伝説の始まり
駒井 ウヤマ
The biginning
話をしよう。
それは今から遡ること数百年前。丁度、太陽系連邦とカンバッシュ銀河帝国が戦争を繰り広げていた、その頃の話だ。
「例えば、こうすると・・・」
金星方面からベテルギウス戦線方面へと向かう輸送船団、その護衛艦隊の内の1隻であるG級護衛型コルベット、艦名グレイダ。その艦長席において1人の女性士官が一心不乱に何やら端末を操作していた。
「・・・こうなるから」
「艦長」
「・・・ふーむ」
「ザーネイン艦長」
「あー・・・やっぱり駄目だね、是非も無いよまったく」
「ユーナ・ザーネイン艦長!」
「うわ、吃驚した!何だい、准尉?」
「・・・艦長、艦隊司令より通信が先ほどより入っております。お繋ぎしても宜しいですか?」
「え?いや」
「宜しいですね!繋ぎます、どうぞ!」
伝われば良いとばかりに早口でまくし立てると、通信手兼オペレーターを務めるミーシャ・カミンスカヤ准尉は手慣れた手つきでコンソールを操作して通信を繋ぐ。そして暫しのタイムラグの後、ブンと鈍い音を立て正面のモニターが船窓から通信映像へ切り替わると、不愛想で青膨れた不健康そうな顔が現れた。
彼女が所属する護衛艦隊司令、ミッチェル・バーガー少将だ。
『大尉、随分と時間が掛かったようだが、何か問題かな?』
質問の体をとってはいるが、その言葉は明らかに難詰の衣を羽織っていた。それを証明するかのように、それでなくとも膨れた頬に押されている目も意地悪く細められている。
「いいえ少将。航路の再演算を行っていましたので、つとに気付きませんでした」
『ほほう。周囲の呼びかけに気付かんほど集中するとは大したものだが、艦長たる者、周囲には常に気を張っておかねばならんぞ』
「大丈夫ですよ、アラートならすぐ対応しますから。先日より、幾度となくコールを頂いておりますので、つい」
麗しい美貌のすまし顔で肩の上で切り揃えられた髪を無重力に靡かせ、暗に無視したと匂わせるユーナに対し、少将も不機嫌を隠そうともせず鼻を鳴らす。
『・・・ふん。それで要件はな、貴官から提出された航路変更の申請についてだ。結論から言おう、却下だ』
「何故です?今からなら、定時航路へは十分に戻れますが」
『それで、いつも通りに敵からの襲撃を受けろと?儂には無いが、貴官には自殺願望でもあるのかな?』
そう嘯いて、口角をさも愉快気に吊り上げる。
少将本人は不敵に笑ったつもりだろうが、彼の容姿では格好のつけようが無い。ニヒルを気取るより、その突き出た太鼓腹を叩いて鷹揚に笑い飛ばす方が彼の体形的にもまだ、格好がつくだろうに。
「ですが襲撃を受けた場合、今の航路では未探索宙域を横切る形ですので対応に不安が残ります。確かに最近、定期航路において襲撃を受ける事例が増えていますが、適切な退避行動の為損害は軽微です。安牌を蹴ってまで賭けに出る必要は薄いと愚考しますが」
『未知の宙域が存在することは分かっておる。しかし、であるからこそ、その航路を切り開くことにも大きな価値がある、だろう?それに、案外何とも無い只の宇宙空間かもしれんしな』
確かに、それに一理はある。だがそれは、率いているのが輸送艦隊であることを忘れれば、だ。輸送部隊の本分は『果敢』ではなく『確実』がモットーとされるべきなのだが、バーガー少将はそこに『憶測』まで付け加えている。
救いは無いなと彼女が判断したことを、誰が責められようか。
「未知なのは我が軍だけで、帝国軍は既知かもしれません。むしろ、最近の襲撃艦隊はこの宙域より進発しているのやも・・・」
だから、ユーナは確実性の志向ではなく、危険性のアピールで翻意を促してみる。が、それへの回答はモニターに大写しになった厚い掌だった。
『お喋りはここまでだ。不満があるのは分かるが貴官は最早軍人だ、命令には従ってもらうぞ。いつまでも学生気分では困る、男らしく任務にあたり給え。・・・おっと、貴官は女性であったな、これは失敬』
ははは、と不快な笑い声を最後にモニターは沈黙する。ただでさえ要員4名が押し込められている狭い艦橋の中、その不快さが重苦しさを助長した。
「・・・セクハラで訴えたらいかがですか、艦長?」
「准尉、滅多なことを言うものじゃ無い、それは最後の手段だ。しかし、恐るべき頑迷さだね。少将にもなって、この規模の護衛艦隊司令にしかなれないだけはある」
「それがですね・・・どうやらあのバーガー少将、外線艦隊勤務は初めてだとか。なんでも、自分に任せれば襲撃を避けて遂行できると大見得を切ったらしく、それまではずっと内線航路勤めだったとか」
だろうね、とユーナは大げさに肩を竦めた。胃痛と神経過敏が持病と化す外線勤務を務めあげてあの体形になれるのならば、自分ももう少し楽が出来るだろう。
「相変わらず情報通だね。おっと、それよりもジェネラスのシュタイン中尉へ繋いで」
先の通信とは異なり寸暇も無く回線は繋がれ、モニターへと顔を出したのはユーナと同年代ごろの青年士官だった。
金髪を短く刈り込み寸の乱れも無く軍服を着こなすその士官はウェイン・シュタイン中尉。ユーナと同じくG級コルベットの艦長であり、数年来の腐れ縁である。
「先輩、その調子ですと説得は失敗したようですね」
「ああ、まったくさ。私は自殺願望も英雄願望も無いんだけれどね。それでさ、若しもの時には頼んだよ」
彼女のウィンクを受けて、モニターの向こうのシュタイン中尉の顔が苦笑に歪んだ。
「やれやれ。小官としては、先輩にこそ謹んで欲しいのですけれどね。今度は減俸では済みませんよ?」
「大丈夫、上手くやるさ」
そう言ってユーナが何時もの如く、くいと眼鏡をかき上げキラと光らせるのを見たシュタイン中尉は大きな溜息を吐き、出発前に通信手を務めるカミンスカヤ准尉へと通信は全て録音するように言っておいて正解だったと確信した。
ウェイン・シュタインは実直に生きていた、筈である。そこその学校を出て士官学校へとそれなりの成績で入学。戦況の拙いことを理由に繰り上げ卒業し、准尉に任官され早5年。
つまり、ザーネイン大尉との腐れ縁も早5年、士官学校時代も合わせれば10年に手が届くだろう。
ユーナ・ザーネインという女性は、その才能だけで言えば間違いなく名将である。若さからくる経験不足を脇に置けば、戦術眼は確かであるし決断も早い、まるで先史に出て来る勇将、猛将の如くである。が、その決断を取ることを上官へ説得する努力は全くしないため任官後、彼が知る限りでも抗命未遂が3回、独断専行が1回、意図的な命令逸脱は数え切れぬ程だが戦功数多と、上官としては絶対に部下に持ちたく無いタイプであった。
(それとも・・・その歴史上の英傑なんてのも、そういうタイプの人間だったんでしょうか)
そんな成果と評価のアンバランスさから、上層部としても継子扱いらしく、現在も本来は自分や1階級下の少尉クラスが務める護衛型コルベットの1艦長という、大尉という階級からすれば閑職ともいえる位置にいた。
尤も、本人からすれば特に気にすることでも無いらしい。「下手に出世して、宇宙に出られないよりは余程いい」とは本人の弁であるが、巻き込まれる此方としてはもう少し気を付けて欲しいものだ。
(・・・まあ、どうせ繰り上げ卒業の自分は、出世街道からは端から外れているけれど)
そもそも、軍大学を出なければ将官には成れない、というのが彼らの所属する連邦軍の不文律だ。曰く『連邦は身分や血縁でしか高位に就けない帝国と異なり、唯その才覚でのみ高位を得らえる』とのことである。
飽く迄建前上、は。
ウェインとしても、別にエリートになりたい訳では無い。それなら人品は兎も角、能力の高いこの人といれば、少なくとも無駄に死ぬ事は無い。そして、戦争を左右するような大局に参画できずとも、無事に任を全うする事が出来るだろう。
後に起こることを知らない、と言うのは幸せな事だ。後に、彼はそう語っている。
一方その頃。
「すまん、遅れた。どうした?」
「いえ。それより、こちらを」
帝国軍秘匿拠点の司令部へと入室したペネラル・ネロピー中佐は、敬礼もそこそこに眼前に光るモニター、そこに移し出されている敵艦隊の航路予測図へと釘づけになった。
「これは・・・見つかったか?」
初めに彼が疑ったのは、この基地が発見された、或いは捜索されている可能性だ。しかし、その疑問は部下からの報告により立ち消える。
「いえ、中佐。この陣形や艦艇の反応から輸送艦隊と見えます」
「何だと?・・・間違い無く輸送船団だな、哨戒艦隊では無く?」
「は。反応を照合したところ、今までと同じ護衛型艦艇の可能性は90%。陣形も輪形陣と、まず間違い無いかと。しかし、この進み方ですと・・・数十分後には、当秘匿基地へと接触します。わざわざこんな航路を選ぶとは、理解に苦しみますが」
確かに。どうして輸送艦隊が、ワザワザ安全性の確立した航路を捨てるのだろう。
「中佐、これは罠では?」
そんな疑問に思わず、彼の副官であるゼッヘ・ゼーバッハ中尉がそう疑義を呈した。あの連中を餌として、自分たちの艦隊を釣りだそうという罠の可能性だ。
「いや中尉、それは無いだろう」
「どうしてです?」
「若し、そう若しだ。敵が我が基地を探し出したい、と考えるなら。そんな小賢しい罠を仕掛けるより前に、先ずは捜索隊を出すのでは無いかな?」
少なくともペネラルがこの基地に着任して以後、そのような艦隊どころか、哨戒機すら見たことは無い。
「では、どういうことでしょう?奴らには自殺願望でもあるのでしょうか」
「さあな。まあしかし、何を考えていつもと航路を変えたのかは知らんが・・・我々にとっては好餌食だ。それに、このまま見逃して万一この基地を知られる訳になってもいかん。全艦、出撃するぞ」
降って湧いた幸運とはこの事だ、とペネラル中佐は内心ほくそ笑んだ。いつもならば補足しきれず逃がしてしまう敵の輸送艦隊がご丁寧にもこちらへと来てくれるのだ。
現状、戦線は膠着状態であり、双方が戦線の維持に四苦八苦している。
この状態で敵輸送船団を撃滅出来ればどうか。間違いなく敵の攻め手は鈍るだろうし、若し万一にもこの航路全体が危ないとなり敵軍の輸送がこれ以降も滞るようなら、帝国の勝利は揺るぎないものとなる。
「よおし、帝国の勝利はこの一戦に在りだ。各員は奮起せよ」
「司令!敵襲です!」
赤色灯に切り替わった特設護衛艦隊の旗艦トゥーロンの艦橋で、オペレーターがヒステリックな叫び声を上げる。
「落ち着け、敵の規模はどれ程のものか、正確に報せ」
「3時の方向マイナス4より巡洋艦級8隻、あと十数分で交戦距離です!」
何とか司令官らしく、という虚勢はその数を聞いて剥がれ落ちた。あわあわと目線を泳がせ「どうしよう」と目で問いかけてくる司令官に替わって艦長を務めるアンソニー・ホーカー中佐が航海手へ問いかける。
「航海手、敵艦隊から逃亡は可能か?」
「それは・・・その・・・輸送船を見捨てるなら可能ですが」
慌てているのだろうが、あまりにも前提を無視した発言に、中佐もつい語調が荒くなる。
「それでは意味が無い!・・・司令、如何なされますか?」
義務感で問いかけるが、口に手を当てわななく震える少将に真面な決断が出来るとは初めから思っていない。
(本艦やコルベットの大部分を盾にして、輸送船を逃がすしかないか・・・)
それでも、輸送船が無事に離脱し得る成功率は低いだろう。加えて、少なくともトゥーロンの轟沈は避けられない。
しかし、護衛艦隊という職責を鑑みればやるしかない。そんな悲壮な決意の元、命令を下そうとした正にその時、
「艦長、グレイダ艦長、ユーナ・ザーネイン大尉より入電!」
「何だと?・・・繋げ!」
幾許かの間の後にモニター上に映し出されたのは、ここ数日にわたるやり取りですっかり有名になった女性士官だ。つい先ほども、艦隊司令と丁々発止のやり取りを繰り広げていたのはブリッジクルーの全員が知っている。
「こちらトゥーロン、艦長のホーカー中佐だ。要件を述べよ」
『おや、司令官は?』
「・・・司令官は対応について思考しておられる。それで要件は?時間が無い、手短に」
『それでは。どうか、我が艦に独自行動を取らせて頂きたいのです』
その発言に、艦橋が一斉に騒めき出す。この士官と司令官の関係が良好で無いことはブリッジクルー全員に知れ渡っており、まさか他の艦艇と共謀して自分たちや輸送船を見捨てて逃げるのでは、と口々にし出したのだ。
その騒乱をホーカー中佐は目線で鎮めるが、それは大尉を信じてのものではない。事実、彼女への返答は教え諭すようなものだった。
「大尉・・・若し、逃げられると思っているなら改めた方がいい。聞かなかったことにしてやるから、指示を待ちたまえ」
『いいえ少佐、逆ですよ。仕掛けるつもりです』
「何、仕掛けるだと!?」
『ええ、このまま座していても狩られるだけです。ならば、少しでも勝ちの目のある内に動きたいのです。ああ、当艦1隻では聊か荷が重いのでもう1隻ほど帯同させたいとは思いますけれど』
そう、あっけらかんと述べる大尉の目は、いつも司令官と話している時よりよっぽど明るくキラキラと輝いていた。
「だ、駄目だ。ただでさえ少ない戦力を分散させるなど!ゆ、許されんぞ!全コルベットで防衛線を引き、当艦で輸送船を護衛し離脱、こ、これしか無い!」
どうやら、やっと司令官も自己を取り戻したようである。しかし、口に泡したその反対意見は軍人としての見地と言うより寧ろ、自分が助かりたいが為、としか思えなかった。逆にモニターに浮かぶ若き女性士官の顔は気負いも無く、平常である。
故に、ホーカー中佐は覚悟して、司令官を無視することとした。
「1つ、確認するぞザーネイン大尉。英雄願望では無いのだな」
『勿論です。私は死んでから齎される栄誉には何の価値も見出しませんので』
「ふん、いいだろう。存分にやれ」
『は。それでは吉報をお待ちください』
ま、待て!と司令官が制止するより早く、通信は切れ、モニターは沈黙する。司令官は恨みがましい視線をぶつけてくるが知った事か。
「そら、各員ボヤッとするな。戦闘可能艦には輸送艦隊への防衛線を引かせるんだ、急げよ!」
彼女らが何を考えているかは知らんが無にすることだけは避けなければいけない。後の事は、生きて帰ってから考えればいいのだ。
「やっと動き出したか。随分とまあ、悠長なことだ」
巡洋艦ミジュマクの艦橋で、そう言いつつもペネラル中佐は内心ほくそ笑んだ。画面上では敵艦隊がのそのそと動き出してはいるが、その動きは余りに緩慢であり、これならば万に一つもあるまい。
そう考えていた彼だったが、
「中佐、敵艦の内、2隻程が別行動を始めました」
「何だと?逃げ出しているのか?」
「いえ、この動きは・・・大回りですが、こちらに接近してくる模様」
埒外の報告にモニターを見ると、確かに2隻がこちらに近づいてくるようだ。恐慌で矢も楯もたまらず、方向も見ずに逃げ出しているのか、はたまた一命を長ずる為に投降する気か。
「意図は不明だが、対応しない訳にはいかんな」
そう呟くと、少佐は素早くコンソールを叩いて僚艦を呼び出す。
「ケオン大尉、妙な動きの敵艦がある、当たれるか?」
大尉はペネラルの最も信頼する部下の1人だ。そして、その信頼に応えられるくらいには、彼は有能だった。
『ああ、あれですね。了解しました、ガジュマクとレイジュマクをお借りしても?』
「良かろう、許可する。他の艦艇は全速を以て敵輸送船へ食らいつく、全速前進だ!」
打てば響くとはこのことだ。不測の行動はあったがケオン大尉なら大丈夫だろう。
勝利は依然、我が手中にある。不敵な笑いを浮かべるペネラルには、依然として揺るがせない勝利への確信があった。
「敵艦隊、2手に分かれました。当方へは3隻、向かってくる模様」
「まず、第一段階は成功、といったところかな。砲雷長、パターンH2のファイルを確認」
「これは、また。一発必中を叩き込まれた小官からすれば、外法に思えてなりません・・・謗られませんか?」
「無駄も悪辣も、謗られるとすれば生きて帰ってこそ、だ。それよりも成功の如何は君の腕にかかっているんだ、宜しく頼むよ」
「ですな。まあ、無理難題は砲雷屋冥利に尽きるってもんです。よおし、対艦ミサイル、発射管開け!」
「敵艦より熱源、ミサイルと思われます!」
「随分遠いぞ、それに軌道もおかしい。ペネラル中佐の言う通り、敵も慌てているようだ」
呆れたように言うケオン大尉に、監視班より迎撃の要請が入る。
「如何します?」
「いや、それには及ばん。それより随伴艦へ連絡、このままの進路をとれば当たらんから動きを乱すな、とな」
「監視班より連絡。敵艦の照合が完了、予想通り護衛型コルベットが2隻と見ゆ」
「そうか、ならば砲撃戦に付き合ってやる必要は無いな。全艦増速、一気に距離を詰めろ!」
「敵艦より、射撃管制レーダー照射!」
「慌てるな、この距離では光子防御壁は抜けん」
勿論、護衛型コルベットとは何度か相手をしている大尉は、その照準器の正確さも経験済みだ。有効打では無くとも最低でも至近弾はくるだろう、と衝撃に備えていたが・・・豈図らんや、2本の光芒は至近弾とも言い難い、大きく外れた位置を通り過ぎる。
「何だありゃあ、余程の間抜けか。ならば気負いは要らんな、接近するミサイルが通過するタイミングでさらに増速、一気に詰めて度肝を抜いてやろう」
最早、勝ったも同然。そう信託していた大尉へ、人生最後の予想外が襲いかかる。
接近するミサイルがいきなり爆発したのだ。至近距離での閃光に、全モニターが一度にホワイトアウトする。
「何だ?誰が迎撃しろと言った!?」
「違います、爆発の直前に敵艦の発砲光が・・・」
「外部モニター、熱源センサー共に沈黙!光学監視班も対応不能!」
その時、ゴウンと鈍い衝撃が艦橋を襲う。
「今度は何だ!?」
「船体後部に衝撃!後続艦が追突した模様!」
「ええい、馬鹿が!・・・ああ、そうか、増速と言ったか、私は。ええい、当艦も増速!」
「危険です!ここは減速し、モニターの回復を待つべきかと」
されど見ればモニターは未だ砂嵐の最中、団子状態では対応も何も出来やしない。
「しかし、このままでは・・・いや、待て!監視班、敵艦の動向は!?」
「は?」
「だから、敵だ。敵はどうしておる!」
通信機に唾吐き問い質す。しかし、その結果得られた情報が、彼らを絶望の淵へと叩き込んだ。
「何?突っ込んで来るだと!?対空迎撃準備・・・いや駄目だ、緊急回避運動を―」
しかし、その命令より早く、ズウンと体を揺さぶる嫌な衝撃が大尉らを襲い、艦橋を一瞬にして非常時の赤色灯が支配する。
「そ、損害状況報せ!」
しかし、その命令に応える間もなく艦橋へ、融溶しプラズマと化した船体構造物が押し寄せてくる。
「ジェネレーターに異常」
それがケオン大尉の耳朶を打った、最後の音であった。
どうしてこうなった。
ペネラル中佐は自問した、負けようの無い状況、その筈だった。それなのに、どうして。
「後方熱源、更に増大!が、ガンマク、レイジュマク、反応消失!」
「落ち着け!監視班、敵艦はどうなった!?」
「お、お待ちを。ラグが酷くて・・・れ、レーダー反応あり。こ、これは・・・」
「どうした、報告せよ!」
「て、敵艦2隻、健在です!」
「ガジュマクより入電、我航行不能!繰り返す、我航行不能!」
間断なく寄せられた2つの報せは、中佐が考え得る限り最悪のものだった。たかがコルベット2隻相手に巡洋艦3隻が完敗というのだ。
しかし、健在とはいってもそれなりの損害は与えたに違いない。そうであってくれ、というせめてもの期待はしかし、次の報告にて打ち砕かれた。
「て、敵艦より射撃管制レーダー感知、撃ってきます!」
防御を、と言いかけてはたと気付く。敵からすればこちらは背を向けている、そして推進部には光子防御は無い。
「駄目だ!緊急回避、急げ!」
刹那、ズンと振動が体を大きく揺らす。が、まだ生きている。
「ぎ、ギンマクが盾になってくれました!損害軽微、なれど、なれどギンマク大破!ラゲイマクも航行に支障との報告!」
「ギンマクのキー・ユー大尉と、女神リオールへ感謝を。航海手、敵輸送船団を補足できるか?」
「このまま回避運動を続けつつですか?だとしたら無理ですよ!」
その悲鳴のような言葉を証明するように、前方の護衛艦隊からも砲火が襲う。幸い光子防御で防げる距離だが、間断なく撃ち込まれる衝撃の中では機敏な操艦は難しく、このまま双方から距離を詰められれば袋の鼠だ。モニターの中では先程当艦を庇って手負いとなったギンマクへさらに数条の光芒が突き刺さり、忽ちに艦は火球と消える。
「限界、か・・・全艦、撤退、撤退だ!撤退の信号弾を撃て!随行不能の艦は・・・これより各自の判断で行動せよ、咎めはせん!」
砕けんばかりに歯を噛み締め、肘置きを握りしめる。しかし、彼に英雄的な自死は許されない。
少なくとも生きて帰る、そうしてせめて死した部下たちの名誉は守らねばならない。そして、今まだ随伴可能な船は生きて帰さねばならない。その決意を以て何とか自失しそうな意識を留め、レーダーに浮かぶ機影を睨みつけた。
このままでは済まさん、と言わんばかりに。
「敵艦隊、撤退していきます。追撃しますか、艦長?」
「それは・・・」
昂揚した精神が「Yes」と言わせようと企む口を、僚艦からの通信が阻んだ。
『止めておきましょう。我々の仕事は、補給艦隊の護衛ですから』
「あ、ああ・・・そうだね。うん、そうだとも」
緊張で強張った頬のまま、何とかそう命じる。まったく、有難い戦友だこと。
「っと、艦長。旗艦より通信が」
「繋いでくれ」
彼女が命じたその数秒後に、砂嵐の目立つモニターへホーカー中佐の安堵したような顔が映り出される。
『大尉、よくやってくれた。今だから言うが、またこうして話が出来るとは思わなかったぞ』
「それはそれは。少しは信用して頂きたいものです」
『口の減らんことだ・・・ん?少し待て大尉。司令部から入電だと?』
「通信、切りましょうか?」
『いや、そのままで良い。ふむ・・・これは・・・大尉、貴艦の状態はどうだ?」
「状態、と言われますと・・・今確認はさせていますが、データ上は大きな損害はありません。推進剤や酸素も、問題なさそうです」
もっとも、クルーの体力は別だ。ユーナ自身もぐったりとシートに体を預けている。
『そうか・・・実は、接敵時に司令部へ救援を要請したのだが、どうやらこの未探索宙域の捜索任務が行われる予定であったらしくてな。今捜索艦隊がこの宙域に向かっているらしい』
「それで、その艦隊と同行せよ、と?」
チラとモニターの外に視線を巡らすと、カミンスカヤ准尉が「残業は嫌だ」とばかりに大きく首を振っていた。
だが幸いなことに、少佐は「違う違う」と大きく手を振ってそれを否定した。
『早合点は良くないな。その友軍艦隊が、そこに浮かんでいる敵の損傷艦を曳航して帰ると言っているのでな。その護衛を頼みたいのだ』
『艦隊司令の儂としては、護衛艦が減るのは好ましく無いのだがな・・・命令とあれば已むを得ん。仕方なく・・・飽く迄仕方なく、だ』
『司令官もこう言っている。まあ、武功の対価として早退け位は許してやろう、ということだ』
そこまで説明されれば、ユーナの側に否は無い。了解しましたと言って通信を終わらせた。
「・・・ふう」
「やったじゃないですか、艦長!大戦果ですよ!」
「はしゃぐんじゃないよ、准尉。それに・・・」
『これは飽く迄、艦隊としての戦果です。大昔の一番槍じゃないんですから』
「そういうこと。まあ、これに懲りて、輸送艦隊の航路を変えようなんて考えたりしないようになれば、上々かな」
そんなあ、と残念そうに眉を下げる准尉は置いておくとして。
ユーナとしては今の発言以上の成果は求めない。どうせこの戦争はズルズルと10年近くも続いているのだ。華々しい戦果なんて無くとも、直にどちらかが耐え切れなくなって終わることだろう。
ならば、自分の望みは叶わぬままに。こうして何のことも起こらない護衛任務で軍人人生が終わってしまえばいい。
そう、ユーナ・ザーネインは希求しているのだ。
しかし、そんなユーナの希望とは裏腹にして。
この後、木星に在る宇宙軍本部へ、同じ軍人に対して綬勲相当という報告と資質に欠けるという内容の弾劾状が同時に届くとか、帰投したユーナに対し宇宙軍本部への召集令状が出されるなど、彼女を取り巻く環境は大きく変わることとなるが・・・。
その話はまた、別の機会に。
伝説の始まり 駒井 ウヤマ @mitunari40
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