世界を救った勇者のその後の伝説
柏木サトシ
第1話 世界を救った勇者のその後の話
一条の青い光が、立ち込める深い闇を切り裂く。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」
青い閃光が駆け抜けると、頭に禍々しい角を持つ漆黒の竜が悲鳴にも似た咆哮を上げる。
僅かに遅れて竜の胸からどす黒い血が大量に吹き出し、みるみる地面を黒に染め上げて行く。
「ガッ……アガ……ガアアアアアアアァァッ!」
竜は少しでも痛みから逃れようというのか、それとも自身を攻撃した者への最期の抵抗を試みようとしているのか、六メートルは超えようかという巨躯を激しく動かして周囲のものを手当たり次第に破壊していく。
しかし、傷口から噴き出す血の量が減るにつれて動きが緩慢になっていき、やがて力尽きたように派手な音を立てて地に伏す。
次の瞬間、突如として現れた黒い竜巻が竜の巨体をあっという間にさらっていったかと思うと、竜と同じ形の禍々しい角を持つ褐色の肌をした人間だけが残される。
「……クッ、もはや竜の姿すら保てないとは」
男は口の端から血を流しながら己の不甲斐なさを嘆くと、こちらを見ている瑠璃色に輝く鎧を纏った戦士を射抜くように睨む。
「女神の加護を受けた勇者とはいえ、この我が人間などに遅れを取るなど……」
勇者と呼ばれた鎧の戦士は、男に反撃する余力が残されていないのを確認すると、手にしていた剣を背中の鞘に収める。
兜を外して素顔を晒した鎧の戦士は、精悍な顔で男と視線を合わせて静かな声で話す。
「竜王ドラグーンよ。あなたは確かに強い。だが、その人間を見下す傲慢さが敗北を呼んだんだよ」
「ハッ、何を言うかと思えば……人間など、徒党を組んで根城に篭らなければ、とうの昔に魔物によって滅ぼされていた脆弱で惰弱な生き物ではないか」
「確かにあなたの言う通り、人間一人一人の力は弱いかもしれない」
鎧の戦士は憎らしげにこちらを睨む魔物の長、ドラグーンに負けないように真っ直ぐ見つめ返しながら話す。
「だが、人は弱いからに力を合わせることができるんだ。一人の力は弱くても、力を合わせれば何倍にも強くなり、どんな困難でも立ち向かうことができるようになるんだ。それこそ、竜王とだって対等に渡り合う事もね」
鎧の戦士の言葉に、彼の後ろに付き従う仲間が力強く頷く。
そんな強い絆で結ばれた勇者一行の姿を見て、ドラグーンは肩を揺らして笑う。
「……何が可笑しい?」
予想してなかった宿敵の反応に、鎧の戦死が眉根を寄せる。
「ククク、これは失礼……ただ、勇者の言葉の裏に気付いてしまってな」
「言葉の裏?」
怪訝そうに眉を顰める鎧の戦士に、ドラグーンは思わず笑った理由を話す。
「勇者よ。貴様の戯言、認めよう。確かに人間は我々魔物と違って他者と力を合わせ、強大な力を得る事ができるようだ」
だが、
「今まではその力は魔物だけに向けられていたが、今後もその力が正しく使われるという保証はどこにもないのだぞ。貴様はそれを理解しているのか?」
「……何だ、そんな事か」
鎧の戦士は、ドラグーンの質問に笑顔で応える。
「人間は平和を願い、平和の為に魔物と戦ってきたんだ。その力がそれ以外のことに使われるなんて絶対にあり得ないさ」
「……本気で言っているのか?」
「勿論、本気だ。人はあなたが言うほど愚かではないし、俺は人を信じている」
ドラグーンの脅しなど取るに足らない些末な事。鎧の戦士はそう言ってのけた。
「クク……どこまでもめでたい奴だ……ククク……」
ドラグーンは傷跡から血が吹き出るにも構わず立ち上がる。
「面白い! 我を滅し勇者よ。我の名において貴様に予言をしてやろう!」
豪快に笑うドラグーンであったが、体の限界が来たのか、鎧の戦士を指し示している指先から燃え尽きた炭の様にボロボロに朽ちていく。
そんな状況になっても獰猛に笑い続け、真っ直ぐに鎧の戦士に睨み続けながらドラグーンは叫び続ける。
「これから先、何も知らない他者によって容赦なく尊厳を踏みにじられ、壮絶な裏切りに遭い、世界中の全てが貴様を否定する日が来るだろう。それでも尚、その甘い信念が歪まぬかどうか地獄の底で見させてもらうぞ!」
鎧の戦士に向かって呪詛の言葉を吐いたドラグーンは、高笑いを響かせながら、最初からそこにいなかったかのように塵一つ残さず消えてしまう。
ドラグーンの最後を見届けた鎧の戦士は、
「安心しろ。そんな事態は、未来永劫訪れないから」
よく通る声ではっきりと宣言した。
魔物という人外の存在を使い、人類滅亡を企てた竜王ドラグーンの野望は、瑠璃色の鎧を着た戦士と、その仲間によって打ち滅ぼされた。
ドラグーンの死亡と共に各地の魔物も忽然とその姿を消し、魔物が放つ瘴気が消えたお陰で世界中を覆っていた暗雲が晴れ、世界に待望の日の光と平和が訪れた。
鎧の戦士とその仲間は、救世の勇者として世界中から称えられた。
救世の勇者となった鎧の戦士を各国の主が放っておく事は無く、姫の婿にとなって欲しいという話や、国を守る騎士になって欲しいという話、果ては望むだけ金を用意するから移住して欲しいという話がいくつも舞い込んできた。
しかし、鎧の戦士は全ての誘いをあっさり断ると、両親を支えたいと言って故郷の村へと帰っていった。
並の人間ならば、一生かかっても手に入らないような厚遇の話に一切の興味を持たず、平和の為だけに邁進した鎧の戦士を、人々は尊敬と親しみを込めて実直勇者と呼んだ。
※
――竜王討伐の報せから一年の時が過ぎ、世間でも勇者ブームにも陰りが見え始めた頃、実直勇者ことロイ・オネットは……、
「ロイ君……悪いけど、今日で仕事……辞めてもらえるかな?」
仕事をクビになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます