疑心より上回っていく好奇心
(一)
それから十日余り。
周による適切な治療に投薬、質素だが滋養ある食事のお陰で、みぃの火傷は悪化することなく。亀の歩みながら快方へと向かいつつあった。
とはいえ、まだまだ養生は必要だ。動けるようになっても、基本的には寝具の上で生活しているようなものだった。
家主の周は大抵薬研車を挽いているか、家の前と裏にある畑で薬草の手入れか収穫をしているか。もしくは主殿兼仕事場で客の相手をするか。
一度だけ、みぃの世話を郷の者に任せ、見違えるような整った身なりで一日外出したくらいで、籠りがちな生活を送っている。
退屈しのぎで何度かこっそり聞き耳を立て、時には引き戸の隙間から来客の様子を窺ってみたことがある。貧しい身なりの者から(たぶん同じ郷人の誰かだろう)、立派な大小二本携える身なり良き武士まで実に多岐に渡った。
屋敷も身なりも質素にしつつ、実のところ周は豪農並に裕福かもしれない。
訪れた来客とみぃが直接顔を合わせることはほとんどなかったが、周の知己だという一組の男女だけはみぃを見舞った。
背の高い白髪頭の武士は伊織、氷柱みたいな冷たい雰囲気の妙齢美女は氷室とそれぞれ名乗り、一刻ほどの間、みぃの相手をし、見舞いの品だと薄皮饅頭や干菓子を食べさせてくれた。
初めて食べた甘味に大袈裟なくらい感動していると、『元気になった暁には屋敷に遊び来るといい。今日の物とは違う甘味を茶菓子に出そう』と、ぶっきらぼうな口調ながら氷室が励ます。怖くて冷たそうに見えるけど、実はこの姉ちゃんやさしい人かも、と、みぃはいっぺんに彼女を好きになった。
「おや、完食したねぇ。感心感心」
周が、みいがさっき空にしたばかりの碗を片付け始める。
薬草粥の味にも慣れてきた。相変わらず苦いし、決して美味しくはないけども。
「じゃあ、はい。今日はこれ」
空の碗と引き換えに、周は栗が三つ入った碗をみぃに差し出す。ご丁寧なことに、栗の皮は剝いてある。
「樹からだよ」
「ふうん」
努めて何てことなさそうな顔して碗を受け取る。樹とは山で初めて遭遇した時以来、一度も会っていない。
周曰く『ああ見えて忙しい奴だし』らしいが、本当のところは罪悪感で合わせる顔がないのでは、と勘繰っている。その癖罪滅ぼしのつもりなのか、みぃが気づかぬうちに甘い物や果物などを毎日届けてくれる。
顔を焼いたのは自分が勝手にやったこと。だから気にしなくていい、と今日こそ面と向かって言ってやると決めているのに。
「樹にもう一度会ってみたい?」
「べつに」
本心とは裏腹にそっけなく答えてみたものの、周の笑顔が妙に痛く感じてしまう。
「お、お礼くらいは言わなきゃとは、思ってるよ?」
視線が痛くて周から目を逸らし、栗にかじりつく。苦い薬草粥の後だと、甘味がぐっと増すように感じる。
お礼もだけど、ある意味お礼よりも言いたいことは他にある。
周に
「みぃちゃん。栗食べたら、樹のとこ行ってみたい?」
別に、と答えかけ──、やめる。
食べかけの栗を握りしめたまま、大きく頷く。
「あたいがこの家で目を覚ましたとき、周は言ったよね?樹の秘密を教えるって。それがなんなのか教えてくれるなら、ついていってあげてもいいけど」
「ん。わかった。じゃあ行こうか」
心なしか、深まった気がする周の笑顔に、みぃはもう一度こくり、小さく頷いた。
(二)
周に手を引かれ、道中を行く。
火傷痕に響かないよう、ゆっくりと。少し歩いたら少し休んでを何度も繰り返し、行く。
ゆっくりやすみやすみ歩くせいか、郷や郷人たちの雰囲気をそれとなく知るのにちょうどいい。
薄曇りの空に稲刈り後の田んぼ後が物寂しさを誘う一方、畦道で行き交う人々の表情は皆あかるく生き生きとしていた。
彼らは皆、周とすれ違う度に気さくに話しかけてきた。本来よそ者のみぃにすら、誰もが心配や優しい言葉を次々とかけてくる。
内心かなり戸惑ったが、みぃはぎこちない笑みを口元のみに浮かべ、当たり障りなく簡単な礼を述べる。
素っ気ないとも取れる態度はまだ治りきってない左頬が疼くのも理由の一つ。もう一つは、ここの郷人の距離の近さ。
みぃが育った郷とは全然違う。特によそ者という、それだけで忌避と嫌悪の対象だというのに。
行く道の少し先へ進むと、たんぼから畑へと切り替わっていく。
道の両端、片側は巨大な牛蛙が雨宿りしそうな大きな葉と太い茎の下から何かを掘り起こしている。もう片側の畑では何かの種を撒いていた。
どちらもみぃにとっては見慣れないものゆえに、何か、としか言いようがない。
「あれはなに」
「里芋。霜が降りる前に掘り起こすんだよ」
「あっちで種まきしてるのは」
「あれは野良豆」
「ふうん」
「みぃちゃんの郷じゃ育ててなかったの?」
「……たぶん。たんぼはあったけど、しばらくはあんまり出来がよくなかった」
自分が生まれ育った郷と比べ、この郷の方が人も作物もずっと豊かな気がしてきた。
なんともいえない気分に足取りが重たくなる。
「自分だけ恵まれた土地に来たのが家族に申し訳ない?」
周には人の心を読み取る神通力でもあるのだろうか。
「全然」
「じゃあなにも気にすることなんてないよね」
「……そっか」
「お、樹が見えてきた」
二人が歩く道はもう少し先へ進むと緩い下り坂となり、更に先は田んぼでも畑でもない開けた土地、祭りや集会でもやれそうな広い空き地となっていた。
その空き地には長槍を手に、軽武装した男衆が大勢集まっていた。
まるでこれから戦にでも出るかのような、物々しい空気を醸しだす男衆は槍を突き入れる──、演習の真似事をしている。
その中心でただひとり、見覚えのある、ひとつにくくった白髪混じりの長髪、木刀を手に男衆を鼓舞する背の高い後ろ姿が確かにあった。
「ね、ねぇ、周。あれはいったいなんなの……」
「んー、あれはね」
「おー、珍しい奴がきたなぁー!!」
周がみぃの問いに答えるより早く、下り坂の途中で立ち止まった二人の存在に樹が気づき、振り返る。
「昼間は引きこもりのお前がどうした……、って、なんでこいつ連れてきたんだよ?!」
物凄く無礼な発言に、みぃは火傷をしていない方の頬を目いっぱい膨らませた。
ムスッとするみぃにも、勘弁しろよとぼやきながら輪から進み出る樹にもかまわず、周はとぼけた口調で告げる。
「んー、散歩のついで?」
「まだ火傷全然治ってないだろ?!安静にさせろよ!」
「ずっと寝てるだけだと体力落ちるからねぇ。もちろん無理はさせないよ」
「あたりまえだ!!てか、何しに」
「樹の秘密、見にきてあげたの」
みぃはつんと顎を上げ、わざと偉ぶって言い捨てる。
「秘密ぅう?!」
「樹さーん、突き五百終わったっす!」
樹の背後で男衆の中から数名が声掛ける。
「おし!じゃ、実戦訓練するぞ」
「はいっ!」
樹は一瞬で表情を引き締めると、みぃと周に背を向け、再び輪の中へ。
「今からなにが始まるの??まさかと思うけど……」
「おー!お前ら、槍でも杖でも刀でも何でもいい。各自、得意な武器持って全力でかかってこい」
木刀一本を手に、樹は男衆へ向けてちょいちょいと手招きし、煽る。
ここでみぃは、樹が今から何をするつもりか分かってしまった。
「周っ、いいの?!樹が強いの知ってるよ?でも、木の刀だけであんなにたくさんの人と……」
「いいのいいの」
「でも……、あぁ!」
顔色一つ変わらない、冷静な周に苛立ちが募り、みぃが彼に噛みつくより先に。
数十人集まった男衆全員が長槍等を構え、樹一人に一斉に襲いかかった。
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