008:「初デート」

 海神市北部、海神湾の先端部、宝多島を半分覆い隠すように突き出ている鬼隠おがくし半島。


 平成以前の半島は先端部に僅か数軒、寂れた温泉宿が建ち並ぶだけの僻地。

 半島全体は土地利用が難しい急峻な岩山ばかり、ほぼ未開発地域であった。


 だが時が移り、日本国政府の「新都心構想」により「新東京市」として平成時代急速に造成や開発が進み、最新鋭都市として大発展。

 現在海神市住人百五十万人の大部分は鬼隠半島内に集中していた。


「初デート……か」

 現在俺は「海神駅」前の噴水、初めて出来たカノジョを待っている。一応……リアル初デート。緊張しているかって?


「はぁ~~~~っ」

 俺は大きく溜息をついた。一人呟く。

「鬼隠か、遠いな」


 海神駅前の噴水は平浜地区の住人にとっては定番の待ち合わせ場所。

 海神駅は大正期に建設された赤煉瓦レンガ作りの小さな駅舎。当然歴史的建造物である。「海神駅前広場」は世界遺産、平浜歴史保存地区の中心部。

 早朝から数多くの観光客で賑わっていた。


 鬼隠へ向かう路線「海神湾岸線」の始発駅。今でも蒸気機関車が走っている観光路線だ。街行く住人の多くは日本人なのに、まるで中世ヨーロッパの小さな田舎町のような景観。


 殆どの建築物はレンガや石造り。ブ厚い木を削ったような看板、そして石畳み。平浜駅前はライトノベル的「異世界」と表現してもおかしくないほど非日本的、非現実的。駅前の噴水も何かよくわからん天使像群が水を噴き上げていた。


 平浜人たる俺は、このラノベ的非日常風景はかなり気に入っている。

「え~と」


 俺はスマートフォンを見つめた。今日はマイハニーこと國杜愛衣ちゃんと初デートである。気が重い。憂鬱だ、再び溜息。

「はぁーっ、五歳児のお守かぁ……」


 それでも一応、デートっぽくお洒落をし、大凡おおよそのデートプランを母親ママ、國杜真理亜さんにL●NEで報告していた。


 俺の計画プランは鬼隠北区の国際テーマパーク「グローバルランド」で一日中過ごす。極めてシンプルなもの。

 遊園地は幼稚園児と遊びに行くにはもってこいの場所だ。周囲も俺と愛衣ちゃんの関係は兄妹か親戚の子くらいにしか思わないだろう。


 これなら目立たない、我ながら完璧な計画だ。

 ちなみに「グローバルランド」とは欧米発祥の巨大テーマパーク、微妙にキモカワイい「犬」と「猫」がマスコットキャラ。


 スマートフォンを見つめる。待ち合わせ時間まだまだ少し間がある。グローバルランドは俺の脳内恋愛、脳内デートイベントでは何度も登場する定番の行先。八重歯ちゃんを始め、様々な女の子とめいっぱい青春の一ページを刻んだ場所だが……!?


 ゴホン、告白しよう。実は俺はグローバルランドへは一度も行った事は無い。そのせいなのだろう、何故か落ち着かない。

「これは脳内デートでは無い。リアルである。リアルである……リアルか、ふぅ」


 五歳児相手に初デート。奇妙な感覚だ。

「ダーリン、待った?」

 待ち合わせ時間より少し前、マイハニーこと愛衣ちゃん登場。俺は一瞬呆気にとられた。

「…………眼鏡……は……」


 愛衣ちゃんは何時もブ厚いセルフレーム製のまんまる眼鏡をかけ目元、顔はかなりの部分が隠されていて常に表情が良くわからない。


 だが、目の前には、素顔の愛衣ちゃん。普段地味な三つ編みを解き、ポニーテール姿。母親ママ、真理亜さんチョイスではあろうが幼子の可愛らしさを最大限引き出してくれるような愛らしいワンピース。


 愛衣ちゃんはクルリと一回転、五歳児のポニーテールが風にたなびく。俺のためにお洒落している。

「うい、可愛い?」


 愛衣ちゃんは俯きながら質問、基本無表情だけどちょっぴり恥ずかしそう。イラストレーターを志している者ならば、絶対に描きたくなる可愛らしさ。


 初めて見た素顔、大きな瞳で俺を見つめている。俺は愛衣ちゃんの可愛らしさに気圧された。五歳児にドキドキしてるんだよ俺!

「……」

「ダーリン?」

「……」

「ダーリン??」

「あっ!」


 考えてみれば可愛いのは当然だった。超絶美人さんのお子様なのだ。これから先、ずっと「可愛い」「可愛いね」「可愛すぎる」と言われ続けるだろう。


 非現実、いやいや異世界からやってきた妖精さん、フィギアみたいな可愛らしさだった。

「あっ……ああ可愛いね」

 俺は幼児相手に狼狽えた、不覚。

「良かったね、愛衣ちゃん」

「うん、マムありがとう」

「どういたしまして」


 愛衣ちゃんに後ろに立っていたのはゆるふわ年上天使、愛しの真理亜さん。

「國杜さ……」

 洒落というわけではないが、ゆるふわ髪を纏め、動きやすそうな。地味なUNIQ●Oコーデにもかかわらず色々、特にたわわなお胸とお尻が物凄ーく目立っている。


 もしかしてお出かけ?

「わたしがいちゃデートのお邪魔ですか?」

 ゆるふわ年上天使様が笑った。微風が俺の頬を擽った気がした。

「………………まさか! まさか! まさかぁーーーーっ!」


 真理亜さんも少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。心臓爆発しちゃうよ俺。

「うい、ひとりでおでかけできるよ」


 愛衣ちゃん無表情、それでも不満そうに頬を膨らませた。

「マ、ママがそう言うんならね、今日は三人で遊びに行こう。ねっ」


 状況は一変。我が人生の初デートが「子守」という憂鬱な気分が吹っ飛んだ……まさかの母親ママが参戦。

「で、では参りましょうか」

「ハイ」


 真理亜さん極上の笑顔。思わぬ展開。三人でお出かけ。ご都合主義バンザーイ。

「マム! ダーリンはういの」


 愛衣ちゃんは俺にしがみついてくる。真理亜さん苦笑。

「ハイハイ。じゃあ宜しくお願いしますね、彼氏君」

「は、はい。任されました」


 五歳児が独占欲剥き出しで俺にしがみつき、恋のライバルとして母親を威嚇している。子供とはそういうものなのだろう。

「ところで愛衣ちゃ……」

「ういはダーリンのお嫁さんなの。ハニーと呼んで」

「はいはい。ハニーちゃん♡」

「なに?」

「眼鏡は?」

「今日はダーリンと一緒だからいらない。うい、今日は小悪魔モード」


 小悪魔モード? 謎は深まるばかり。真理亜さんお上品な笑顔。

「愛衣ちゃんのメガネ、実は伊達なんですよ」

 わざわざ伊達眼鏡?

「な……なにゆえ??」

「愛衣ちゃんは美人さんだから、メガネかけてないと凄くモテちゃうの」


 真理亜さんのウインク。

「うい幼稚園の男子には興味無い。好きな人はダーリンだけ」


 俺の知らない幼稚園児の恋愛事情。五歳児に対し敗北感。だが俺にだけ特別…………チョットだけ優越感。

「と言う事は愛衣ちゃん俺の前では「小悪魔」になって誘惑してくるって事か」

「うん。ういに悩殺された?」

「……そうだね」


 同意する、まぁ半分お世辞だけど。

「ダーリン。ういの事はイヤラシい目で見て良いんだよ」

「オーイ」

「愛衣ちゃん! 何処でそんな言葉覚えたのですか」

 真理亜さんと俺は顔を引きつらせた。


 ******


 蒸気機関車に乗って鬼隠へ向かう。同じ市内とはいえ蒸気機関車で三十分近くかかる、実際旧市街地区と鬼隠は別な都市くらいの距離感がある。

 俺も用事が無ければ鬼隠にはめったに行くことは無い。

「うい、汽車初めて」


 ハニーちゃんは蒸気機関車に乗るのは初めてだそうだ。

「……すごーい」


 立ちのぼる黒煙、鉄が擦れる機械音、そして迫力。俺が初めて蒸気機関車に乗った時のワクワク感半端ない状態を今実体験しているのだろう。

「うい、鬼隠もはじめて」


 愛衣ちゃんは鬼隠も初体験だった。

「愛衣ちゃん、もうここからテーマパーク状態ですね。鬼隠に到着したらもっとびっくりするでしょうね」

「うふふ、そうですね」


 愛衣ちゃんは俺の隣に座っている……と言う事で向かい合わせは真理亜さん。まさに天使の微笑み。良い匂い。頭がボーッとして来る。もう相手は子持ちの人妻だろうが関係ないね。今すぐにでも告白したい。


 真理亜さんが俺とそれほど年齢が違わないにも関わらず、大人っぽい落ち着いた雰囲気を醸し出していたのは愛衣ちゃんを養育していたから?

「…………」


 少し、違うような気もする……

「どうしたんですか?」

「いや、何でもありません。良い景色ですね」

「うふふ、そうですね」


 おっと、真理亜さんを見つめすぎてしまった。ずっと気になっていた。真理亜さんの夫、愛衣ちゃんの父親が誰なのか? どんな人間なのか? 真理亜さんは現役大学生だと聞いている。


 若妻、いや若妻過ぎる。

「美しすぎるゆるふわ年上天使様には一体どんな恋物語ラブストーリーが秘められているのだろうか……」


 誰にも聞こえない声、俺は小さく呟いた。

「必ず聞き出してやる」


 俺はまだ、真理亜さんのことを知らない。五歳児の飯事ママゴトに付き合ってテーマパークに遊びに行く。良いじゃ無いか! 俺はこの状況を利用し尽してやる。


 蒸気機関車は海沿いの観光路線「海神湾岸線」、潮風が心地良い。遠くに宝多島が見える、静かな内海、空は快晴。実は平浜から鬼隠へ向かうには路線バスの方が早い。でも初デートだ。

 ゆっくりと、蒸気機関車の雰囲気も楽しみながら鬼隠半島へ向かった。


 ******


 鬼隠南駅到着。通称「鬼隠南ステーション」、国道沿いにポツンとコンビニが一件だけ建っている。昼間は殺風景な場所だ。


 だが平浜や宝多島、旧市街地区からの汽車やバス路線の始発であり終点、車が使えない旧市街地区の住人達は、必ずここで鬼隠の公共交通機関に乗り換えなければならない。


 路面電車は最新式の無人LRT。鬼隠南部と中央部を結ぶ「中南線」で鬼隠中心部へ。

「電車早い」

 LRTは平浜の古い路面電車とは比較にならないくらい早くて静か。

「そうだね。早いね」


 愛衣ちゃんは初めて乗り込む、最新式無人路面電車(LRT)。そして。

「電車、宙に浮いている」

「そうだね。浮いてるね」


 更に乗り換えでモノレールに乗り込む。鬼隠内三路線あるモノレール線の一つ、「中央環状線」。都市、高層ビル群の合間を縫うように走る最新式モノレール。非現実感半端ない。中央環状線は鬼隠の「南区」「中央区」そして「北区」を環状に結ぶ路線。

「絵本で見た未来都市」


 窓の外を興味深そうに眺める愛衣ちゃん。

「うん未来都市だね」

 海神市は「過去」と「最新」が融合した不思議な「恋の街」。

 目的地である「グローバルランド」は鬼隠「北区」だ。


 ******


 到着まで約一時間以上……遠い。鬼隠「北区」。半島の外洋部に面した急斜面を切り開いて造成された最新鋭都市中の最新区画、新しい建物が次々建設され新たな注目スポットとなっていた。


 明陽館学園高等部、五鬼平総合病院、大手資本の巨大ショッピングモール。海神市出身の世界的建築家によって設計されたそれら大型建築物は奇抜で超未来的。ほぼ平地が存在しないはずの北区、急斜面全てが一つの巨大な建築物に見える。

 未来都市の中でも更に異彩を放つ場所。


 ハニーちゃんは無表情ながら興味深そうに周囲を見つめていた。

「へんてこな建物。おがくし、うちゅうじんの秘密基地」

「確かに、へんな建物ばっかりだね」


 子供ってほんと何にでも興味持つなぁ。世界的建築家の建造物、どれも奇抜で未来的。全面ガラス張りを多用した建物は「スペースコロニー」の異名を持つ建築物類。


 スペースコロニーのガラス面が太陽の光を浴び反射している。確か太陽光発電のパネルも兼用していたはずだ。未来都市の名に恥じない。

「すごい綺麗。不思議」

「……」


 どうやら天才同士には通じ合う物があるらしい。まぁ俺にはさっぱり理解出来ない。


 ******


 グローバルランドに到着。

「到着。すごい、大きい」


 初めてのグローバルランド。子供だったらワクワクが止らないだろう。軽快なBGM、数多くの人々の興奮が伝わってくる。まさに御伽の国だ。


 マイハニーこと愛衣ちゃん。IQ150オーバーの天才少女と言われているが所詮は五歳児。ここは御伽の国、お子様は間違い無くしゃぎ回る、疲れる、寝る。その後は……俺と真理亜さん二人っきり。大人の時間だ、フフフッ。

「ダーリン、変な顔してる」


 おっと、愛衣ちゃんは鋭い。気を取り直す。笑顔だ、笑顔、作り笑顔。

……ハニーちゃん何乗りたい?」

「あれ」


 いきなり絶叫系マシンを指差す。王道のジェットコースター、かなり過激そう。

「OK」


 今日は運良く空いているみたいだ。それほど並ばずにジェットコースターへ。

「あ……制限ある」


 絶叫系マシン、その殆どが年齢や身長などの制限があった。

「乗れないね……」

「うん」


 残念ながらジェットコースターは断念するしか無さそうだ……だが愛衣ちゃん以上に真理亜さんががっくりと項垂れていた。名残惜しそうに何度も振り返る。

「真理亜さん、ジェットコースターへ乗りたいんですか?」

「そ、それはぁ」

「乗って来て下さい、俺と……ハニーちゃんはアレに乗ってますから」


 俺は回転木馬の方を指差した。真理亜さんの表情、まさに天使の如く光輝いた。

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……でもぉ……はぐれちゃったらどうしましょう」

「ダーリン、スマホ貸して」

「あ、ああ」


 俺がスマートフォンを差し出すと愛衣ちゃんは素早く何かのアプリをダウンロード。

「マムとダーリンの位置情報、これでわかる」

「二人の位置情報が? GPSか、すげーな」

「愛衣ちゃんの方がスマートフォン詳しいから、わたしは全然ダメダメで」


 真理亜さんは笑った。思いだしてみれば愛衣ちゃんは幼稚園でもタブレット端末を器用に操作していた。流石天才児。

「ネット(SNS)のお友達にアプリ教えて貰ってる」

「ネット内にお友達いるのか」

「ういの友達、ネットだけじゃないよ。明陽館がっこうにも天才協会メンサにもいっぱいお友達いる。今日は男を堕とす小悪魔系ファッションと髪型教えて貰った」


「……へーい」

「そ、それじゃあ暫く別行動で」

 ウキウキしながらジェットコースター乗り場へ向かう真理亜さん。子供みたいにはしゃいでいる気がする。もしかしたら真の目的は……

「愛衣ちゃん、とりあえずあっち行こうか」


 俺と愛衣ちゃんは幼児向けのアトラクションが多いゾーンへ向かった。

「ダーリン♡」

 愛衣ちゃんが手を差し出す。

「はいはい」


 差し出された愛衣ちゃんの小さな手を握りしめた。温かい、そして柔らかい。でも愛衣ちゃんは怒った。

「ダーリン握り方違う!」


 愛衣ちゃん握り方を指定……って恋人握りですか!? 全く。

「ダーリンとふたりっきり、うい、すごくうれしい」

「……そうか」


 愛衣ちゃんスキップ、二人っきりがよほど嬉しかったらしい。五歳児でもちゃんと女の子しているんだな。握っている方の手をブンブンと振り回す。

「確か、向こうの方には幼児向けのジェットコースターあったはずだけど……」

「いく!」

 間髪入れずに返答。どうやら、親子揃って絶叫系マシン好きらしい。


 回転木馬に乗った後、二人で子供向けジェットコースターに乗る。

「怖くない?」

「ぜんぜん」


 ジェットコースターは頂上へ。所詮お子様向けのジェットコースター下らん……俺は完全に舐めていた。

「うおおおおおお」

「ぎょわああわわ」

「死ぬ~~~~っ」


 これら全ては俺の台詞。どうやら俺は絶叫系マシンが苦手だったらしい。たかが幼児用コースターでヘロヘロになってしまった。脳内恋愛では怖がっている女の子にしがみつかれているはずなのに……やはり現実リアルは最悪だ。気持ち悪い。

「ダーリン情けない」

「うええ……」


 ジェットコースターに酔った、フラフラ。年上男子の面目丸つぶれだ。

「ダーリン休も」

「うええ……うむ」


 仕方が無い、今はゆっくり休んで体調の回復を待つしか無いようだ。

 まだ五歳児の愛衣ちゃん、よじ登るようにベンチに座る。そして、自らの可愛い太腿とペタペタと叩いた。

「ダーリンひざまくら」

「えっ! ひ膝枕?」

「ひ・ざ・ま・く・ら。男の子は女の子のひざまくら好き」


 愛衣ちゃんは俺をじっとみつめた。強いプレッシャーを感じる。

「…………」


 どうする、俺? 素直に五歳児の膝枕で寝るのか? それとも……

「ト……トイレに。すぐ戻るからチョットだけ待っててね」

 俺は逃げ出した。ホント情けないな俺。



 トイレから戻る。俺はそのままアイスワゴンに立ち寄った。アイスで誤魔化そう。

「愛衣ちゃん、アイス食べる」

「うん」


 愛衣ちゃんと一緒にアイスクリーム食べる。あっ、愛衣ちゃんアイスの食べ方とても可愛い。イラストのワンシーンみたい。俺は愛衣ちゃんを見つめる。

「まぁ確かに、普通のデートっぽいかなぁ」

「違う! ういはダーリンとデートしてるのっ」

「はいはい」


 それでも周囲からはデートには見えないはず。俺のカノジョは五歳児だ。

「楽しいかい?」

「うん」


 愛衣ちゃんはコクリと頷いた。表情は変らない。でも強く俺の手を握り返してくる。何となくだけど、俺は愛衣ちゃんの感情を察する事が出来るようになっていた。

「…………」

「ダーリン?」


 思わず愛衣ちゃんの顔をマジマジと見つめてしまった。この娘が笑うとどんな表情になるのだろう。妄想する……メチャクチャ可愛いだろうな、絶対。


 そしてもう一つ、俺の脳裏に邪悪か感情が浮かび上がった。愛衣ちゃんの「泣き顔」が見てみたい。近くにちょうど良いアトラクションがある。

「愛衣ちゃん、あそこ行ってみようか」

「うん」


 お化け屋敷ホラーハウス。ちょっとネットで検索したけどここのホラーハウスは結構怖いらしい。

 しかも大人同伴なら年齢制限無し。

「じゃあ行こうか」

「うん」


 お化け屋敷に入る、おどろおどろしいBGMと音響、若干効き過ぎ位に冷やされた室内、ひんやりとした空気の流れ、精巧かつ緻密に作られた屋敷内。

 本格的だ。

「わざわざ一組ずつ入れてくる。音響の悲鳴に混じり先行者達の叫び声も遠くから聞こえてくる。


「ダーリン?」

「だだだ大丈夫。愛衣ちゃん怖くない?」

「ここ、怖いとこ?」

「あ、ああ」


 愛衣ちゃんは相変わらずの無表情、怖くな……「!」いきなりお化け登場、心理の裏を掻く場所から登場したお化けのフィギア。


「うぉ!」


 叫び声をあげたのは俺。情けない、愛衣ちゃんはまったく動じていない。


 舐めてた。グローバルランドのホラーハウスはかなり本格的だった。

「う、愛衣ちゃん怖くないの?」

「こわくない、ダーリンが隣にいるから。あとハニーって呼んで」


 大人の俺でもビビる程のホラーハウス、だが愛衣ちゃんには通用しないらしい、相変わらずの無表情。天才児の思考回路は良くわからない。


 俺も少々意地になっていた。何とか怖がらせてやりたい。


 次々現れる、お化け達。凝ったアトラクション。愛衣ちゃんの手が離れた隙に俺は立ち止まった。

「ふふ……一人ぼっち作戦」


 俺が立ち止まったことに気付かずどんどんと歩く愛衣ちゃん。闇の中に消えていく。

「一人ぼっちになった時の恐怖は……」

 その間数秒…………

「愛衣ちゃん!」


 俺は走って追いかけた。何故だろう、物凄く不安になった。ほんの数メートル先に愛衣ちゃんがいるはずなのに。俺は夢中で追いかけた。

「愛衣ちゃ……」


 幽霊に囲まれていた愛衣ちゃん、作りもののバケモノ達のはず、色白な子だからなのか、何時も無表情だからなのか? 俺は何故か、愛衣ちゃんが闇の世界に引きずり込まれてしまう様な錯覚を覚えた。「捨身月兎」の物語エピソードが脳裏をよぎったからかも知れない。

 いや、それだけじゃ無い。

「愛衣ちゃん! だめだ!」


 あの時、俺はそう叫んでしまった。

「ダーリン?」

 俺は駆け寄り愛衣ちゃんの力強く抱きしめた。

「ダーリン、人前で大胆。情熱的♡」

「一人で怖くなったかい?」

「怖くないよ。うい、いつ死んでもいい」

「……!」


 幼い少女に何故か死が纏わり付いている気がした。もっと強く抱きしめる。

「そんな事言うな。死んだら俺が悲しい。ママだって悲しいむじゃないか」


 愛衣ちゃんは首を横に振る。

「ううん、悲しみは時が経てば癒えていく……辛いのは一時だけ……」

「違う! なにバカな事いってるんだ!」


 愛衣ちゃんが俺を抱きしめ返した。

「大丈夫だよ、うい死んでないよ。ういの心臓ちゃんと動いているよ」 


 愛衣ちゃんが俺の手を取って胸を触らせる。普通だったら大アウトの行為だけど。相手が五歳児なんで何とかセーフ?? 


 愛衣ちゃんの心臓は動いている。

「…………」


 五歳児なのに何処か悟った感がある。天才児だからなのか? 違うな、愛衣ちゃんには何かが欠けている気がする。

 俺はカノジョのスキマを埋めることが出来るのだろうか?


 ******


 お化け屋敷ホラーハウスを出る。太陽が眩しい。

「ふう」


 人混み。雑踏が俺を安心させる。俺の服を引っ張る愛衣ちゃん。

「ダーリンあれ乗りたい」

「なるほど、観覧車か……」

「恋人同士は観覧車でチューするの」

 オーーーーイ!!


「もう、五歳児が大人の階段上りすぎでてるでしょう……どこでそんな事を」

明陽館がっこう。お友達がそう話してた」

「……オーイ!」


 因みに、愛衣ちゃん達にとっての「チュー」は好きな人の頬にとの事。まぁ幼稚園児同士だからセーフ??




 グローバルランドの大観覧車はかなりデカい。

「たかい、とってもたかい」


 観覧車乗ってる愛衣ちゃん、ずっと外を見つめている。子供だ。確かに絶景。愛衣ちゃんは何度も行き来し風景を見つめている。愛衣ちゃんが左右行き来売る度に、ポニーテールが揺れている。スカートも揺れる、パンツが見え……ゴホン。


 海側は太平洋、波静かな海、何処までの水平線が広がっている。


 反対側は、都市風景、鬼隠全体。遠くには俺達が住む平浜や宝多島が広がっている、大型の観覧車。視界は何処までも広い。

「楽しいかい?」

「うん最高」


 この子は頭も良い、聞き分けも良い、まだ五歳児なのに時々ドキリとするくらい大人っぽい時がある。

「ダーリン、ういと一緒で幸せ?」

「ああ」


 じっと俺を見つめる。疑ってる?

「ウソついていない? ダーリンほんとは迷惑って思わない?」


 そして時々面倒臭い。

「嫌いな人とは一日中一緒にいたりしないだろう」

「うい、ダーリンのとなりがいい」


 俺の隣に座りひっつく。五歳児でも甘えられれば悪い気はしない。

「ダーリン♡ ダーリン♡ 大好き」


 愛衣ちゃんは俺の身体にもたれ掛かって甘えた。五歳児でも女の子なんだな。本当にカノジョみたいだ。いや当人はもうお嫁さんだと思っている。


 観覧車がそろそろ頂点にさしかかろうとする時。

「チューする」

「え?」


 俺は生唾を飲み込んだ。

「いや……その……あの」


 俺が何故狼狽えなければならない、相手は五歳児、ほっぺに「チュッ」として貰うくらい、どうという事はないはずだ。なのに俺は……慌てている。

「ダーリン♡」


 愛衣ちゃんはそっと目を閉じる、俺はただ座っていれば儀式チューは終了する、飯事ままごとの延長……そのはずだけど。


 俺は五歳児にドキドキしているのか。愛衣ちゃんにとって大切なファーストキスなんじゃないのか? それを俺に捧げて、良いのかな? イヤそもそもファーストキスじゃないだろう。幼稚園児がおふざけ……混乱する。


 俺の膝に座り五歳児の顔が俺に迫ってくる。

「…………」


 愛衣ちゃん暫く沈黙。チューはまだか?

「……」

「どうしたの?」


 愛衣ちゃん暫く沈黙。

「…………うい、おしっこ行きたい」

「ええ!」


 俺の顔が引きつった。

「がっ、我慢できるかい?」

 愛衣ちゃん、無表情なまま。

「すこし、もう漏れそう」


 いきなり父親パパ系ミッション発生。ダッシュで観覧車を降りると周囲を見渡す。そして、チューの話しが無くなって少しホッとしている俺。

「ト、トイレは!」


 あった!

「漏れちゃう」

 愛衣ちゃんを抱き上げ走ってトイレへ向かう。一応、俺のカノジョに恥を掻かせるわけにはいかない!!

「こっち、男の子」

「のぁーっ!」

 男子トイレに入れないのかぁーーーーっ! 女子トイレは? 

「一人で行ける?」

「むり」

「ああ……」


 状況は絶望的だった。

「愛衣ちゃん、おトイレ?」

「うん」

 ここで救世主登場。真理亜さんややってくる。

「ふう~」


 何とかピンチをやり過ごした。父親パパって大変なんだな。

「愛衣ちゃん、楽しかった」

 真理亜さんの問いかけに愛衣ちゃんは素直に頷いた。

「國杜さんはずいぶんと楽しんで来たのですね」

「はは……」


 天使様の照れ笑い、手にはグッズや風船。ネコ耳。めいっぱいアトラクションを楽しんできたのだろう。髪と着衣が乱れている。

「ジェットコースター三回も乗っちゃいました、最高ーーーーっ!」


 顔が上気している、普段のお姉さん的なゆるふわな雰囲気とはまた違った子供っぽい笑顔、天使様は本当に見飽きない。

「もう、昼過ぎちゃいましたし、お腹も空きました。え~と彼氏君。あちらでパレード見ながらお昼にしましょう」

「そうですね」


 昼過ぎ、俺達はパレードが行われる通り脇のベンチに腰を下ろしお昼を食べ始める。

「これ……」

「お口に合うかどうかわかりませんけど」

「ういも手伝った」


 手作り、ゆるふわ年上天使様の手作りですと。それだけで拝みたくなる神々しさ。

「お料理上手ですね」


 実際上手いかどうかは良くわからなかった。天使様の料理なんて神々しすぎて味なんて良く分からん。所々ボロボロの部分もあるが、それは愛衣ちゃんが作った所だろう。

「お弁当もあまり作ってあげられなくて」

「手料理、パパ……ご主人は幸せじゃないですか」


 心にも無い事を言った。俺は悪党だ。

「夫……わたしには主人はいません。國杜家はわたしと愛衣、そして御爺様だけの三人家族なんです」

「すみません、立ち入ったことを聞いてしまって」

「いえ、いいんです」


 重要な、超重要な情報を手に入れてしまった!! 真理亜さんが目の前にいなければガッツポーズをしていたであろう。

 少なくともゆるふわ年上天使、「國杜真理亜さんには現在夫と呼べる人物は存在しない」という事実。


「ダーリン、パレード始まる」

 食事を食べ終えた頃パレードが始まった。巨大テーマパーク一流の歌や踊り、パレードは華やか、食い入るように見つめる親子。


 愛衣ちゃんは無表情だけどはしゃいでいるのが分かる、真理亜さんも笑顔だ。

「グローバルランドは初めてですか」

「そうですね」


 グローバルランドは二年前に開業したばかり。地元、海神市民でも未だ訪れていない人も多い。

「また来たいですね」

「そう……ですね」

 俺は「今度は二人っきりで」……とは言えなかった。


 ******


 食事を終えると、もう少しアトラクションを楽しむ事にする。午後からは三人で行動、幾つかアトラクションを回った後。


 愛衣ちゃんは電池切れ。ウトウトしはじめる。予想通り、俺は邪悪な笑みを浮かべた。

「あれ、乗ってみたいです!」


 真理亜さんはまだまだ元気一杯。今日一日で絶叫系アトラクションを制覇する勢いだ。

「じゃあ、待ってますから」

「はい! 行って来ます」

 アトラクションへ向かう真理亜さん、見送る俺。愛衣ちゃんはそろそろ夢の中へ……


 程なく真理亜さん帰還、頬を染め上気している。

「ああ、楽しかったぁ」

「ゴメンなさい、わたしばっかり楽しんで」

「いえ、良いんですよ」


 今度こそ真理亜様と二人っきりで来れば良い。遊園地好きは間違い無い、誘ったらOKする可能性はかなり高い。

 でも、ジェットコースターには一人で乗ってもらおう。

「あ、あそこのアイスクリームって美味しかったから買ってきますね」


 真理亜さんはアイスクリームを売っているワゴンに向かい走って行った。

 暫く時間が経過する。

「真理亜さん遅いな……」


 真理亜さんが帰ってこない。おかしい?

「うーん、仕方が無い」

 俺は熟睡している愛衣ちゃんを抱っこしながら、アイス売りワゴン車の方へ向かう。


「あの、困ります」

「いいじゃん。アイス奢るからいっしょに食べようよ」

「連れが」

「連れもいっしょにさぁー、その子も女子大生なんでしょう?」


 チャラそうな男が数名、真理亜さんを取り囲んでいた。絡まれている、まずい。

「真理亜さん!」

 俺が駆け寄る。

「あ、彼氏君!」

 真理亜さんも駆け寄り俺の腕に捕まる。腕に伝わる極上の感触、もう死んでもいい。


「うわ、男なんだ……子供!? ……チェ」

 男達は、俺を真理亜さんの夫だと勘違いしたらしい。そのまま去って行った。

「こういう場所、一人で出歩くと何時も……」


 ゆるふわ年上天使、真理亜さん苦笑。

「なるほど、美人も大変と言う事か」


 俺の邪な感情を感じ取ったのか? 不意に目覚める愛衣ちゃん。

「ダーリン浮気ダメ」

 俺は五歳児に思いっきり噛みつかれた。

「イテテ」


 しっかり俺の腕に捕まっている真理亜さん、それを見て愛衣ちゃんが嫉妬して噛みついたのだ。俺のカノジョ(五歳児)は嫉妬深い。


 それから愛衣ちゃん、暫く口を聞いてくれなかった。

「とりあえず、アイス食べますか」

「はい」


 愛衣ちゃんの機嫌をとりながら三人並んでアイスを食べる。偶然か、それとも運命なのか? 俺の両隣に真理亜さんと愛衣ちゃん。

 俺が真ん中……

「パレード」

 再びパレード、アイスを食べながら三人でパレードを見つめた。


 ******


 俺は夢を見ていた。めいっぱい動き回ったせいだろう。多分ベンチに座ったまま眠ってしまったのだろう。


 夢の内容は至ってシンプルだった、愛衣ちゃんが成長していくという内容だった。


 ランドセルを背負った小学生(JS)になり。


 真新しい制服に身を包んだ中学生(JC)に成長。


 やがて今の俺と同じ、高校生(JK)に……高校生になった愛衣ちゃんはとても可愛らしかった、綺麗だった。誰からも愛されるだろう、天使みたいな女の子…… 


 そして、下着姿の愛衣ちゃん。「ダーリン♡」キスをねだっている、初めての夜。これは夢なのだろうか……それとも未来の……JK愛衣ちゃん顔が近付く!

「うおっ!」


 俺は目覚めた。両脇、愛衣ちゃんと真理亜さんも眠っていた。無防備、時間は……それほど経過していない。だが極度に緊張していたのか? 俺は全身汗びっしょりになっていた。華やかなパレードは続いていた。


 俺の肩に寄りかかるように眠っている真理亜さん、良い匂い。俺の足を枕代わりに眠って居る愛衣ちゃん、子猫みたいに可愛い。

「そうか、愛衣ちゃんだって成長するんだよな」


 小学生(JS)、中学生(JC)……そして高校生(JK)。

 もしも飯事ままごとじゃなかったら。愛衣ちゃんが本当に俺の事を好きでい続けてくれれば、十年、時が過ぎれば愛衣ちゃんも俺と同じ歳に、その時は本物のカノジョとして……ゴホン。


「バカか俺は、俺も同じ速度で歳をとるんだぞ。そんとき俺は何歳なんだよ」

 ふう~~~~っ、大きく何度も深呼吸。落ち着け。愛衣ちゃんは俺の事をずっと好きで居続けてくれる保証は無い。


 所詮は五歳児の恋、小学校に入学すれば、思春期に突入すればカッコいい男子と出会うこともあるだろう。その方が自然だ。

「その時、俺は記憶の片隅に追いやられているのだろうか? それとも……記憶すら残らず俺の事などすっかり忘れてしまっているだろうか?」


 俺は眠っている愛衣ちゃんの頭を優しく撫でた。小さな身体。今この瞬間は俺を「ダーリン」としてメチャクチャ好きでいてくれている。

 ずっとこのまま、俺の事を好きでいて欲しい。守ってあげたい。だけどな。

「ふう、最低……ワガママ発言だな」


 俺は独り言を呟いた。

「う~ん」

 うわっ! 真理亜さんが色っぽい。寄りかかってくる、密着している、間近で見る胸がヤバいくらいの存在感。寝顔も綺麗だ。


 無防備な真理亜さんが淫魔サキュバスの如く俺を誘惑してくる。ちょっと唇を伸ばせばキスできそう。


 真理亜さん……愛衣ちゃんの父親は死別なのだろうか? それとも離婚? 真理亜さんが愛衣ちゃんを出産したのは俺と変らない歳のはずだ……気になる。


 人波、ベンチに座っている俺と愛衣ちゃんと真理亜さん。周囲には俺達三人は家族に見えるのだろうか?

「やはり現実リアルの恋愛は難しい。ご都合主義全開、脳内恋愛バーチャルとは大違いだ。考えなきゃいけない事が、選択肢が多すぎて一体何をすれば良いのかよくわからねえ」


 可愛い女の子二人に挟まれている。ライトノベルだとよくある。

「このシチュエーション、まるで……」


 ん、ヤバい、急に尿意を催してきた。最高のシチュエーションなのに。


「ったく五歳児と変らんな」

 この状況をずっと続けていたいけどこのままではヤバい。俺は我慢する事を選択。

 二人が目覚めた時、俺の顔は青白くなっていた。


 ******


 ほぼ一日グローバルランドを楽しんだ。もう日暮れだ。

「ダーリン、うい疲れた。抱っこ」

「はいはい」


 お姫様抱っこ。俺も疲れ切っていたけど充実した一日だった。

「お姫様抱っこ……いいな」


 真理亜さんはポツリと呟く。俺に抱っこされた愛衣ちゃん、再び夢の中へ。

「楽しかったですね」

「ええ」


 夜、俺達三人はモノレールに乗り鬼隠を後にしようとしていた。

「愛衣ちゃん本当に楽しそうだった。折角のお休みなのに娘のワガママに付き合わせちゃって……ありがとうございます、彼氏君」

「良いですよ、初グローバルランド楽しかったですし」


 真理亜さんとも一日過ごすことが出来た。最高の気分だ。

「わたしも初めて。楽しかった」

「絶叫系大好きなんですね」

「恥ずかしいところお見せしちゃいました」


 真理亜さんは照れ笑いを浮かべた。そして愛衣ちゃんを愛おしそうに見つめる。

「愛衣ちゃんは初恋の人と初デートなんだよね……羨ましいな」


 初恋を羨ましがっている? 

「真理亜さんの初恋ってやっぱり幼稚園児の頃だったんですか?」

 俺は真理亜さんを見つめた、真理亜さんの秘密に近付く質問。何とか聞き出したい。どんな物語があったのか知りたい。

「いいえ、わたし、幼稚園の時は恋なんてしたこと無かったわ。いつも一人ぼっち。わたし、凄く人見知りなの」


 過去を思い出す様な真理亜さん。

「じゃあ……」 

「初恋はずっと後……高校生の時……」

「先輩とか……」


 高校!? もしかしたら初恋の人が愛衣ちゃんの……

「先輩……そうね、初恋と呼べる気持ちは二回かな」


 二回? 二人いたと言う事か? それもと二人に恋していた……或いは。俺の物語ストーリー脳がフル回転する。


 遠い意目をしている真理亜さん、触れてはならない何かが其処にあるよう気がする。

 愛衣ちゃんと真理亜さんの年齢差を考えれば、それなりに深刻な物語ストーリーがあったはずだ。


 二回の初恋……間違い無く「キー」の一つだ。

「真理亜さん……」

 俺が質問を続けようとした時、運命の歯車がまた一つ、大きく動いた。


 ******


 真理亜さんの携帯電話に着信。クソッ、良い雰囲気だったのに。

「え? 五鬼平総合病院……? 御爺様が!」


 電話先は大病院。

「御爺様が倒れ、緊急に手術するって」


 真理亜さんの顔が青ざめていた。一人で留守番していた御老人、夕食の買い物をしようと近所のスーパーで倒れたらしい。救急搬送されていた。


「五鬼平総合病院。すぐ近くです、行きましょう!」

「はい!」


 ちょうどモノレールに乗ったばかり、目的地を五鬼平総合病院へ変更する。

 嫌な予感しかしない、平浜にだって入院や緊急対応出来る病院はある、だがわざわざ鬼隠へ、日本国内でも屈指の設備を誇る「五鬼平総合病院」での緊急手術。

 かなり大事だ。

「御爺様……」


 真理亜さんは今にも泣き出しそう、悲痛な表情になっている。何かを察したのか、愛衣ちゃんが目を覚ます。

「愛衣ちゃん起きてたの?」

「大じいさま、病気?」

「ええ、くも膜下出血だって」


 ******


 五鬼平総合病院に到着、手術室前で待つ。

「真理亜さん……」


 俺は、真理亜さんの隣で励ます事しか出来ない。

「大じいさま、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」


 無根拠だけど励ますしかない、愛衣ちゃんの手を握りしめる。

 愛衣ちゃん、を病院には連れてきたくなかった。

 お化け屋敷での出来事、死の体験が脳裏から離れない。

 愛衣ちゃんはずっと手術室のドアを見つめている。

「大じいさまは大丈夫だよ……」


 それから暫く時間が経過した、深夜近く。漸く手術が終了した。

「御爺様!」


 真理亜さんが駆け寄る。

「手術は無事成功しました」

 執刀医の説明によると、手術の難易度は高かったが、倒れてからの周囲や医療関係者の対応も良く、御老人の様態は安定しているとの話しだった。

「そう、ですか」


 気が抜けた真理亜さん。安堵、そして大粒の涙。愛衣ちゃん以外唯一の肉親……ん? 真理亜さんのはどうしたのだろう? 

「それでもなりのご高齢です、暫くは集中治療室で絶対安静の状態です。ご家族の方も今日は帰宅された方がよろしいでしょう」

「……はい」


 今は何もする事が出来ない。深夜近く、タクシーで自宅まで帰るしか無い時間帯だ。

「マム、疲れてる?」

「うーん」


 真理亜さん、力なく返事。ちょっと……イヤ、かなり心配だ。

「どうすれば……」


 真理亜さんの両親、親戚。連絡できる人達はいるのだろうか? 立ち入ったことを聞くのは……?


 どうすれば良い? そう思案していた時。

「ダーリン、今日はうい達とずっと一緒にいて。おねがい」

「え?」

「マムを守って」


 愛衣ちゃんからの唐突なお願い。

「その、あの……出来なくはない。真理亜さん……」


 真理亜さんは疲れ切っていた。

「真理亜さ……」


 真理亜さんは動揺したまま。答える余裕は無さそうだった。

「俺が決めなきゃ……」


 どうすれば良い? 何が正解だ? 小説なら、妄想なら答えは簡単だ。でも今は現実リアル。間違った選択をすれば、真理亜さんや愛衣ちゃんに迷惑がかかるかも知れない。

 傷つけてしまうかもしれない。ノーリスクである脳内恋愛とは違う。失敗は許されない。


 どんな展開が正しい。どうすれば物語ストーリーが、結果がハッピーエンドになるんだ? 誰か教えてくれ!?

「ダーリン、お願い」


 幼い少女、愛衣ちゃんに袖を掴まれる。

「わっ……分かった」

 俺はなし崩し的に「お泊まり」する事になってしまった。物語ストーリー的には超展開状態。


 だが、目の前には憔悴しきった天使様と幼い子供、俺だって平凡な高校生だけど、助けになりたい。その時はそんな気持ちになっていた。



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