リバステ! ~ゲームの世界で気ままな遊び人になりました。でも、裏では聖騎士もやっています
長野文三郎
第1話 ゲームの世界に迷い込んだかもしれない……
特急『あずみ』は裏沢駅を八時ちょうどに出発した。
本日は東京本社への日帰り出張だが、俺の心は弾んでいる。
旅が好きなのだ。
出張といえども旅は旅であり、旅情を楽しむのにそんなことは関係ない。
朝日を浴びた山々の稜線、陽光に湯気を上げる田園地帯、朽ち果てた小屋、ホームにたたずむ人々、車窓からしか見えない景色がここにはある。
「本日も中央東西線をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は特別急行『あずみ』東京行きです。終点の東京駅には十時二分に到着予定です。次の停車駅は
我ながら楽天的な性格をしていると思う。
今日の会議の資料を確認する気もないのだから。
でも、そんなものはとっくに頭に入っているのだ。
あとは優先順位の問題だろう。
出来る会社員の印象を与えるより、雪をかぶった駒ヶ岳を見ていたい、俺はそういう人間なのである。
***
電車に揺られながらおかしな夢を見た。
どういうわけか俺の出張はとりやめとなり、同期の山下と課長に呼び出されている。
「いまから来期のプロジェクトリーダーを決めま~す!」
やけに浮ついた口調だったけど、課長の言葉に俺は緊張した。
リーダーになることができれば、出世街道に置いて頭一歩抜き出たことになるからだ。
山下と俺はライバル関係であり、どちらがリーダーに選ばれてもおかしくないくらい実力は伯仲している。
課長はどうして俺たち二人を呼び出したんだ?
順当に考えれば俺か山下のどちらかがリーダーに選ばれるとは思うが……。
「どうしよっかなぁ……。そうだ、コイントスでリーダーを決めよう!」
課長が元気よく宣言した。
大切なプロジェクトリーダーをコインの表裏で決めるのか?
なにかの冗談かと思ったけど、課長も山下も大真面目な顔をしている。
「佐倉はどっちにするんだ? 裏か表か決めてくれ」
「いや……あの……」
「ふむ、山下は?」
「自分は裏にします」
「よし、では佐倉が表だな」
俺の困惑をよそに話はどんどん進んでいく。
「それではいくぞ!」
課長は親指でコインを弾き宙に放り投げた。
回転しながらコインは上空ヘと浮き上がり、地上に落ちてもまだ回転を続けている。
いったいどちらが出るのだろう。
ドラムを叩くような音を立てながらコインは停止した。
「裏か。よって時期リーダーは山下に決定!」
課長が高らかに宣言すると山下は軽くガッツポーズを決めてから一礼した。
いつの間にか集まってきていた部署の人々が拍手で山下を讃えている。
なんということだ。
実力で負けたのなら諦めもつくが、こんなことでリーダー候補から落とされるなんて納得がいかない。
抗議しようとする俺に課長は冷たく言い放った。
「佐倉は修行が足りていないな。よって移動を命じる」
「はっ?」
賭けに負けただけでいきなり左遷?
ミスをしたのでもないのに?
「自分を見つめ直してこい。なんなら戻ってこなくてもいいぞ」
「な……なんでそうなるんですかっ!」
怒鳴ったところで目が覚めた。
電車は相変わらず揺れている。
よかった、夢だったか……。
って、ちょっと待て。
これはどうなっているんだ!?
列車の中の様子は先ほどまでとはがらりと変わっていた。
まず乗客だ。
外国人観光客も乗っていたが、そのほとんどは日本人だったはずである。
ところが、今はまるで違う。
乗っている乗客はすべて国籍不明の人々だ。
しかも着ているものが尋常じゃない。
どの人もロールプレイングゲームの登場人物みたいな服装だぞ。
鎧や武器を装備した人もたくさんいる。
おいおい、コスプレイヤーの団体か?
と思っていたら、俺の服装も変わっていた。
丈の長いベルベットのジャケットに、ひらひらしたフリルの袖と襟がついたシャツを着ているではないか!
俺、紺色のスーツを着ていたはずだよな?
ネクタイはスカーフみたいなものになっているし、黒の革靴は茶色の革ブーツになっている。
うわっ!?
ナイフまで所持しているじゃないか。
鞘に収まってはいるけれど、腰に差しているこれは間違いなくナイフだよ。
てか、短剣?
これ、見つかったらヤバいんじゃないか?
五・五センチメートルを超える刃物を目的もなく所持するのはアウトじゃなかったっけ?
これ、どうみても二〇センチメートル以上あるって!
刃だって分厚くて、いかにも凶器って感じだもん。
しかも大切な書類が入ったカバンがどこにもない!
代わりにあるのはサンドバッグみたいな形の革鞄である。
これ、ボンサックっていったかな?
俺の膝にあるということは、俺の……だよね……?
周りの目を気にしながら確認したけど、入っていたのはいくつかの下着類だけである。
しかも、見覚えのないものばかりだ。
白地に赤の水玉?
こんな奇抜なボクサーパンツは買った記憶がないぞ。
おかしいのは乗客や服装、自分の持ち物だけではなかった。
乗っていた電車までもが、いつのまにかレトロな感じの列車に変わっている。
これ、特急『あずみ』だよな?
外の景色はどうなっているのだろう?
う~ん、森の中か……。
でも、もう東京が近いはずだ。
いつまでもこんな景色というのは妙だぞ。
戸惑う俺の耳に日本語ではないアナウンスが聞こえてきた。
しかも、どういうわけか俺はその言語を理解できる。
「本日は魔導鉄道中央線、特別急行『アズール』をご利用いただき、誠にありがとうございます。この列車は定刻通り十時三分に終点ダウシルに到着いたします。どなたさまもお忘れ物のないようにご支度ください」
ダウシルってどこなんだよ!
十時三分に着くのは東京だろう?
俺は腕の時計を確認した。
よかった、時計はきちんと残っている。
無理して買った、少しお高めの機械式時計なんだよね。
時刻は十時五分前だ。
とにかく、この列車は間もなくダウシルという駅に到着するわけだ。
ダウシル?
どこかで聞いたことのある名前だな。
遠い昔、その名前を耳にしたぞ。
「…………」
思い出した!
あれは小学校六生の夏休みだ。
ばあちゃんちにあった『ダウシルの穴』というレトロゲームをプレイしたことがある。
たしか親父が子どものころに遊んだゲームで、二〇〇〇年より前に発売されたものだったはずだ。
夏休みにばあちゃんちに預けられた俺は、退屈しのぎに『ダウシルの穴』をプレイしたんだっけ。
剣と魔法のファンタジー世界で邪神を倒すという王道ファンタジーだったよな。
複数の登場人物から一人を選び、そのキャラクターの人生を体験しながらエンディングを目指すというシステムが採用されていたはずだ。
だんだん思い出してきたぞ……。
俺はたしか聖騎士のルマンドを選択したっけ。
でも、途中で投げちゃったんだよな。
キャラクターに感情移入できないし、レベルの壁というのがあって嫌になってしまったのだ。
それに夏休みも終わって家へ戻ってしまったしね。
その後も何度かはばあちゃんちには行ったけど、それ以来一度もプレイしていない。
というか、本当にダウシル?
終点は東京駅じゃないの?
夢かと思ってほっぺをつねってみたけど、ただただ痛いだけだった。
森が切れて城壁に囲まれた巨大都市が出現した。
この風景には見覚えがある。
まさに『ダウシルの穴』の説明書の表紙絵だ。
昔のゲームには説明書ってものがあったっけ。
「本日も魔導鉄道をご利用いただき、ありがとうございます。終点ダウシルに到着です」
もう一度時計を見ると時刻はちょうど十時三分である。
乗客はすべて列をなして降りていくが、俺はどうしていいものやら決めかねて動くことができない。
だが、ここでこうしていても仕方がないか。
腹を決めて列車を降りよう。
ひょっとしたら東京行きの列車が見つかるかもしれないもんな。
まあ、望みは薄いと思うけど……。
淡い期待を胸に俺は座席から立ち上がった。
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