第6話 三十年法

「その分析は正しい。」

ジウル先生は、そう言って頷いてくれた。

「確かに、過剰魔力による老化遅延に対して、ひとは有効な手立てをもっておらん。

一種の病として治療もできん。

本人の気力、体力が十分なのに引退して、後進に道を譲らせることが、いかに困難か。


おのれが三十年を掛けて築いた地位や権力をすべて捨てて、やり直すことは、至難の技ではあるな。

いっそ、グランダ郊外の森に生息する『長寿族』のようにそういったものたちだけで、コミューンをつくるか。

世には冒険者という職もあるのだから、過剰魔力をもつほどのものなら、食っていくことはできるだろうに。」


ふと、疑問に感じて、ぼくは尋ねた。

「そう言えば、ジウルよ。おまえはどうしているのだ?

たしか、三十年前、おまえは学校の校長の座をすてて、拳士として、教鞭をとっていたはずだが。」


「ヒスイよ。

ちなみにだな。俺の名前は、ジウロ、という。ジウル・ボルテックは、俺の父親だ。」


「あ? しかし、今の今までぼくを知っているような口調で話してなかったか?」


「だから。

そういう、『設定』だ。」

ジウル、いや名乗りに従って、ジウロと呼ぶことにするか。

ぼくの記憶の中にあるのと、寸分変わらない精悍な若者は、たくましい胸をはった。

「俺はあのあと、拳の修行のために、諸国を回っていたのだ。

その旅先で世帯をもち、産まれたこどもが、俺、というわけだ。

一昨年から、ここで学生として世話になっている。」



ということは、やはりここは、グランダの魔道院なのだろう。


「というタテマエなのはいいとして。」

ぼくは言った。

「いまのぼくの体は、お前がつくった義体だろう。素晴らしい出来なのは認めてやるが、学生が勝手に閉鎖区域の研究所を使っていいのか?

その」

「まあ、そこはなんとなく。」


照れたように、ジウロは笑った。

暗黙の了解、というやつか。


たしかに、三十年法が、制定されて三十年。

これまでは、例えば30歳で家督をついだ貴族が、60 を機に次の世代に当主を譲る、といった、わりとこれまでの習慣の延長上に近い運用しかされていないはずだ。


過剰魔力を宿したものは、ランゴバルドを例に取れば、過剰魔力による老化遅延が明らかになった時点で、王位継承から外されていた時代もあった。

だが、人間の存在を超える上位種が、親しく社会に交わる新時代のなかで、それは有名無実なものとなった。そうして然るべき地位についたものたちが、三十年法の対象となるケースが、出てくる。か。


よくしたもので、身体が若くなったためか、貪欲になったのは、食欲だけではなかった。

頭も回る。

ぼうっと過ごしたこの数年を埋めるように、ぼくの頭は回転した。

それは、そのこと自体が、いまのぼくには心地よい。


「…ぼくを転生までさせた厄介事というのは、それに関連しているのか。

三十年前に、即位した高位貴族で、世界的な影響をもたらすか、下手をすれば世界を再び混沌に巻き込みそうなもの……カザリームか、銀灰か、ランゴバルドか。いずれも国としての形態はとってはいないが、かなり広範囲な自治権はもっている。

後継者をめぐって、争いが起これば、大変な事になるのは明らか。」


ぼくは、そこで気がついた。

もっと、早くに気がつくべきだった。


いる。

後継者争いが激化すれば、世を戦乱の渦に叩き込むものが。


「……統合帝国大帝アデル陛下……か!!」







なんと!

わし、いやぼくは、やっぱり少し呆けていたのかもしれない。

世界に平和をもたらした英雄。

人類史上はじめて、西域と中原にまたがった統一帝国の支配者。


たしかに、その統治は三十年になるはずだ。

カリスマと、どこからも文句をつけようもない正当性。

その彼女が退位するとなれば、それは望む限り静かに行われても、確実に歴史の1ページとなる。


いま、彼女がどうしているか。

どんな治世を行っているのかは、このところまったく関心がなかった。


だが、その物語は、詩に歌われ、書物となり、舞台にかかり、当然ウィルズミラーの番組としても配信された。


彼女を主人公にした物語は、長編だけでも百ではきかないはずだった。


少なすぎるか?


いや、コンテンツとして、彼女を主人公にすえないほうが物語を紡ぎやすいらしい。


実際にこのシリーズでいちばんの当たりをとったのは、作者は不明だが、おそらくはアイツの『ゴスロリ繁盛記』だ。

小説、絵物語はもちろん、番組配信は、リメイクを八回は繰り返している。



物語は、さまざまな裏稼業をへた主人公が、とある街で、インチキ教団に見せかけたショービジネスを立ち上げて、小金を稼いでいるところに、同じく食い詰めた冒険者が転がり込んでくる。

こいつらが実は、という物語で、実際、わし、いやぼくは、たしかほとんどのシリーズを鑑賞しているはずだった。


「し、しかし、跡取りは、いるんだろう?」

ぼくの言葉に、ジウロは冷たい視線で答えた。


「もちろん、いる。

皇位後継者は、十二名。」

「そ、それは子沢山だったんだね!!」

「本当におまえは、この前まで生きていたのか?」


ジウロは、また酒と肴を追加した。

ぼくは、麦酒じゃなくて、白酒をお願いした。

これは、グランダ名物のえらく酒精の高い蒸留酒で、そのまま飲むことはまず有り得ない。


「実子は3人だけだ。あとは、養子、だ。

新しい皇帝とそれを補佐するブレーンを、小さいころから、共に養育し、競わせ、その才能を図る。この5年は、12名の皇位後継者と皇帝陛下自身を加えた『円卓会議』が、統合帝国の最高意思決定機関になっていたはずだ。」


ぼくのキョトンとした顔を見て、ジウロは諦めたように、運ばれてきた白酒の壺から、透明な液体を杯に注ぎ……それを飲み干した。


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