■■プロローグ■■

001:「冬物語(前日譚(プリクエル))「失恋」」 

 歴史に名を残す恋物語は、概して悲しい結末で幕を下ろす。


 教室に到着早々俺はそんな心境に浸っていた。溜息一つ。俺の席からちょうど対角線上、教室前側の入口付近にクラスメート女子達が集まっていた。

 クラスメート女子達の中心、自分の席に座っている女の子、際立つほど可愛い訳では無いけれど、笑顔の時にチラリと見える八重歯が印象的。皆に優しく同性からも好かれているとても良い子。そんないい子が熟した果実……う~む、どの様な果実の表現が適当だろうか……ともかく頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。

 周囲の女子達がキャーキャー甲高い叫び声。俺溜息もう一つ、五月蠅いなぁ、感傷に浸れないではないか。


 俺、『文月綾一ふずきあやと』はフラれた。


 始業前、八重歯が印象的なクラスメート「八重歯ちゃん」にカレシが出来た事が発覚したのだ。お相手は一年先輩の男子学生、確か……我が公立海神第一高等学校いい人&イケメンランキング上位者だったはず、仮称「イケメン先輩」としておこう。

 もう直ぐ始業時間なのに周囲に集まっていた女子達は八重歯ちゃんの出逢いから告白された瞬間までを根掘り葉掘り聞き出そうとしていた。

 イケメン先輩とのイチャイチャエピソードが披露される度、教室内に「キャーッ」と甲高い叫び声が鳴り響く。クラスメート女子達は「恋バナ」と言われる愚かしい行為に夢中になっていた。俺は、そんな愚民共をチラ見しながら淡々と授業の準備を整える。

 八重歯ちゃんは教室で一人ぼんやりしていた俺に対し気さくに話しかけてくれた。本心かお世辞かは知らない……でも「君カッコいいね」と言ってくれた。

 授業中窓際、俺は対角線の端に座っている八重歯ちゃんの背中を見つめた。皆に祝福され幸せそうだ。俺も祝福しよう、心の中…………チェ……


 俺は八重歯ちゃんとのラブコメ的物語ストーリーの数々を思い返した。「お前等もう付き合ってるだろう!」とツッコまれる程の甘々MAXマキシマムなお話。

 放課後二人っきりで下校した事も。

 鬼隠のグローバルランドに皆に内緒で遊びに行った事も。

 胸は若干控えめだけど、際どい水着姿に悩殺されたことも事も。

 サプライズで貰ったクリスマスプレゼントの事も。

 手作りの不格好なバレンタインチョコを貰った事も。

 ファーストキスの甘酸っぱい思い出…………「恋の街」に相応しい。甘々エピソードの数々、大凡おおよそラノベ五巻分くらい。

 

 あんな事こんな事、映画みたいな、素敵な恋は終わ…………ていない。


 ハーイ終了。俺と八重歯ちゃんとの間でそのような事実は。デートやファーストキス、全てのエピソードは俺の脳内で詳細に繰り広げられた妄想の数々、アニメ化必至、ハリウッド映画や新●誠氏の劇場用アニメ映画級のクオリティー、空前絶後のスケールで繰り広げられた今世紀最高の恋愛物語ラブストーリー、即ち『脳内恋愛』だからである。

 あっ、「キモーーい!」とか思ったでしょう? でもね、よくよく考えて欲しい。好きな女の子やアイドル、推しの子、マンガやアニメヒロインとの甘酸っぱい恋愛を空想した事、チョット位はあるでしょう? 手の届かない、或いは架空のキャラと素敵な恋をしてみたいと妄想を膨らませた事もあるはずだ。

 まぁ俺は、その妄想を様々なシチュエーションや凝った設定を駆使し、詳細且つ極めて具体的にイメージ化しただけに過ぎないのだ。

 それに現実リアルの恋愛は「フラれる」「お友達でいましょうと言われてしまう」「露骨にイヤな顔される」「結局恋愛が上手くいかない」等々、不幸な結果になる事だって多い。告白のリスクは富士山、否エベレスト山より高い、失敗すれば遭難、普通に死だ……リアルの恋愛はあまりにも過酷だ。

 でも俺は知っている。「脳内恋愛」とは、美少女ハーレム状態でも問題無し。ヒロイン達も周囲も誰一人不幸にならない、皆に優しく完全ノーリスク、しかもお手軽。故に最強の恋愛形態である。ウィキペディアだってそう記載されている。えっ、記載されていない? おかしいなぁ。

 ともかく、俺はノーダメージ。全然平気だ。そうだろう?

 

 故に本日も無事何事も無く放課後を迎えた。帰宅時間だ。平気な俺は席を立ち、帰路につく。対角線の先、八重歯ちゃんの机を見つめた。もう部活に向かった後だった。俺は空席をじっと見つめる、そして一言だけ呟いた。

「…………THE END」

 八重歯ちゃんとの恋物語は本日NTR系悲劇作品として最終回を迎えた。そうだな、八重歯ちゃんは良い子だった。とても魅力的なヒロインだった。だから今回の「恋物語」はまぁまぁの良作だったと判断しよう。

 俺は八重歯ちゃんとの「脳内恋愛」を「恋愛小説」として読了したと考えればいい。

 

 何故なら脳内恋愛とは恋愛小説と同じ「恋物語フィクション」に過ぎないのだから。




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2024年12月8日 20:00 毎週 日曜日 20:00

百恋物語 ~ストーリーズ~ QUESTION_ENGINE @question_engine

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