Scene14 ロゴスは犯人と対峙して、次なる殺人を食い止める

 私はさらに思考を推し進める。


 ロゴス様はふでさかさんの証言の中で語られた、たなもと先生の台詞を不自然だと言っていた。

 ふでさかさんが一人で偽証しても、まきさんの証言と突き合わせれば、すぐに矛盾が判明するはずだ。


 では、


 あの証言は、あからさまにまきさんへ疑いを向けるものだった。

 そしてその代わり、ふでさかさんはたなもと邸を途中で追い出されたことになっていた。


 大喧嘩のくだりは丸々作り話で、実際はふでさかさんとまきさんが協力してたなもと先生を殺したのではないか。


 警察はまきさんを疑うが、手を下したのはふでさかさんだから、直接的な犯行の証拠を見つけられない。

 一方、演算えんざんまきさんが怪しすぎるがゆえに証言を信じてしまい、その結果『ふでさかさんは被害者自身によって、犯行時刻以前にたなもと邸を追い出された』という先入観が強まる。


 そういう心理トリックだった……?


 私がそこまで考えたとき、ロゴス様の運転する車はアパートの駐車場に停まった。


なみさんは、ここで待っていて!」

 ロゴス様は車から飛び出していく。


 今にも次の殺人が起こりそうだというのに、一人だけ安全な場所にいられるものか!


 私は迷わず助手席を降りて、ロゴス様を追いかける。

 ロゴス様はそれに気づき、小さく舌を打ったようだった。


 そのとき、アパートの上階から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


「やはり、当たっていたか……!」

 ロゴス様は外付け階段を駆け上がる。


 私もそれに続いた。見ると、一室だけ扉が開きっ放しになっている部屋がある。あそこがかみさんの部屋なのだろう。


 私たちが部屋に飛び込むと――そこではまきさんがかみさんに馬乗りになって、今まさにナイフを振り下ろそうとしていた。


「やめろっ!」

 ロゴス様がまきさんに飛び掛かり、彼女を組み伏せる。


 ナイフがまきさんの手を離れ、床を滑った。


「離せッ! 離せよッ! 邪魔すんなァ!」

 まきさんは暴れながら、口汚くロゴス様をののしる。


 私は恐怖に震えているかみさんへ近寄った。

「お怪我けがはありませんかっ?」


 かみさんは事態を理解できないのか、声を発せずにがくがくと頷く。


 ロゴス様はまきさんを押さえつけながら叫ぶ。

まきさん! 復讐したところで、何の意味もありません!」


「なんて空虚くうきょな言葉ッ!」

 まきさんはあざけるようにわらい、言葉を吐き捨てる。

「あんた、なんでしょ? あたしと同じ! あたしの中身はしょうすけさんが埋めてくれたけど、!?」


 その瞬間。

 


 まきさんは隙を突いてロゴス様を突き飛ばし、素早くナイフを拾い上げる。


 私は慌ててかみさんの前に立ち、両手を広げた。


 演算えんざん英雄ヒーローなんだ!

 刺し殺されてでも、かみさんを守ってやる!


 しかし、まきさんはこちらに向かって来なかった。


「いい? 演算えんざんさん。空っぽになった人間はね、こうするものなのよ」

 そう言って、まきさんは――


 


 女優は鮮血を噴き出して、映画の結末ラストシーンのように美しく、倒れる。


「くっ……。及ばなかったか……」

 ロゴス様は歯噛はがみして、すぐに携帯端末スマートフォンを取り出すと、救急車を呼び始めた。


 私は足が震えて立っていられなくなり、へなへなと座り込む。

 これで事件は終わった――のだろう。


 ロゴス様は通話を終えて、携帯端末スマートフォンをポケットにしまうと、こちらを向いた。

 ゆっくりと歩き、座り込んでいる私の横を通り過ぎて、かみさんのそばでかがむ。


かみさん。大丈夫ですか?」

 ロゴス様は優しい声でいた。


「は……、はい……。でも、あの……」

 彼女は混乱した様子で、横たわるまきさんの身体に視線を向ける。


「彼女は、夫を愛していたんだ。どうしようもなく、純粋に」

 ロゴス様はあわれむように呟いた。


 そして、かみさんに向けて、先ほどと同じ優しいこわで言う。


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