009:「お泊まり♡」

 俺の両親は完全放任主義者。とりあえず「友達の家に泊まっていく」とでも一本連絡さえすればその後一切詮索されることは無い。信用されているのか? それとも……


 俺達三人が宝多島、真理亜さんの自宅に到着したのは日付が変り午前二時近くになっていた。


 愛衣ちゃんは疲れ果てぐっすりと眠っている、憔悴しきった真理亜さんもタクシー内で眠っていた。


 遊園地でめいっぱい遊び回った後、御老人の緊急手術と入院。本当に大変な一日になってしまった。

「真理亜さん。自宅、到着しましたよ」

「……う~ん、ありがとう」

「ダーリン、ういまだ眠い」


 目を擦る愛衣ちゃん。グローバルランドで遊び回ったせいか汗びっしょり。

「愛衣ちゃん、お風呂入ってから眠りましょうね」


 愛衣ちゃんが頷く。

「ダーリン、お風呂一緒に入ろ」

「うおっ」


 いきなりご入浴のお誘いですか!! 二つ返事で承諾すべきか? それとも断った方が良いのか?

「いやいや、一旦断っておいて愛衣ちゃん全裸で乱入ってのがウケるシチュエーションじゃないか? 更に真理亜さんも乱入すればお色気的に最高の展開……だめだな。ありきたりすぎる」

「ダーリン変な事言ってる?」

「いや……その」


 何か物語ストーリー脳が暴走している。仕方が無い、この状況は所謂超展開だ。

「どうする……」


 愛衣ちゃんは五歳児、兄妹、或いは親戚の子から「お風呂」と言われれば一緒に入浴していたかもしれない。倫理的に問題は無いはずだ。


 だが、一応は「カノジョと一緒にお風呂」と言う状況。なんだか色々展開が早すぎる。そういう事は五歳児には……バカ野郎! 五歳児にナニする事は許されない。

 当たり前だ。だけど俺の脳裏にはJC、JKと成長した愛衣ちゃんの裸体が……煩悩ストーム渦巻く。

「真理亜さ……」


 俺は餌をねだる子犬のような目となって懇願。察する真理亜さん。

「愛衣ちゃん、今日はママといっしょにお風呂入りましょうね」

「そそっ、愛衣ちゃんまた今度」

「……わかった。ダーリンお風呂また今度」


 愛衣ちゃんは若干不満そうだったが渋々従った。次は一緒の風呂に入る気満々。


 とりあえず明日はバイトも学校も休み。初デートをこの日に予定にして正解。


 二人がお風呂から上がった後、俺も風呂に入る。ゴホン、え~っ現在俺が置かれている状況はライトノベルやラブコメじゃあーよくあるシチュエーション。


 脱衣室にはシャンプーや石鹸の……いいや、女子のいい香りが残っている。思わず洗濯カゴを覗きそうになってしまう。

「いきなり「お泊まり回」ですが、何か?」


 ラブコメか……俺も健全な男子高校生。否が応でも二人の入浴シーンを妄想してしまう。煩悩ストームMAXマキシマム。緊急避難警報発令中だ。 


 脱衣室、愛衣ちゃんと真理亜さんは……ついさっきまで全裸……ゴクリ。ダメだ、ダメだ、考えちゃダメだ、よく見ろ俺。御老人用の石鹸やひげ剃りも置いてあるぞ。ここは現実リアルだ、現実リアル! 現実なんだ、自重しなきゃ。

 色々自重、色々自重……身体機能も自重……自重だ!!


 入浴、浴槽へ飛び込む。命を守る行……じゃなくて理性を保つ行動しなきゃ。

「はぁ……とりあえず」


 ドア越しに真理亜さんの気配。やばい。

「あのぉ……」


 可愛らしいアニメ声。「煩悩」と「自重」が俺の脳内を掻き乱す。

「御爺様の部屋着ですけれどよろしかったら使って下さい」

「は、はい」


 近くのコンビニで最低限お泊まりできる下着類や歯ブラシだけは購入していた。流石に服は買えなかったが、真理亜さんは御老人の服を貸してくれた。

「服は御老人の物か……ふむ、と言う事は」


 やはり真理亜さんに両親はいないようだ。御老人が倒れ緊急入院したというのに、真理亜さんは誰かに連絡を入れている気配は無い。親戚はどうなんだろう?


 だが今夜はあれこれ詮索するのは止めよう。眠いし……ともかく疲れた……湯船に浸かって気が抜けていく。だけど。

「ゆるふわ年上天使様、真理亜さんの家にお泊まり……眠れるのか? 俺は」

 俺は誰にも聞こえないような声で、小さく呟いた。



 脱衣所で着替えリビングへ。我が愛しの(?)マイハニーがパジャマ姿でお出迎え、まんまる眼鏡は未装着、髪も解いている、サラサラのロングヘアー。

 お気に入りなのだろう、大きな熊のぬいぐるみを抱きしめながら。上目使い出俺を見つめた。

「ダーリン、一緒、寝よ」 


 待て、待て、待て。このシチュエーションは速すぎる。この小悪魔五歳児がぁ!! 

「あの。真理亜さん」


 真理亜さんもパジャマ姿お美しい……ん? 眼鏡? 三つ編み?

「真理亜さん?」

「わたし実はコンタクト。だから家では眼鏡なんですよ」


 成程……って、そう言う事では無い。真理亜さん家での格好は、愛衣ちゃんと同じ、まんまる眼鏡に三つ編みだった。

「愛衣ちゃん、お外ではママが普段家でしている格好しているの」


 真理亜さんは照れ笑い。俺も釣られて照れ笑い。愛衣ちゃんすかさず反応。

「ダーリン、浮気ダメ」


 また噛みつかれた、愛衣ちゃんは母親、真理亜さんに嫉妬。

「ういはダーリンと一緒に眠るの! 絶対なの」


 手を引っ張られ無理矢理ベッドで連れて行かれる。愛衣ちゃんはそのまま、ベッドになだれ込んだ。

「お休み、ダーリン」


 愛衣ちゃん一瞬で夢の中へ……が、俺の服をしっかりと握っている。脱出不能。

「どうしよう……」


 このまま初めて女子と一晩過ごしてしまうのだろうか……といっても相手は五歳児だけど……まあ良いか。眠いし。

「仕方ありません」


 真理亜さんがベッドイン!? 睨むように俺を見つめる。

「あの……」

「ココはわたしのベッドです」

「分かっていますよ」


 この部屋は真理亜さんの部屋だ。子供の頃から使っている部屋なのだろう。ぬいぐるみや小物類も長年の成長を、その証を感じさせる。

「彼氏君の事は一応信用してますけど…………やっぱり愛衣ちゃん心配です。今日は寝ないで二人を監視します」

「いやいや、違うでしょうこのシチュエーション。まず自分自身を心配して下さいよ」

「監視します!」


 鼻息荒い。

「あのぉ、話し聞いてます??」


 愛衣ちゃんを挟んで向こう側に真理亜さんと一緒のベッド、有り得ん! これは夢か? 俺はまだグルーバルランドのベンチ座り眠りこけているのか? 否、グローバルランドに遊びに行ったことすら夢なのか!?

「ダーリン大好き」


 愛衣ちゃんが静かに寝息を立てている。寝言まで俺の事を……

「愛されてるなぁ~俺、しかし」

 えっ!?

「すうすう」


 寝息。あっという間に真理亜さんも眠ってしまった。オイ、監視するんじゃ……

「これギャグ? それとも罠? ご都合主義展開過ぎるじゃねーか!」


 寝顔もマジ可愛い、寝息、香り、年上天使様の誘惑。

「うーん」


 真理亜さん寝返り、胸のボタンがはじけ飛びそう。スキマからナイトブラが顔を覗かせる。無防備すぎる。耐えられん。この上級悪魔サキュバスめ!


 俺が通常状態だったらたとえ隣に愛衣ちゃんがいたとしても……

「小悪魔とサキュバスからの同時誘惑、抵抗不能だろう」


 だけど俺も疲れ切っていた。グローバルランドで一日中動き回り、夜は病院へ。様々なイベントが一気に発生した。ハードな一日だった。

「……この状況は……やはり夢なのかな……脳内恋愛…………」

 疲労に耐えきれなかった。いつの間にか、俺も眠ってしまった。


 ******


 翌日早朝、俺はベッドから転げ落ち目覚めた。外は薄明るくなっている。

「いててっ」


 流石にセミダブルベッドとはいえ三人寝るには小さすぎたか?

 二人はまだ寝息を立てている。

「ふう~、とりあえず夢じゃないらしい」


 外は少し明るくなり始めていた。

「愛衣ちゃん」


 俺の可愛いマイハニーを見つめる。優しく頭と頬を撫でた

「ダーリン♡」

 小さな妖精。何故か俺の事をメチャクチャ慕ってくれている。愛されている。

「そしてゆるふわ年上天使様」


 真理亜さんを見つめる。撫でようとしたけど、止めた。乱れたパジャマから色々はみ出てゴニョゴニョ、全身フェロモンが触れ出している。可愛らしい寝顔。

「参ったなぁ、小説的にはよくあるパターンなのにな」


 俺はこの二人が大切だ。こんなラノベ的状況に陥るとは夢にも思わなかった。

 だから……

「イテッ」

 とりあえず思いっきり頬をつねった。普通に痛かった。


 ******


 御老人が入院して数日が経過していた。

「じゃあ、行ってくる。もしかしたら今日も帰れないかもな」

「わかった」


 自宅リビング、父はソファーに腰掛けながら読書。本を読んだまま、振り向こうともしなかった。関心が無いのだろう。


 高校へ向かう。帰りはまた愛衣ちゃんを迎えに行かなければならない。真理亜さんは大学と御老人の看病、それにバイトで超多忙だ。その為愛衣ちゃんの事は俺に任せっきりな状態になっていた。


 それに対して父はほぼ一日中自宅でネットにテレビに読書三昧。時々思いだしたように執筆、希にテレビや雑誌の取材を受ける。

 まったく気楽な身分だ。高校生の俺の方がよっぽど忙しいぜ。

「それでも父は十二分な収入を得ることが出来る…………結局は才能が全てだ」


 独り言を呟く。母は超仕事人間……もう殆ど家に帰って来る事は無くなっていた。まぁ母が家に居ないのはそれだけが理由では無いけどな。

「今日も冷えてるな」


 母子家庭だけど、國杜家の方がずっと暖かな家庭だと思う。

「じゃあ行って……」

「綾一、ちょっと待て」


 不意に父から呼び止められた。

「何だよ」

「今日もカノジョの家に泊まるんだろう」

「ちげーよ」


 父は後ろ姿のまま。

「綾一、避妊だけは気をつけろよ、後々面倒になるからな」

 いきなりのアドバイス。

「そんなことしてねえよ! テメエじゃねえんだ」


 急に親父顔するな!!  

(早く自立したい、そうすればもう嫌いな父の顔を見なくて済む)

 俺は心の中で固く誓った。


 ******


 俺の自宅から高校までは徒歩でも三十分かからない。故に徒歩通学。

 歩きながらL●NEで会話。相手はいつも「アリアン」氏。


『綾一氏、ぜひぜひ同居系ラノベ小説の実体験を聞かして貰いたいなぁ』


『普通だよ、至って普通。愛衣ちゃんお迎え行って、ご飯食べて、一緒にお風呂入って寝る』


『以外やなぁ。綾一氏愛衣ちゃんと一緒にお風呂入ってるんやね』


『まぁな、毎日一緒に寝てるよ』


『襲わへんの?』


『襲わせて貰うさ、十年後位にはな』


 冗談で返す。俺は吹っ切れていた。事実現在進行形で大変なのは真理亜さん。だから俺が愛衣ちゃんと一緒にお風呂に入ったり、服を着替えさせたり、生活を支える、助けなきゃいけない。

 俺も一応は大人の端くれだからな。


『もう愛衣ちゃんカノジョっていうより、娘って感覚やね』


『まぁな。でも「こども」扱いすると怒るんだけどな』


『真理亜はん、まだ警戒してる?』


『そりゃ……まぁ、でも少し慣れてきたかもな』


 少なくとも今の真理亜さんには夫もカレシもいない。それだけじゃ無い、俺と真理亜さんとの距離も確実に縮まってきている。


『一緒に暮らしているんだものな、距離が縮まって行くのは当然やな』


 現在ほぼ同居状態だ。


『綾一氏、分岐ルートあれば二人とも攻略できるのになぁ』


『アホか』


 現実リアルじゃNGな話しだ。


『同棲♡ 可愛い女の子と一緒なんてあれやこれやのハプニング連続ちゃいますか、綾一氏どないどすか?』


 確かに、ハプニングの連続。


『まぁ、何とか持ちこたえているさ。ライトノベルの主人公達はどれ程の賢者か、或は只のアホなのか思い知らされるよ』


 俺の理性、今のところギリギリで保たれている。マジギリギリ。


『綾一氏小説、書かへんの?』


『……書かねえよ』


『何故?』


『それは……』


 父がキライだから。とは言えねーな。


『小説家に対し、ド偏見があるからね』


『偏見?』


『人気小説家ってのは、イケメンで話し上手でスケベェな詐欺師って話しさ』


『綾一氏、それむちゃド偏見やで』


 それに「才能」、カッコいい小説家は無敵だ。

『ふ~ん、綾一氏文才あるやないか』


 文才……俺にも少しはあるかも知れねえけど……

『ねえよ。天才、才能の塊と言うならアリアン氏の方じゃねえのか?』


『いやぁ~照れるな』


 アリアン氏は可愛いイラスト(多分自作)をつけ照れを表現した。

『否定しねえのかよ』


『ワイが天才なのは事実やしね。でも文才だけは綾一氏の方が上やで』


『そうかよ、そう言えば……』


 俺は真理亜さんに対しちょっとだけ気になることがあった。

 真理亜さんは家の中では隙だらけである。自分の家だし、愛衣ちゃんが全裸で飛び出して来た時もあった。


 だが、つい先日真理亜さんはバスタオル一枚姿でリビングに乱入、濡れた髪、たわわボディー、俺の理性を完膚なきまで破壊する。

『ほんま奇跡やな。ラブコメあるあるだ。これだけの経験絶対小説書いてや』


『書かねえよ。それ以上に……』 


 一つ気になっていることがあった、逆パターン、即ち半裸の俺を見た時。真理亜さんの動揺、赤面状態が凄かったのだ。


 顔を覆い隠し、暫くうずくまって動けなくなってしまった。

『男子に免疫無さ過ぎる』


 アリアン氏が答える。


『明陽館学園って女学園やさかいちゃうん?』


『確かに、俺の考え過ぎかもな』


 真理亜さんは比較的男子との接触機会は少なそうな人生を送っていた。

『でもさぁ、引っかかるよな』


『ふ~ん』


 一高に到着。


『また放課後な』


『おお』


 俺は真理亜さんについてちょっとした疑問を感じていた。



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