02

 事の起こりは、最後の精霊樹の浄化を、イザベラが終えた後のことだ。


 世界中に溢れ出た瘴気に最も侵されていたのは、精霊樹であり、本来世界を浄化する役目を持っていた精霊樹は、逆に世界に瘴気を溢れさせていた。

 聖女は、瘴気の塊である精霊樹を浄化して回るのだから、結果として、高い濃度の瘴気に晒されることになる。

 いくら、神々の加護を持つ聖女とはいえ、長時間、高い濃度の瘴気に晒され続けていれば、体は蝕まれ、死に至る。

 そのため、何人もの聖女たちが死に、全ての精霊樹を浄化することのできた者は、イザベラただ一人だった。


 だが、そのイザベラですら、最後の一本を浄化した後は、もう故郷へ帰ることが許される体ではなかった。


「急いで、王都に戻ろう……!! 王都なら、腕のいい治療師がいるだろ!?」


 聖女が横になるには、あまりにも質素なベッドの上で、イザベラは小さく笑い、首を横に振った。


「これだけ瘴気を浴びてしまったら、治療師の範疇を越えてしまってるわ」

「な、ら……聖女は!? 王都ならいるだろ!?」

「…………」


 聖女は、決して一人ではない。

 イザベラがダメでも、他の聖女なら、イザベラの瘴気を浄化できるはずだ。


 だが、イザベラはやはり首を横に振った。


「聖女は、いないの。みんな、死んでしまったわ」


 皆、瘴気を収めるため、精霊樹を浄化する旅に出て、死んでしまった。


「ねぇ、ドッペル。お願いを聞いてくれない?」

「お願い?」

「うん。ドッペルにしか、頼めない、大切なこと」


 そっと手を伸ばすイザベラに、もちろんだと、手を取る。


 少しだけ驚いたように瞳を揺らしたが、嬉しそうに目尻を下げると、イザベラはその”お願い”を口にした。


「マリアーナが、成人するまで、聖女イザベラを生かしてほしい……か」


 用意された王城のふかふかのベッドの上で、お願いを思い出しては、とんでもない内容に頭を抱えるしかなかった。


 もし、聖女イザベラが、世界を救った代わりに、命を落としたと知られたなら。

 瘴気を収めることのできる聖女が誰一人、この世に存在しないことになる。

 そうなれば、救われたはずの人々が、また不安と恐怖に陥り、世界は混乱に陥るだろう。


 故に、聖女イザベラは、たったひとりの聖女として、世界に君臨し続ける必要がある。

 世界に平穏を与えるために。


「我ながら、とんでもないことを請け負っちゃったな……」


 マリアーナ。イザベラの妹であり、現在、聖女となるべく、修行中。

 順調にいけば、3年後、成人となるタイミングで、神々へ誓いを立てると共に、啓示を受け、聖女となるはずだ。


 頼まれたのは、それまで聖女イザベラの振りをすること。


 姿形を真似ることのできるドッペルゲンガーの自分だからこそできる、大それた計画。

 まさに、『ドッペルにしか頼めない、大切なこと』というわけだ。


「理解はできるけど……そういうところあるんだよなぁ……ホント」


 後悔しているわけではない。

 ただ少し、いや、大分、不安なだけだ。


 最後の力を振り絞って、イザベラが用意してくれた、3度の奇跡。

 イザベラが使っていた奇跡よりも、ずっと効力は低いが、魔法とは全く違う力で、聖女が聖女たる所以。

 使いどころは、すごく重要だ。


「とにかく、明日からがんばらないと……」


 親友からの最期の願いなのだから。

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