第9話 小悪党仁義

別に社会が、彼らを悪人あるいはクズだと思うのは勝手だ。

だか、少し考えて見てほしい。

人を殺めるということが、合法である国は、たしかに西域にはない。

人を殺めるものは、罪人であり、対価と引き換えにそれを行う人間は、クズだ。だが、とりあえず、一流どころの暗殺者に着手金を支払ったら、それを持ち逃げする暗殺者はいない。

娼婦が悪人かどうかは、国と地域によってことなるが、彼女たちがどうしょうもないクズだったら、ひとときの快楽を得ようとした者は、懐中物をすられたり、あるいは一服もられて、身ぐるみはがされ、命まで失うことと隣り合わせの危険にさらされることになる。

そういう例は、たしかにあるが、ほとんどの場合そうはならない。

一流の殺し屋は、手つけをもらった目標を依頼通りに抹殺しようとするし、賄賂を貰った政治家は、相手のためにきちんと利益を提供しようとするのだ。



我々「小」悪党と、本物の悪党との差はそこにある。

我々、小悪党は、そんな最小限のモラルすらないのだ。

平気でひとを裏切り、己の信ずる道を平気で違える。ぼくについた“背教者”という異名は、たしかに当たっているのだろうと思う。

神に仕えたのも気まぐれながら、ヤツらが


ぼくに声をかけてきた女は、若く、美しい。

いきなり、目を引いた胸は、かなり、寄せて上げていた。スタイルは悪くないのだが、人目をひくほどボリューミーではない。

そして、まだ異性と肌を触れ合わせた経験はない。

……けして、わし、いやぼくはエロジジイいや、エロガキではないのだが、こういうことは、なんとなく分かるのだ。


そして。

身につけた装身具は、ことごとく武器だ。

胸元のブローチは、針が飛び出す仕様だし、首もとのスカーフは、強く引くと中に仕込まれたガラスの小瓶が割れて、吸い込んだ相手を昏倒させるガスを放出する。



この女、いや成人していない可能性すらある少女は、声をかけてきた相手を気絶させて、金品を奪うことを、確信したうえで、客をひいているのである。


一方。


「金も持たないガキがなんで、この当たりをうろついてるの?」


刺々しい言葉だが、態度はそうでもない。

不思議なもので、小悪党は、出会った相手が同じく小悪党だと、わかるのだ。


「おまえと、同じだな。別嬪さん。」


若者など、絶対に使わないような言い回しに、彼女は、きょとんとした顔をしていたが、プッと吹き出した。

そう。

人として。あるいは、一流の悪人どもが持つ独自のモラルにもかけた、我々は、互いに惹かれ合う傾向があるのだ。


「そうなんだ、イケメンくん。」

彼女はクスクスと笑った。

「きみも手っ取り早く、お金が欲しいんだ?

その顔なら充分、客はつくと思うけど、身は売りたくないんだ?」


「もちろんだ。」

ぼくは重々しく頷いた。

「売るどころか、レンタルも御免こうむる。」


「じゃあ、なんでここらをフラフラしてるの?

どうやって金を稼ぐつもりなの?」


「決まってる。トラブルだよ。トラブルに首を突っ込んでやれば間違いなく、金になるんだ。

腕に自信? 少しならあるよ。だが、それは問題ないんだ、勝った方につけばいいだけの話だからね。」




「なるほど。」

とんでもない言い草だが、小悪党同士は、これで良く、相手を理解できるのだ。

「面白そうな思考をするんだね。

でも買う気もないのに、なんでわたしに話しかけてきたかは、まだ聞いてないよね。」


「決まってる。」

ぼくは精一杯、愛想良く笑って見せた。

「おまえのところがいちばんトラブルが、起きそうだからだ。」


同じく極上の笑みを浮かべて。

彼女の腕に巻かれたスカーフが、刃物の形をとった。

鋭い突きは、ぼくの脇腹を抉ったはずだ。

ぼくが、とっさに身をかわさなかったら。だけど。


「いい腕じゃない?」

布を硬化させる魔法か。

特筆すべきは、発動の素早さと流れるような自然さだった。


彼女の細い手首をつかんだ、ぼくの腕に彼女はもう片方の腕を振り下ろした。


指輪からは、鋭い針が生えていた。


「これもかわすかな。」

女は感心したように言った。


「ぼくは、ヒスイという。」

あらためて、ぼくは名乗った。血の気の多さ、腕前、気性。どれを、とっても小悪党仲間として十分だ。


「は? いかにもって、偽名だよね。わたしは、ティーン。」


「そっちも偽名か?」


「さあ、どうだか?」


ティーンは、公園の木立のなかから、歩いてくるいかにもな、チンピラにむかって、アゴをしゃくった。

「ここらのシマを仕切ったつもりになってる“鉄弓団”のやつらね。」

「つもりに、なってる?」

「実際には、女の子たちも客も相手にしてないわ。ミカジメをとられてるのは、一割もいないんじゃないかな。

でも、こうやって、トラブルが起きるとしゃしゃり出て、解決料としてお金を巻き上げるのよ。

……女の子と客の両方からね。」


ぼくは、だいたい、理解した。

ティーンは、トラブルを起こして“鉄弓団”を呼びたかった。

そのために、同じ小悪党の匂いがする、ぼく利用したのだ。


「全部で何人いるんだ? その“鉄弓団”ってのは。」

「十人くらいね。怪我をさせられた女の子もいるし、依存性の他界薬を与えられて、中毒にされられた子もいる。」

「グランダの警察は?」

「立ちんぼは、保護の対象外。」


ぼくには、小声でいいながら、ティーンは、“鉄弓団”に叫んだ


「“鉄弓”のお兄さん方! 別になにも起きてませんよお。それにこっちは、ご覧の通り、魔道院の学生さんだよ。手を出したから、魔道院から報復されるわよ!」

「新顔だな、おまえは?」


先頭の男が言った。

胸部を覆ったプレートアーマーは、コケオドシだ。、とんでもなく、軽く、薄く、作っているので、剣どころか、拳の一撃でも凹んで穴が空く、


「客とのトラブルは、ここいらじゃあ俺らが解決してるんだ。

なあに、少し痛い目をみてもらだけだ。

おまえにもちゃんと取り分はやるからよ。」


「いらないって!!」


「そいつが、ここらのルールなんだ。新顔のの嬢ちゃんよお。」


ティーンは、ぼくを小突いた。

「ほら、お望み通りのトラブルよ?

お金に変えて見せてよね。」

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