解決篇

Scene13 あかりは密室の謎を解き明かして、罪人の名を告発する

 ロゴス様がアクセルを踏み締めて、かみさんの住むマンションへ向かうさなか、私はその助手席で再び、事件の謎に関する推理を巡らせていた。


 なぜかみさんが殺されるのか? ふでさかさんの証言の意味はなんだったのか?

 被害者がしき巡査から逃げ出したのはなぜか? 密室状況のトリックは?


 考えれば考えるほど、情報が頭の中でじゅうたいして、謎がもつれていく。

 だめだ。私はそんなに大層な頭脳を持っていないのだ。一度に多くのことを考えられるほど、賢くはない。


 ロゴス様と同じように推理してみても、きっと私では真相に至れない。

 もっと、単純シンプルに考えることはできないだろうか。


 この事件の中心――謎の本質。

 それはやっぱり、しき巡査が遭遇した密室状況だと思う。


 今までに得た情報は一旦無視して、密室状況だけをとことん単純シンプルに考えてみよう。

 犯人がへいを飛び越えた可能性は否定された。


 人物誤認と空間誤認を組み合わせた、犯行時刻誤認トリックも否定された。

 つまり、表から出た可能性もないってことだ。


 それならば、犯人は路地裏から脱出していない?

 でも、犯人が現場に潜み続けた可能性も、否定されたはずだ。


 結局、ここで思考が行き詰まる。

 犯人が脱出できる機会なんて、どこにもないじゃないか。


 どこにも……、ない……。


 脱出できないなら、


 犯人はずっと隠れていて、警察の捜査員はみんな犯人の姿を見逃していた、とか?

 あるいは、犯人はそもそも路地裏に入っていなくて、投げナイフで犯人を殺した、とか?


 だめだ、だめだ。発想がどんどんとっになっている。


 捜査員がみんなして犯人を見逃すとは考えられない。

 雨の降る深夜に、犯人が走る被害者の背中目掛めがけて、正確せいかく無比むひにナイフを投げられたとも思えない。


 犯人は透明人間でも、天才暗殺者アサシンでもあり得ない。

 それなら、どうやって……?


 ――僕は視線密室の状況より、被害者の行動が気になるね。


 違う、そうだ。ロゴス様は最初から言っていた。


 謎の本質は、密室ではない?


 被害者の行動――被害者がしき巡査から逃げた理由。

 私は人物誤認トリックを想定して、推理の中で逃亡者の正体を入れ替えた。


 でも確か、しんさんは指摘していたはずだ。


 ――しき巡査を誰かと勘違いして逃走した可能性はある。事件当時は雨で、かなり視界が悪かったようだからな。


 落ち着け、私。単純シンプルに、なるべく単純シンプルに考えるんだ。

 もしたなもと先生がしき巡査を誰かと誤認したのなら……。


 


 その瞬間、まるで電撃が走ったかのように、私の全身はびくんっと激しく震えた。


 嗚呼ああ……、解けた。


 犯人は路地裏に入ってなんかいない。


 投げナイフで空間を越えたのでもない。


 


 時間差殺人。どうして今まで、思い浮かばなかったんだろう。こんなにもありきたりなトリックなのに。

 現場の状況があまりにも完璧すぎたせいで、事件の全てが犯人の計画的な思惑おもわくだという、先入観を持ってしまっていた。


 現場が密室状況になったのは、偶然だったのだ。


 姿

 


 おそらくこの時点ではまだ、ナイフは内臓をさほど傷付けない程度の浅い刺さり方だったのだろう。

 ナイフ自体がせんの役割を果たしている状態であれば、血が流れない場合もある。


 そして、たなもと先生はしき巡査をと誤認して逃げ出す。

 行き止まりの路地裏に逃げ込んでしまい、慌てて引き返そうと足をひねり、そして……。


 

 その際、背中に刺さっていたナイフは、棚本先生の命を奪うに足るくらい深々と、のだ。


 たなもと先生は上着コートを羽織っていて、背中が見えない状態だった。

 しき巡査の証言によると、風で上着コートが飛ばされた直後に、たなもと先生は路地裏へ曲がっている。


 背中を視認できた時間が一瞬であることと、やみと雨による視界の悪さを考え合わせると、しき巡査がナイフに気づかなかったとしても無理はない。


 棚本たなもと先生が逃走した理由は、既に一度、ナイフで襲ってきた犯人に、先回りされたと思い込んだからだろう。


 一目でしき巡査が誤認されうる人物は、男性であるふでさかさんしかいない。

 しき巡査は、たなもと先生に声も掛けているのだ。


 体格と声という二つの情報を得ていながら、しき巡査を女性だと間違える理由はない。

 万が一、間違えたとしても、確信を抱くほどではない。


 確信がなければ、普通は助けを求めてみるはずだ。

 彼の背中にはナイフが突き刺さっていたのだから。


 犯人は、ふでさかさん。

 密室の真相は、偶然の連鎖がもたらした、内出血密室。


 でも、疑問は残る。


 ロゴス様はどうして、次にかみさんが狙われると思ったんだろう?

 それに、ふでさかさんが犯人なら、あのまま彼と一緒にいて、監視していればよかったはずだ。紙谷さんに会いに急ぐ必要はない。


 まさか――。

 ふでさかさんには、共犯者がいる?

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