コインランドリー

@n-nue

コインランドリー

静寂さの擬態語「しーん」

それが聞こえてきそうなほど物静かな田舎町にひっそりとたたずむコインランドリー。


「24時間営業」と記された控えめなネオンサインがみじめさを感じさせる。

店内は、照明も薄暗くところどころ蛍光灯が切れかかりピンピンと飛び跳ねる音が聞こえる。

定期的に掃除やメンテナンスはされていて、古くからある町の個人医院で感じるような小綺麗さがある。


一家に一台洗濯機がある時代、コンビニもない田舎町にコインランドリーが必要なのか?と思うのだが、すぐ近くに大学の寮があるため意外にも重宝されているのだ。



駐車場に一台の車が止まる。色褪せたスウェット上下を着た背の低い若い男が車から降りる。

手慣れた様子で店に入るが、一瞬立ち止まる。


入り口から対角線上にある自販機横の椅子に、金髪の若い女が座っている。

ショッキングピンクのヘッドホンからは16ビートの音楽が漏れ出し、そのリズムに合わせて身体を軽く揺らしている。


両肩を露わにした黒の上着に、下着が見えそうなほどのショートパンツ、そして猫のキャラのサンダル…この田舎町出身の者ではなかろう。


男は女から目をそらすと乾燥機の方に足早に向かう。


“残7分”

(なんでだよ!)

乾燥機は動き続けている。ピッタリの時間に来たはずだ。

苛立ちを押し殺しベンチに腰を掛ける。ギィーと音を立てて座面がしなる。


天井近くに設置されている年代物のブラウン管テレビではケーブルテレビ放送が流れている。


町のニュースだけを取り扱うこのチャンネルでは、同じ内容を1日に何度も、新しいニュースに上書きされるまで数日間、数週間と繰り返し流される。


・公民館に突如現れた珍しい鳥の姿を捉えた写真、

・役場の花壇に一足早くクリスマスローズが咲いたこと、

・下着泥棒が頻出していること、

・昨日海で発見された女性の身元が判明し、事件と事故の両面で捜査を進めること…



「ねぇねぇ、この女性ってこの近くの女子大の子らしいよー!」


キンキンとした声。



(まさか、自分に話しかけてきたのか?)


そのキンキン声の主は男の背中側にいるため、状況がさっぱりわからない。

ただ、今言えることは、この空間には男と女しかいないということ。


目が泳ぐ。振り返って確認したいが動けない。もどかしい。



「まぁ、今回も『自殺』だろね、それにしても続くよねー!警察は事件と事故の両面で捜査って言ってるけどさ、田舎の駐在所が担当してるんだって…事件の捜査なんてしたことないでしょって感じよね。きゃはははは」


息をのむ。心音がスローモーションではっきりと聞き取れる。


(明らかに…これは、自分に話しかけてきている!)



「私さ、前まで東京にいたのよ。東京じゃ、自殺なんて日常茶飯事よ。飛び込みで電車も毎日止まるしね。そういうの、正直慣れちゃった。」


何が言いたいのかさっぱりわからないし、たまたま居合わせた見ず知らずの男になぜ自分語りをしているのか…。もはや恐怖でしかない。



「ここは田舎過ぎて…ずっとつまんない同じニュースばっかり!面白い事なんて何もないよねー、まじで。」


途切れない話に男は動揺し、女は更に続ける。



「ってかさ、自殺って超迷惑じゃね?昔バイト先に自殺願望をいっつも口にする女がいてさ。『迷惑かけずに死ぬ方法ないですかぁ?』って猫なで声で聞いてくるの。私、頭に来て『もし全人類に死を惜しまれるくらいの人間になったとしても、自殺って大迷惑なの!想像力皆無かよバカ!』って言ってやったの。その女、『ひどい…』とか言って泣いて、マジウケるっしょ!」


女は吹き出すように笑っている。何が面白いのか全く理解できない。


(…うるさい女だな…)



「誰にも迷惑かけずに死ぬことなんてできないっつーの!でもさ、誰にも迷惑かけずに生きることも不可能じゃね?きゃはははは」


ずっと黙っているのも悪いかと思い「あ、そう…」と軽く返事をする。


「ノリ悪っ!コミュ障かっ!?あんた彼女いないっしょ?私そういうのすぐわかるんだよねー。モテたことないでしょ。きゃはははは」


(失礼な女だ!)


返事なんてしなければよかった。甲高い笑い声が響き渡り、頭がおかしくなる。


「ねぇ、彼女いるわけないよね?付き合ったことも『あれ』したこともないんでしょ!きゃはははは」


しつこくしつこく投げかけられる声に一秒も耐えられそうにない。


「はい、そうですけど。あなたに関係ないですよね。誰にでも股を開くような人よりはマシだと思いますしね。」


ついムキになり、立ち上がって女に言い返してしまった。後悔しかない。


女は数秒間、目を見開く。にやりと笑う。都合の良い獲物を見つけたのだろう。


「マジで!!!やばー!超キレてるしウケるんだけど!きゃはははは」


手を叩き笑いながら男に近づく。


女から異様な臭いがする。


「酒臭っ!」


咄嗟に顔を背け、鼻をつまむ。


「なによ、童貞のくせに偉そうに!…あっ!私が今晩だけ相手になってあげようか?きゃはははは」


下品な女だ。こういう人種が一番嫌いだ。相手にするだけ無駄。黙ってベンチに腰掛け、乾燥機に目をやる。

(あと1分…)



「ねぇ、ちょっとこれ見て!」

女は男の隣に座りスマホを差し出す。


SNSの投稿画面


「バカな投稿見つけたの!『汚れた女を排除する』だってさー。

この主はぜーったい童貞!確定!!

勝手に女を神格化してさ、処女以外は汚れてるって騒いでんのマジでウケるー。

お前も汚れた母親からうまれたんだろうーが!

あんたはこういう頭の腐った童貞にはならない方がいいよー!きゃはははは」


無神経さに呆気にとられる。

『世の中で最も汚れた女はお前だ!ブス!』

どんな苦行を積めば、口に出せるようになるのだろうか…



“ピピピピピ―――――”

機械音に身体が自然と反応し、乾燥機から布団を取り出す。


 ふわふわ


空気を含んで大きく膨らんでいる。


 ほかほか


温かさに包まれて接地面が癒されていく。

このまま眠ったら、さっきまで切歯扼腕していたことも吹き飛ぶかもしれない。


 ひらひらひら


女の膝の上にふわりと洗濯物が落ちる。

「ねぇ、あんた落としも…の…」


長いつけ爪で拾い上げるそれは…


 淡いレースのパンティ


何も示し合わせていないが二人は黙って淡い色を凝視する。


「ちょ、ちょっと!これって…」


「えっ???!!!」


「し、し、下着泥棒!!!!!」

女は立ち上がり男から距離をとる。当然の危機回避反応。


「ち、ち、違う!!!」


突然の状況に頭が追い付かない。でも、でも…ただ一つ言えることは…

(違う!俺は下着泥棒じゃない!)


疑われる覚えはないが、疑われる原因は間違いなく今、女の手の中にある。


「俺のじゃない!本当だって!」

何を言えば疑いが解けるのかなんて全く思いつかない。


「あんたの物じゃないなんて最初からわかってるわよ!だから、下着泥棒だって言ってんの!!!」


「ち、違うんだって!そうじゃなくて!!」


同じ押し問答が繰り返される。



緊迫した空気を壊すように、50代位の清掃員が箒を片手に店内に入ってくる。


「清掃員さん!この人、下着泥棒です!!警察呼んでください!!!」

女は清掃員に駆け寄り、男を指さし睨みつける。


男も黙ってはいられない。

「誤解です!!俺のじゃないんです!」


「バカなの?盗んだ物なんだから、あんたのものじゃないのは当たり前なの!」


そういう意味じゃない!と伝えたいが、上手く頭が回らない。

清掃員は状況をつかめないのか黙ったままだ。


「俺は下着なんか盗んでいないし、その下着だって今、初めてみたんだって!」

どれだけ訴えても女の疑いが全く晴れていないのは目に見えてわかる。


清掃員が初めて口を開く。

「あの…少し落ち着きませんか?」


男はそれをきっかけに冷静さを取り戻し、落ち着いて考える。


「本当に俺じゃないんだって!考えても見てくれよ、わざわざ人が居る時間に取り出せばこうやって疑われるリスクがあるんだから。もしやるなら誰もいない時間を見計らった方がいいはずだ!」


「まぁ、それもそうだけど……」

女はまだ納得いっていない様子で腕組みしている。


「そうだ!乾燥機の時間!!俺はピッタリ終わる時間に来たはずだったのに、まだ7分あった!誰かが途中で乾燥機を開けて下着を入れたんだ!」


(間違いない!)

男は確信する。

時間にきっちりした性格でイライラすることの方が多かったが、今はその性格に感謝する。


「あんたの言い分はわかったけどさ…、証拠がないとね。あっ防犯カメラ!あんたの言うことが正しいなら映っているかも!!」

女はテレビと対角線上にある防犯カメラを指さす。


「あれは、実はダミーなので…録画されていないんですよ。」

清掃員は苦笑いする。



(疑いを晴らす術はもう無いのか?何か考えろ!考えろ!)

自分を鼓舞するが、万策尽きたと心がささやく。


場を収めるように清掃員はにこやかに言う。

「こんな小さな田舎町のコインランドリーで事件なんて起きませんよ。きっと、近くの女子大の寮生が取り忘れたのでしょう。

私がそのパンティとブラジャーを預かって警察に届けますから。」


男と女はハッとして顔を見合わせる。

そして、男は慌てて布団を広げる。

縫い目にブラジャーのホックが引っかかっている。


「下着泥棒はこいつ!!!」

女が清掃員を指さし金切り声で叫ぶ。


清掃員は慌てて逃げ出そうとするが、男は体当たりをして転ばせ、逃すまいと清掃員の上に覆いかぶさる。

「警察に電話してくれ!!!」


◇ ◇ ◇


ほどなくして年老いた巡査が到着し、清掃員は連行された。

田舎町の小さな駐在所だ。大した捜査はされないだろう。


清掃員の格好をした下着泥棒は

近くの女子大の寮に清掃員のふりをして入り込み、無防備な部屋の下着を盗む。

盗んだ下着はこのコインランドリーの乾燥機で温める。

それは人肌を感じてより興奮するための策。


今日はちょうど稼働している乾燥機があったため、こっそりと入れてすぐに回収しようと考えた。

用を足すためにその場を少し離れた間に女が来てしまい、どのように回収しようかと考えあぐねているうちに、男まで来てしまい…

店内で2人が揉めだしたのをいいことに清掃員のふりをして回収しようと考えたらしい。


年老いた巡査に「若いのにお手柄だね!」と褒められ、女は喜んでいる。

もう酒臭さもない。



店内には二人だけが残される。


「あ、あのさ…さっきは疑って…ごめん!」

女の突然の言葉に驚く。


「いや…あの状態なら…誰だって疑うから。別にもう…いいし…」

上手く言葉にできなくて頭をかく。


「…うん、ありがとう!!私さ、犯罪者を捕まえたの初めてだよ!」

女はまだ興奮冷めやらぬ様子。


「お、俺だって、初めてだ…こんな体験、東京に居てもできないかもな。」

初めての経験に多分…今少し、いや、かなり浮かれていると思う。


「たしかにー!田舎も面白いかも!」

二人は自然と笑い合う。



“ピピピピピ―――――”

乾燥機の終了の合図。女はカバンに洗濯物を雑に詰め込む。


「ねぇねぇ、あんた車だよね?もしよかったらさ…家まで送ってくんない?」

女は拝むようにして顔の前で手を合わせる。


気付けばもう夜遅い。


「い、いいけど…俺の車…乗り心地、全然よくないから…それでもいいなら…」

顔が赤らむのを女に気付かれないように、そそくさと車の方へ歩き出す。


「ありがとー!!!助かるー」

女は飛び跳ねながら男の後を追う。


BGMもない無機質な車内にショッキングピンクのヘッドホンが色を添える。

この車に女が自分から乗りこむ日がくるなんて…

今日は初めてだらけの1日。感慨深い。

コインランドリーからのいつもの帰り道のはずが、いつもより数倍も気分がいい。


「乗せてくれてありがとね!実は…断られたらどうしようかと思ってたの。きゃはははは」


女は上機嫌で鼻歌を歌う。今はそれも嫌じゃない。



「犯人逮捕で表彰されるかも!どうしよう~有名人になっちゃうよ!!!」


女は未来を想像して、胸を膨らませている。なんだか可笑しくて口元が緩む。



「さっき咄嗟に下着泥棒にタックルしたじゃん!あんた警察官になれるんじゃない?きゃはははは」


下着泥棒に間違えられたかと思えば、次は警察官になれるなんて…目まぐるしいなと改めて感じる。


「そういえば、あんたもいつもあのコインランドリー利用してるの?私はさ、洗濯物を限界まで溜めこんでから利用してる!きゃはははは」


先週も利用したか?週何回利用しているのか?と、しつこく聞いてくる。

ほんの少し前なら、このしつこさに苛立ちを感じたはずだが、とにかく気分がいいのだ。

女のくだらない質問にも耳を傾け、答えてやる。


「お金を払って利用したのは今日が初めてだ。」

素直に本当のことを話す。俺は浮かれていたんだと思う。


「ん?どういうこと?」

首をかしげる女を横目に、軽快な口調で続ける。


「あそこは周りに人気が無いし、他に店もない、防犯カメラもダミー。そして一定の奴らが利用する。すごく都合が良くてね。…お前みたいな汚れた女を排除するには…」



車は加速し海へと続く暗闇に消えた。




◇ ◇ ◇



「……………うん、知ってた、

あんたが車に…女を引き摺りこんでたところ…何度も見てたから…きゃはははは」



「私さ、そういうの…マジで許せないから……排除するね……」



◇ ◇ ◇


コインランドリーの年代物のブラウン管テレビ、

今日もチャンネルは町のケーブルテレビ。ほぼ同じ内容の繰り返し。


・公民館に突如現れた珍しい鳥の姿を捉えた写真、

・役場の花壇に一足早くクリスマスローズが咲いたこと、

・昨夜遅くに、「下着泥棒」が捕まったこと、

・今朝、駐車中の車の中で発見された若い男性の遺体について、警察は事件性がないと発表したこと…


■END■

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