった感じかな?
多分オレが
「このことをレポートにして冒険者ギルドに提出しようと思っているんですけど…どう思います?」
「う〜ん…まあ話は聞いてくれそうだけどなぁ。なんとも扱いに困りそうだよなぁ。」
扱いに困る。なんかすごいわかる気がするな。まあ、この情報をどう扱うかについてはオレの関知するところではないのでどうでもいいけどな。
「立入禁止区域から生還したこと、帰らずの森にいた謎の賢者について、この辺がネックになりそうだな。まあ提出するだけなら問題ないんじゃないか?嘘だと判断されたら場合によっては冒険者資格の剥奪もありそうだが。」
冒険者資格の剥奪は嫌だな…でも事実だしな。やっぱり伝えるべきだよな。そうと決まれば気合い入れて取り組むかっ!
「とりあえず提出しようと思います。つきましてはレポートをまとめるのを手伝ってくれたりは…」
「あ?おれにはそういうの無理だ。ボブにやってもらえ。あ、酒お代わりなっ!」
「フッ…何を言っている、我が宿敵ガスよ。おれにそんなことができると本気で思っているのか?文字なんて読むのでさえ目眩がするってのに…あ、おれも酒お代わりでっ!」
クソッ!使えねぇ!いい歳した大人なのに!せいぜい沢山注文をして店に金を落としていってくれ。やっぱりレポートに関しては自力で頑張るしかないのか…なんか適当に話でも振るか…
「もしもレポートの内容が概ね正しいと認められたら、オレの冒険者ランクって上がりますかね?」
ふと疑問に思ったので聞いてみた。
「そうだなぁ。立入禁止区域からの生還なんて上級冒険者でも無理だろ。となれば特級か…?」
「かつて中央大陸にある立入禁止区域から生還した者が
…まじで?
「それヤバくないですか…?」
「それだけお前の話ってのは突拍子もないってこったな!間違いなく歴史に名を残すことになるなっ!あ、酒お代わりな。」
英雄に憧れてはいたのだが、いざ自分がそうなるかもしれないとなるとなんか怖いな…ノヴァス様に散々脅されたからか…?
「ちなみに中央大陸の立入禁止区域というのはヴェルダーン帝国内にある特級指定ダンジョン・竜鳴火山の最奥にある赤竜の間のことだ。あ、おれも酒お代わりで。」
特級指定ダンジョン・竜鳴火山。冒険者でその名前を知らないものはいないだろう。
豊富な資源や素材に恵まれているが、それに比例して強力な魔物や危険な場所が点在する一帯のことをダンジョンという。広義的には帰らずの森もダンジョンだな。
竜鳴火山もかなり危険な場所といわれているが、赤竜の間は特にヤバい。どれくらいヤバいかというと、大勢の軍隊で侵攻したにも関わらず全滅したほどだ。
当時のヴェルダーン皇帝が長らく最奥部まで到達されることがなかった竜鳴火山の完全攻略に乗り出したのだが、赤竜の間に入った皇帝もろとも軍隊の誰一人帰還する者はいなかったそうだ。
それ以来、冒険者ギルドは赤竜の間を立入禁止区域に指定したという話だ。
そんな危険な場所と同じ括りにされている帰らずの森からの生還は相当ヤバすぎるということだな。これは確かに信じてもらえないかもな…それにしてもオレは本当にとんでもないことをしていたんだな…
「それってかなり昔の話ですよね?今はもう
そんなヤツがポンポン現れてたまるかっ!という思いで聞いてみた。
「噂話程度だが…その赤竜の間から生還した冒険者の子孫が代々、
「まっ、マジですか…」
ランクって子供に受け継げるの!?その冒険者の一族だけが特別扱いなのか!?よくわからんが、あんま気にしても仕方がないか…
「ま!とりあえずお前が今悩んでいることは悩んでいてもどうにかなるような問題じゃねぇなっ!説明が下手でもいいからさっさと完成させて提出しちまえっ!その後のことなんてそのときにまた考えりゃいいだろっ!あ、酒お代わりな。」
まあ実際のところその通りな気がする。薄々気づいていたが、ハッキリと言われてしまったので認めざるを得ない。そう考えるとやっぱり相談してよかったかもな…よしっ!面倒ごとはそのときのオレに任せて、今はやることをやってしまおうか。
「そうですね…結局はオレが面倒臭がってただけみたいなところはありますし…やっぱり相談してよかったです!ありがとうございます!」
「ガハハッ!いいってことよっ!お礼ならここのお代でいいぞっ!」
「フッ…この程度、造作もない。あ、でも奢ってくれるならめっちゃ助かるわ。ちょっと調子に乗って酒頼みまくった気がして少し怖いんだ…」
なんでこの人たちそこまでして奢らせようとしてくるんだ…?
「まあ奢るのはちょっとアレですけど…一日中飲み明かすってヤツなら付き合いますよ!オレも今日はもう手伝いもないですし!」
まあ明日から頑張ればいいだろう!森でノヴァス様をブチギレさせてから酒を飲みすぎるのを無意識のうちに避けていたのだが…たまにはいいだろう。ここ森じゃないし。
「おっ!そいつはいいな!しっかりと潰してやるから覚悟しておけよっ!」
「そういうことならおれも覚悟を決めるとするか…お代は潰れたヤツが全て負担するということにでもするか!」
くっ…それならオレも流石に文句は言えない…ここは死ぬ気でやるしかないな…この1年間オレは根性だけは誰にも負けないくらい過酷な環境に身を置いていたのだ…今こそ、その成果を発揮するときだっ…!
「いいでしょう…2人とも潰して有り金全部むしり取ってやりますよ…!」
そうと決まればさっそく注文を…
バタンッ!
「ハァハァ…アルッ!ここにいるのっ!?」
「アリスッ!待つんだっ!こんなところに来てしまったら…お父さんの嘘がバレてしま…ボソボソ」
ん?なんか扉が勢いよく開いたと思ったらオレの名前を呼ぶ声がきこえる。
どこか懐かしく感じるその声の主の方へと視線を向けると、相手も同時にオレの方へと顔を向けた。
そして目と目が合った。
そこには茶色のポニーテールに茶色い目、赤縁の眼鏡を身につけた少女がいた。急いで走ってきたのか額から汗を流して全身で息をしている。
ああ…帰ってきてから一度も会っていなかったなぁ…会わなければと思っていたんだが…
「え…?アルなの…?」
とても驚いた様子で少女がオレに尋ねる。まるでオレがアル=ヴァートルであることを確信できていないかのように。まあ結構体も成長したしな…
だがオレはその少女が誰なのか確信をもって断言することができる。1年前に比べたら少し大人びたように見えるが、確実にその人物であるとハッキリとわかる。
まさかこんな形での再会になるとはな…
「あ、アリス…ひ、久しぶり。あはは。」
オレはその名を呼んだ。
少女の名はアリス。オレの幼馴染の名前だ。
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