02

 明日、頬が筋肉痛になるのではないかというほど、今日は本当に頬の筋肉を使った。

 今も使っている。


 今のところ、俺がドッペルゲンガーであることは、バレていないようだ。

 聖女はもちろん、瘴気のせいで、能力の高い聖職者たちは、出払うか、死んだというのは本当らしい。


 元々、武力というより、聖女を唯一排出できる国というだけで、成り立っているような国だ。

 聖女はもちろん、優秀な聖職者を失っているとは、イザベラが心配するのも頷ける。


 一日で、すっかり慣れ親しんだ話を、口から紡ぎ出しながら、周囲へ目をやれば、勢いよく開いた扉から顔を出す、イザベラによく似た白銀の髪の少女。


「ぁ…………」


 口頭で聞いていただけだが、姉によく似た髪と瞳に、顔立ち。

 彼女が、マリアーナなのだろう。


 不自然に途切れてしまった会話に、周りにいた人たちも、俺の視線を追いかけ、納得したように声を漏らした。


「…………」


 だが、マリアーナへ視線を戻した時、マリアーナは勢いよく扉を閉めてしまった。


「え」


 どういうこと?


 つい言葉に出そうになったのを、必死に飲み込めば、周りも同じように驚いたように、扉の向こうへ戻ってしまったマリアーナへ目をやっていた。


「マリアーナ? どうしたの?」


 ひとりが戸惑った様子で、扉の向こうへ声をかけ、扉を開けたが、そこには既に姿はない。


「本当にどうしたんだ……?」

「少し前に、不吉な夢を見たって泣いてたんだろ? イザベラ様が帰ってきたら、喜ぶと思ったんだけどなぁ」

「私たちが邪魔だったのかもよ?」

「そんなこと気にするかな?」


 周りの反応からしても、マリアーナの反応はおかしいらしい。


 よかった……

 イザベラが道中でよく話していた妹とは、実は不仲で、あの思い出のほとんどが、イザベラの妄想とかじゃなくて……!!


 素直でいい子だって聞いてたもん!!

 あんな、目があった途端、拒絶されるほど、不仲だったらどうしようかと思った……!!


 でも、そうなると、あの反応の理由の方が問題だ。


「………………」


 変装を看破されたか……?


 ありえなくはない。

 なんたって、聖女見習いだ。

 人を惑わせる幻覚の類を見抜く力は、聖女に劣るとはいえ、高い。


「マリアーナの部屋に行かれますか? ルームメイトには、少し部屋に戻るのを遅らせるように、私の方から伝えておきます」

「えぇ。じゃあ、申し訳ないけど、お願いできる?」

「はい。お任せください」


 部屋の場所は、ここで聞いたら、マリアーナの件も含め、さすがに怪しまれる。

 仕方ないと、困ったような笑みを作り、人払いだけを頼み、部屋が並ぶ廊下に出た。


 運が良く、出くわした人に、迷ったと嘘をついて、マリアーナの部屋の場所を聞いて、辿り着いたマリアーナの部屋。


「マリアーナ。イザベラよ」


 控えめなノックと共に問いかける。


 気配はあるが、返事はない。


「開けてもいい?」


 今度は小さく聞こえた祈りの言葉。


 あ、これ知ってる。

 悪霊とかが部屋に入ってこないようにする、結界系の祝祷術だ。

 イザベラも、泊まる部屋には必ずしていた。


 確か、自分へ悪意を持つ者、害を為す者を弾く結界。

 ただし、自らが招き入れた場合は、除く。


「……開けるわよ?」


 沈黙。

 うん。完全に、バレてる。


 背中に伝わる汗。一度、大きく深呼吸をしてから、ドアノブへ手を掛ける。


 偽聖女としての生活、2日目して、俺は死ぬかもしれない。

 だが、ここで逃げては、妹を頼むと言った親友の願いを踏みにじることになる。


 ゆっくりとノブを捻り、ドアを開く。

 その瞬間、風が一気に吹き抜けた。


「……姉さま」


 床に座り、手を合わせ、祈りを捧げていた、イザベラによく似た黄金の瞳が揺れていた。


「ただいま。マリアーナ」


 部屋へ足を踏み入れても、何も起きない。


「ごめんなさい。姉さま……私、私……! 姉さまが、赤い瞳をした恐ろしいものに見えてしまって……!!」


 やっぱりバレてるゥ!!

 イザベラ……! お前の妹は、ちゃんとしてるよ……!!


 心の中だけで、イザベラに文句のような賛辞を送りつつ、マリアーナの前に膝をつく。


 先程の祝祷術が発動しなかったのだから、自分が悪しき者ではないことは、マリアーナも理解しているはずだ。

 もしくは、自分の力が及ばないなにか。


 いまだに、揺れている瞳は、目に見えているイザベラの姿と、感じる赤い目の恐ろしいドッペルゲンガーの姿と、どちらを信じるべきかと戸惑っているのだろう。


「マリアーナ」


 考えてみれば、仲の良い妹なんてもの、いくら取り繕ったところで、違和感は持たれてしまう可能性はあった。

 ましてや、聖女だ。

 騙しきる方が難しい。


 それこそ、でもない限り。


「ごめんなさい。私の方こそ、怖がらせてしまって」


 イザベラのように、優しく彼女の手を包み込む。


「大丈夫。”私は、貴方の姉。イザベラ本人よ。信じて”」


 鎖骨の下が、ほんのりと熱くなる。

 イザベラからもらった、3つの奇跡の内のひとつ。


 それを、この祈りに込めよう。


「…………ごめんなさい。姉さま。変なことを言って……」

「いいのよ。旅をして、少しミステリアスないい女になったってことじゃない?」

「そうだね。姉さまは、元々いい女だけどね」

「ふふ……ありがとう」


 少しだけ、心が痛いような気がした。


 だけど、これがイザベラの願いだから。

 例え、イザベラの本当の最期の事を、誰も覚えていなくても。

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