第46話 夜明け




「あの瘴気だまりは相当な代物だったんだろうな。多分魔石を発動させた後も吹き出ていて…それを水晶が吸っていた。だからこんな水晶群にまで成長して……やっと最近瘴気を吸いつくした」

 だから結晶化が止まったんだろう。結晶化が止まったことにより、魔石もその役目を終えたに違いない。

「なんで俺が助かったかは解からないが……吸いつくすのに五百年もかかってんだから、あのままにしておけばヤバかったよな。

 ……って、なんでお前が泣いてんだよ……」


 イルはもう耐えられなかった。

 目から、次々と涙があふれて前が見えない。


「……だ、だって……だって……」


 創世記は、アルカーナの国民ならば誰もが一度は読む物語だ。

 国を作った英雄王と剣士、そして自分の祖先である紅の民の魔法使いを誇らしいと思ったことはあっても、残された者達にそんな苦しみが、想いがあったなんて、想像もしなかった。


 誰一人として悪くない。けれどどうしようもない人の思いに、胸が苦しくなる。


 大切な人を失って五百年もの時を超えてきた時代の先。あの日、イルが血の剣ブラッドソードを作って倒れた時、ガヴィは一体どんな思いだったのか。


 苦しくて、悲しくて、怖かったに違いない。


「結晶化が解けた時にはマジでビビったわ。周りの景色は変わってるし、まさか五百年もたってるとは思わなかった」


 お前がよ、王族の血を引いてるって聞いた時も感慨かんがい深いものがあったよな。

 アイツちゃんと繋いだんだなーと思って。


 そう言ってゼファーを見る。

「ちょっと似てるよ。見た目だけだけどな。

 中身は、お前の方が百倍怖えぇ」

 そう言って殴られた頬を指さして笑った。

 魔石の効力が無くなった所為で結晶化の成長が止まったのを感じていたガヴィは再度調査が必要だと思っていた。ガヴィの結晶化が解けたように蘇る魔物もまたいるかもしれないと思ったからだ。後は単純に、この場所で自分を見つめ直すべきだと思った。

 ガヴィはイルに向き直る。


「悪かったよ。……ごめん。

 俺は自分の怖さをイルに押し付けてただけだ。

 ……何にも言わねぇくせに、八つ当たりもいいとこだよな」


 胡坐をかいた体制でガヴィはイルに深く頭を下げた。

 イルは胸がいっぱいになって、ガヴィの手をぎゅっと握った。


 彼に言いたいことはいっぱいある。

 何を言っていいか解からないまとまらない想いも同時にある。

 

 けれど今、これだけは伝えたかった。

 今、ガヴィに言いたいと思った。


「あのね。あのね……ガヴィ。

 私、ガヴィが好きだよ」


 菫色の瞳から目を離さずに、大切に紡ぐ。


 自分が受け入れられないかもしれない事が怖くて。

 己の正直な気持ちを言葉にできない苦しさを、イルも知っているから。


「私ね、きめたの。

 好きな人には好きって言うって。


 仲良くなろうとか、大好きだよとか。

 自分の気持ちを伝えても、相手は違うかもしれない。


 でも、

 違ったら好きになってもらえるように努力すればいいよね。自分が頑張ればいい。

 ただ、大好きなのに嫌われてるかもって思いながら言わずにいて、もう二度と会えなくなっちゃったら……相手も本当は私の事好きでいてくれたのに会えなくなっちゃったら……

 その方が後悔するって、私はもう知ってるから。

 大好きって気持ちは、言葉にしなきゃ駄目なんだって思ったんだ。


 だから――ガヴィが、誰を好きだとしても、私はガヴィが好きだよ」


 きっと、イリヤさんもアルフォンスさんも、ガヴィのことが大好きだったと思うよ。

 アルフォンスさんは、きっとガヴィもいなくなって悲しかったと思うよ。


 そう言って、金の瞳がガヴィの心に触れた。

 ぎゅっとガヴィを抱きしめる。


「――っ」


 ぶつかればよかった。


 格好悪くても、情けなくても。

 誰も傷つけたくなくて、本当は……自分が傷つきたくなくて。

 護りたいと思ったのに、逃げ出して、きっといっぱい傷つけた。


 大切なら、本音で話すべきだったのだ。


 もしそれで、距離ができてしまったとしても、時間をかけてまた歩み寄ればよかったのだ。


 ガヴィエインとアルフォンスを置いて散ってしまった少女を、ガヴィは確かに愛していた。

 けれどもまた、アルフォンスの事も同じくらい大切だったのに。


 全部、置いてきてしまった。置き去りにしてしまった。


 目の奥が熱い。勝手に流れてくる雫を止める手立ては何もなくて、ガヴィはそれを拭いもせずイルをただ強く抱きしめ返した。


「……君は、まだ逃げるつもりかい?」

 ゼファーが静かに問う。

 ガヴィはゆっくりと顔をあげた。

「......いや。五百年前は途中放棄しちまったからな。

 ……一応ちゃんと真っ当に生きようと思ってんだぜ」

 じゃないと今度はお前らに一生許してもらえなさそうだから、とガヴィはふっきれたように笑った。



 ……話し始めてどのくらいの時間がたったのだろう。

 周りはいつの間にか、夜の闇からうっすらと明るくなり、暁の時間になろうとしていた。


 夜が、明ける。


「――綺麗だ……」


 朝日と水晶が煌めいて。

 あの時とは違う三人で迎えた朝。


 世界が、再び輝いて見えた。



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