第10話 小悪党の流儀

男たちは、三人。

典型的な悪党だ。

勝手にここでの「ルール」を作って、それを周りに強要しようとする。

そういう奴らとだって、仲良くしてきたぼくだが、いまはその必要性を感じない。


ぼくと、ティーンは、肩を抱かれるようにして、公園の中に連れ込まれた。

かなり、広く、木々の生い茂った公園だ。

街灯の灯りはここまでは、届かず、逆に日が落ちたあとに公園を利用するものがいることは、考えられていないのか、ほとんど、まっくらだった。


焚き火を囲んで、十数人の男女が酒を飲んでいた。

正確には、半裸に近い格好で酒を飲む男が、十人と、傷だらけで泣いている少女がふたり。こちらは全裸で、うえからマントとぼろ布のちょあど中間くらいのものを被せられ、うずくまっていた。


「おお、ブレイド。」

ひとりが、プレートアーマーの男に酒瓶をふった。

「遅かったじゃねえか。『天国行』は手に入ったか? こいつら、イヤがるばかりで面白くもねえ。」


なるほど。『天国行』か。

話の内容と、使い方で、ぼくはそれがゾウルウ草をベースにした麻薬の一種であると、理解した。

効き目は、性欲の増進。道徳心や倫理観を弱めるが、完全に理性を崩壊させてしまうことはなく、体が感じる快楽を増大させる。

それだけでは、あまり悪いものには、感じられないかもしれないが、さまざな「混ぜ物」をすることによって、依存性が短期間で極めて高くなる。


ただし、完全に人間を辞めてしまうには、5~6年はかかるので、この手の商売をするものには、愛用されている。

女を使い捨てにするには、そのくらいが丁度いいのだ。


「売人が、見つからなくってちょっと」

と、ブレイドは答えた。

なんだと?と、凶暴な顔つきになる兄貴分たちに、彼はぼくとティーンを押し出した。

「かわりに、こいつらを捕まえてきました。

俺たちのところで、働きたいそうなので、研修をしてやってくだせえ。」


「へえ。」

一番、過剰なまで栄養の行き届いた男が、ここのボスなのだろうか。

舌なめずりした、その分厚い唇から、ヨダレがしたたった。

こいつが、ティーンを性欲ではなく、食欲の対象として見ている…なんてことはありうるのだろうか。


さて、これは、ぼくの定義である。


小悪党は暗器を好み、悪党はこれみよがしに武装する。

悪党は、威圧が大好きだが、小悪党は、愛想良く振舞って、いきなり、をこよなく愛している。


「おい、ガキ。女を知っているのか?」

栄養過多が聞いてきた。

ちょっと考えて、ぼくは首を振った。

転生後のこの体(正確には天才魔導師ボルテック卿制作の義体となるが)は、そういった快楽を知らない。

というか、そもそも、そういった行為が可能なのだろうか。

男の目が爛々と輝いた。


まさか!

そっち目的の対象は、ぼくのほうか!


「初物か。大事に扱ってやる。」


ヨダレを拭いながら、男は立ち上がった。

「いろいろと、間違っているぞ。」

ぼくは、言いかけたが、肩に置かれたブレイドの指がぐぐっと食いこんだ。

ぼくは顔をしかめたが、それは苦痛と言うより、ジウル、いやジオロの腕まえに感心したからだった。

ぼくの体は、記憶にあるより、若干華奢ではあったが、手甲をはめた指の痛みを、正確に、伝えてくれる。


「ああ、ええっと。」

ティーンが言った。

「こいつを痛めつけて、こいつから罰金を巻き上げてもらうってことで、わたしはかえっていいかしら?」


「ほう? おまえはこいつの友人じゃないのか?」


「無一文で、声をかけてきたバカガキよ。」

言ってから、ティーンは、しまった、とでも言うように顔をしかめた。


「…そうかい。こいつは無一文かい。」


リーダーのデブが横に幅をとっているのに、対し、続いて立ち上がった男は、縦に長かった。

背には、どうやって抜くのか分からないような長剣を背負っている。


「なら、おまえに迷惑料を払ってもらおうかい。」


「ふざけないでよっ! なんでわたしが!」


今までほぼ、満点だったティーンだが、このセリフはいただけない。

ほかに人気のない夜の公園に連れ込まれ、荒くれ者に囲まれているのだ。

もっと怯えてたような声を出すべきだった。


まるで、それでは。

自分ひとりで、こいつら全員を始末できる自信があるようじゃないか。


「女を痛めつけるもんじゃないですぜ。」

貧相な小男も立ち上がった。

人間よりもネズミに似ている。

「女のほうは、けっこうな上玉だ。俺たちから『研修』を受けてもらったら、大いに稼いでもらわないと。

いや、マジで。」

ネズミは、ティーンに顔を近づけた。

「いや、これなら、娼館に売り飛ばしたほうがまとまった金になる。

それならなおさら、ここで痛めつけるのは得策じゃない。」


「人身売買を許している国は、少なくとも西域と中原にはないはずだけども」

ぼくが言いかけたが、栄養過多が遮った。

「借金をしてもらって、そいつを返すだけなんだ。」

そして、にやにやと笑った。

「頭のいいガキは、好物だな。

魔道院なんぞに通ってるエリートさまが、最初は苦痛で、次は快感でひいひい言うのは、」


「こりゃ、止まらんですね。」

諦めたように、ネズミが言った。

「男で初物はけっこう、いい値がつくんですが、あきらめましょう。

顔には傷をつけんでくださいよ。」


「まあ、ほどほどにしておくさ。」

栄養過多は、そういって、ぼくに手を伸ばした。

反抗しないように、肩にくいこむ指にいっそうの力がこもった。


これも、ぼくの持論なのだが。


悪党は、ひとを脅すことに長けていて、小悪党は、脅すかわりにいきなり、短刀を振るうのだ。



■■■■■■



「殺したのか?」


「いいえ。そっちは?」


「所詮はゴロツキだ。殺人でなければ、警察は動かない。」


もちろん、我々小悪党は、手加減などしない。

殺すつもりで、刃を振るわず、倒れたあとでトドメをささなっただけだ。


「けっこうもっている。」


ティーンは、倒れた男たちの懐から、札のみを抜き取っていた。


「200ダルばかり、融通できるか?」


「は? 山分けじゃなくていいの?」


「いや、」

ぼくは、こいつらに拉致され、暴行を受けていたふたりの女性を指さした。

もののついで。

こちらは怪我をさせないように、注意深く、意識を刈り取って、記憶を混乱させる魔法をかけておいた。

ゴロツキの悪党どもから、剥ぎ取ったマントをかけている。


「彼女たちは、一時間もすれば目を覚ます。

当面、どこかの保安所に駆け込むとして、無一文では、その日のにも困るだろう。」


「200ダルは、あんたの取り分から出してよね!」


憤然とした顔で、ティーンは、1000ダルずつ、気を失った女たちの手に握らせた。


「傷の治療をうけて、当面、食べてくくらいのものはわたして、やらないと。」


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