第17話 逃走するものたち

「地上最大の魔導師」

ということばに対するぼくの笑みが気に入らなかったのだろう。

ティーンは、ぼくを睨んだ。


本当に彼女は、皇帝アデルの娘なのだろうか。

「あの」アデル。

そしてその母“災厄の女神”フィオリナ。

ティーンは、そのどちらにも似ていない。


たしかに十代半ばの女の子とは思えないような迫力はあったが、少なくとも視線だけで即死しそうな危険なものはまったく、なかった。


「なんで、笑ったのか説明しようか?」

「当たり前よっ!」


ティーンは、むっとしたように言った。


「そもそも世界最大の魔導師と名乗る魔法士を、ぼくは、十人は知っている。」

「じゃあ、言い換える!

現代に生きている中では、最大の魔導師よ!」

「それを言ったら、我らの導き手たるジオロ殿だって、まだまだご存命だ。

人間の種としての寿命、三十年法、いずれも踏みにじって、ちょっと名前をかえて、のうのうと魔道院にのさばっている。

あと、ウィルズミラーの発明者、大賢者ウィルニアはどうだ?

ここ十年。姿を見せてはいないが、ウィルズミラーのもたらす莫大な利益はだれかのところに転がりこんでいるんだ。少なくともまだ存命なのは間違いない。」

「ああっ!! なら、ええと、この五十年で誕生したなかでは最大ってことで!」

「ずいぶんと範囲が狭まるな。

魔道士というものが、己の魔力や様々の外法で、長寿になりやすいことを考えると、そこまで範囲を絞って、『史上最大』は言ってて虚しくならないか?」


ティーンは。

唸ったが、果敢に言い返した。

「つまり、それは……比喩的な表現よ!

グリシャム・バッハが、中央軍の中でそう呼ばれ、自らもそう名乗っているのは事実なの!

たしかに、誇大表現かもしれないけれど、少なくとも、いま、大北方には、彼を凌ぐ魔導師はいないわ。」


「ジオロ・ボルテックがいるだろうに。」

ぼくは、即座にそう言った。


「ジオロもジウルも、魔導師じゃないて拳士だからね!」

どうだ? というふうに、ティーンは胸を張った。


「まあ、その二人が、グランダでかち合うことには、なりそうだ。」

ぼくは渋々、認めた。

「そうすると、グリシャム・バッハは、おまえのアデルの魂の器として、自らの手元に連れ去るために。

そして、ジウロは、そいつから、おまえを逃がそうと企んでいた。」


「そうなのっ!?」


「ぼくが、召喚された、というのは、そういうことだろうさ。」


「いい加減に教えて貰ってもいいかな?」

少しイライラしたように、ティーンは言った。

「中央軍の犠牲になって、魂も身体も奪われてしまう姫君を救うために、召喚された勇者は、だれよ?」


ぼくは、すこしだけ、心の中で賞賛の声をあげた。

なんの根拠もなく、物事の真実にたどり着く。そんな能力を、このアルディーン姫は持っていた。

たしかに、ぼくを死から無理くり引っ張り出して、この体に連れてきたのは、紛れもなく、神だったから、ぼくは勇者と呼ばれてもいい立場のわけだ。

それに、しては勇者特有の、ルールハズレの能力は、まったく考慮されていなかったが。


「それは、旅をしていればいずれわかるさ。がっかり、させると、いけないから今は内緒ダだ。」


「そうだよ! 旅だっ!」

ティーンは、座っていたベッドから、勢いよく立ち上がった。

「どこに行くか、なにか宛はあるの?

わたしたちがいなくなったことに、魔道院が気がつくのは、明日の朝。時間的なアドバンテージは充分に、あるわ。

ここは、ターミナル駅だから…西域各主要都市への直通列車は、たくさんあるし、選び放題よ。ただ…どこへ行っても中央軍の勢力圏内だけど。ね。」



■■■■■




グランダ駅前では、ひとの流れはピークを過ぎつつある。

西域の中心地、オーベルのように、数分おきに、列車の出入りがあふような大都会ではないのだ。


それでも駅前は、なんどかの再開発を経て、有名店が立ち並ぶ商店街となっている。

人の流れは、ジウロたちと、中央軍の魔道士を避けて流れていく


中央軍からの魔道士たちは、5名。

先頭にたつ、グリシャム・バッハを除いては、全員が深くフードを下ろして、顔を隠していた。


「急ぎの要件で、クローディアまで出かけるところです。」

ランゼは、口早に言った。

「魔道院に、御用でしたら、直接にどうぞ。」


「アルディーン姫はお変わりないか?」


「報告はあげております。それに満足されずに、ご自身の足を運ばれたのですから、ご自身の目でお確かめ下さい。」


「そのようにしよう。」

グリシャム・バッハは、鷹揚にそう答えた。

「だが」


「だが? なんです?」

「ランゼ事務局長。あなたの態度は、中央軍からじきじきに派遣された我々に対するものとしては、あまりにも無礼だ。

教育がは必要だな。」


「なにを言い出すのです!?」


「かといって、この人混みでは我が技をふるえば、無辜の犠牲者が、増えるばかり。

ポルス。」

グリシャム・バッハの呼び掛けに、うしろの控えた魔導師のひとりがあゆみ出た。

魔道士のマントを、脱ぎ捨てると、現れたのはしなやかな筋肉が全身を覆った拳士だった。

「ランゼ事務総長とお付きの若者の四肢を折って、クローディア行きの列車に放り込んであげなさい。

中央軍筆頭魔道士が訪ねるよりも優先の用件があるのだから、クローディア行きを邪魔するのは申し訳ない。

口はきけるように。間違っても殺しては行けませんよ。これはあくまで教育なのだから。」



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