幕間 あなたを想って。


 私の名前は、『アンジェリカ・ローズ=ベルドゥムール』


 今はもう、私の寿命と魔力は、尽きかけ“光の影……人形”を保つのがやっとな存在だ。


 


 大魔術師と呼ばれ踏み出した。

 一歩目の昔の話をしよう。


 

 私はローズ=ベルドゥムールと言う家系。

『アンジェリカ』の名前を持ち。

 伯爵家の家系で、今こそは面影はないが、藍色の髪にエメラルドのような瞳。

 母さん似の容姿をしていた。



 私の家系は“”の家系では無く。

 どちらかといえば””、魔導具を生業とした家系……だった。



 ある時、私が小さい時、七? 八才くらいの時に、地球という世界ではの”冷蔵庫”をシャンゼリオンという自分の世界で作ろうと思い立ち、それを母親に見られた。



 そこから両親に””を見せてから、二人は各所に連絡をとって必要となる素材を集め始めていた。




 私はといえば、まだ年端もいかない子供に、両親からのとして冷蔵庫の効率化を考えるよう問題を与えられていた。




 勿論、効率化の正解は現役魔道具師である両親が既に答えを出しているのだが、それでは、私の成長にはならないとのことで、私なりの答えも導き出すようにとのことだった……

 両親の厳しさに涙が出そうであるが、魔道具師としての経験を積むためなので、私は精力的に取り掛かっていた。



 小さな頃から魔道具の開発に携わったというのは、将来の実績になる。

 その時にしっかりと胸を張れるように相応の実力を身に着けておかなければ。



 ………………



 そんなわけで両親から与えられた効率化の本を片手に、設計図や魔力回路を見直す作業を行った。



 魔道具師となり、優雅な生活を送るために、私自身に無駄にできる時間などない。

 そう、考えると私は、向上心が高かったのかもしれない……そう思う。



 そして、“煩わしい”近所の子供達からのが度々。

 正直な話し、私はモテた。

 子供だからでしょ?? そう考えに至るかも知れないが成人した私は“個人で爵位を持ち”となる。

 つまりは、家のローズ=ベルドゥムール伯爵家。

 そして私、自身の男爵家としての位を持つ。



 貴族社会は私にとっては“”でしかなかった。




 冷蔵庫の改良を考える方がよっぽど有意義だ。



 

「はぁ……好きな時に好きなことをできないというのは辛いものよね」

 

 私は、気持ちが、吐露する。

 年月が過ぎ成人してから“貴族社会”に揉まれる私。



 

「やっぱり、誰かと一緒に住むというのは……残念ながら私には合わないわ」

 これは家族に対してだ。

 ローズ=ベルドゥムール家として、また“”として、男爵位も得た見世物のパンダの様だ。

 ……特に””はそう扱う人だった。




 (早く一人前の魔道具師となって、独立して生活を謳歌しなければ)





 私が子供の頃の父と母の話を盗み聞きした事がある。



「アンジェリカは八歳とは思えないほどに大人びている。勉強もできて、魔術、剣術の稽古も筋がいい。そして何より“魔導具”だ」


 

 父の言葉……思い出しても私に期待をかけすぎな、気がするが母親もまた……

 


「それに魔道具師としての基礎も終えて、応用にまで手を出しているわね」


「こんなことを言ってしまうと親バカになるかもしれないけど、ミラに似て容姿だっていい。アンジェリカは将来かなりモテるだろうね」


 ※ミラ、私の母親でミランダと言う。



「ええ、きっと大人になったら……そうね、出来れば。素敵なお婿さんを貰って、ローズ=ベルドゥムール家を継いでくれると、嬉しいわ」




 (はああ、反吐が出る)





 そして約十年の月日が流れ。

 私は自身の工房を開く。

 これが『生命有る創世魔術』の始まり。

 最初は三人だった。


 


「おはよう!」

 アンジェリカが挨拶する。




 工房のデスクでクーラーの設計図を描いていると、工房の扉を開けて元気よく入ってくる者がいた。少し癖のある赤髪に翡翠色の瞳をした女性。




 彼女はルルージュといって、うちの工房の女従業員の一人だ。




「新しい魔道具の制作依頼がきたわよ!」




 ルルージュは快活な声を上げて、デスクに依頼書を並べた。




 ルルージュの仕事は、販売ルートの確保や納品作業、依頼の受注などといった工房の雑事だ。




「またすか?」




「仕事があるのはいいことじゃない。そんな嫌そうな顔しないの」




「そうなんですけど、問題は従業員が少ないことなんですよね」




 長い黒髪を後ろで結び、少し青みのある瞳の”ラファエル”が、やや嫌みのこもった声を私に飛ばしてくる。

 この付近には、見かけない様な顔立ちで、よく女性に間違われる。

 


「確かにそれもそうよね。これだけ売り上げも増えたのに従業員がたったの二人しかいないなんて……」




 そう、アンジェリカ工房の従業員はラファエルとルルージュの二人だけ。

 私を合わせても、たった三人。




「ねえ、アンジー。冷蔵庫の納品も落ち着いて、安定的な黒字も出ていることだし、そろそろ人を雇ってみない?」



 アンジェリカは即答する。

「必要ないわ」




 ルルージュが気持ちの悪い猫撫で声で言ってくるので即座に却下した。




「どうして? もっと人を増やせばたくさんの魔道具が作れて、工房の売り上げももっと上がるのよ? 世の中にはアンジェリカの魔道具を欲しがっている人がたくさんいるわ」




「何度も言っていると思うけど、私は自分の生活を快適にするために魔道具を作っているの。誰かのためだとか高尚な思いはさらさらないのよ。自分が作りたいものを作りたいの」




 そう、私は魔道具で人々を笑顔にする、街を豊かにするだなんて青い思いは持ってはいない。

 貴族社会に揉まれて捨てたのだ。




 全ては自分の生活を快適にするために作っているだけ趣味に近しい物だ。

 魔道具を売っているのは、それらの開発費用や、自分の生活のためだけで、ルルージュのような熱意は作り手の私は抱いていない。




「はぁ……あなたの考えはちっとも変わらないのね。発明している魔道具はすごいのに、本人がこれだなんて」




 人はそう簡単には変われない。

 変えるつもりもない。



 とりあえず、私はルルージュの持ってきてくれた依頼書を確認する。


 (どれどれ……)


 この中から自分のやりたいものだけをやればいい。

 興味がないものは引き受けない。

 後は勝手にルルージュが他所の工房に流すか、辞退するなど上手くやってくれるだろう。




「それでも俺は従業員の増員を願います!!」

 

 ルルージュの意見を否定したにもかかわらずに、またしても願い出るラファエル。



 即座に却下したいところであるが、彼には彼なりの切実な意見があるかもしれないので、一依頼書の確認を止めて一応は聞いてみる。




「どうして?」




「だって、このままじゃいつまで経っても俺に彼女ができないじゃないですか!! ルルージュさんは綺麗だけど既婚者だし、アンジェさんも男性に興味は無し。こんな職場じゃ出会いすらないんですよ!?」


 (一応、ちゃんと恋愛対象は男なんだけどね。それにラファが、長い髪を切るなりしたら少しはマシだろう女顔が中性的くらいには、なるんじゃないかしら??)

 アンジェリカは心で呟く。

 



 少しは多角的な意見が出ると思って真面目に聞いた私が、ただただバカだった。

 なんて浅はかな理由だろう。




「俺ももうすぐ十八歳です。そろそろ結婚を視野に入れたお付き合いってやつがしたいんですよ!」




「職場はあくまで仕事をする場所であって、出会いの場じゃない。うちの工房をなんだと思っているの?」




「うう、確かにそれはそうですけど、俺にだって潤いが欲しいし、結婚だってしたいんです!」




「大体、結婚のどこがいいのかしら? 結婚すれば、財産は共有され好きに使うこともできなくなる。それに自由に遊べる時間もなくなるし、趣味や仕事に打ち込む時間もなくなるんのよ? 大体、まだ魔道具師の資格もとれていない癖に女に現を抜かすような時間が貴方にお有りで??」



 ザ・正論




 ラファエルは魔道具師の見習いであり、まだ資格試験を突破できていない。




 魔道具師になるには国の筆記試験と、魔道具作りの実演を突破して、初めて魔道具師としての資格を手に入れることができる。

 それがなければ自ら作り上げた魔道具を売ることもできないし、自分の店を開くこともできない。

 それに、ただでさえ結婚は金がかかる。

 まだ一人で自立して収入を得ることすらできていないラファエルが、結婚などという茨の道に進むことができるのだろうか。



 (答えは否だ。茨の道を進むならワインの一つでもくれてやる。結局決めるのはラファエル自身だ)


 アンジェリカは改めて思う。

 

 そんなしょうもない考えは捨てて、まずは魔道具師への道を真っすぐに進むべきだろう。




「うう、ルルージュさん。アンジェリカさんが酷いことを言ってきます」




「言っていること全てに賛同はできないけど、ある意味正しいっていうのが質悪いわよね」



 (当たり前だ)



 痛いところを突かれて半泣きになっているラファエルと、苦笑いしているルルージュ。



 ラファエルを見てアンジェリカは思う。

 (こんなんだからか?? 私は子供の頃のガキンチョを思い出す。よく泣くのよね……)

 

 ラファエルも普通に業務過多だとか真面目に言ってくれれば検討くらいはしてやるのに……

 まあ、一番にそういう理由が出てこないということは、今の作業量でも余裕があるのでしょう。




 不毛な会話をしているが、部下の作業速度をしっかりと把握できたので良かったといえるだろう。




「でも、アンジー。結婚も悪いことばかりじゃないのよ? 愛する人と同じ時間を共有できるのは素晴らしいことだし、子供を育てる喜びだって味わえるわ」




「私は一人が好きなのよ。他人と毎日同じ時間を過ごすなんて苦痛でしかない。それに子供も好きでも何でもないわ」



 

 ルルージュが結婚の素晴らしさを丁寧に説いてくれるが、私にはそれらが一切魅力的に思えない。




 サラリと否定すると、優しげだったルルージュの顔から表情が抜け落ちた。




「……何度も交わした話題だけど不毛ね」




「本当、まったくよね」




 独身を愛するものと、いや……魔術と魔導具を愛する者と、既婚者が相容れるはずなどない。




 どれだけ議論を重ねようとも結婚観の共有は不可能だった。



「こんなんだからアンジェさんは結婚できないんですよ」




「勘違いしないでちょうだい。私は結婚できないんじゃないのよ、結婚しないの。そこを、はき違えないでもらえるかしら??」




 見合いの話や縁談の話はたくさんある。

 別にその気になれば結婚はできる。

 だが、私は独身でいることが、””だから”結婚しない”んだ。




 




 別に結婚になどまったく興味はないが、そのような烙印を押されるのは不愉快だ。

 そのように私が主張をすると、ラファエルとルルージュが顔を見合わせて呆れた表情を浮かべた。




「高学歴、高収入、容姿も端麗で美人。それに独身貴族……爵位持ちそれだけに勿体ないわよね」



 (一つ言いたいが、貴族爵位を家系と合わせて独立持ちだから、相手が、近づかないてのもあるわよ??)




 ため息交じりのルルージュの言葉がやけに工房内に響いた。




 ……………………



 



 そして、現在。



  異世界シャンゼリオンで、歴代最高と呼ばれる。

 ローズ=ベルドゥムール家の””。

 

『アンジェリカ』は自分自身の持てる魔術や知識を授ける。

 

 この世には存在し得ない。

 後継者を作り、継承すべく。

 自分の魔力と寿命を持って転生の儀式を行う。

 

 「…………必ず見つける。見つけ出す」

 

 そして、精神世界を創造し、後継者と成りうる魂を探し、『鈴村大地スズムラ ダイチ』と言う名の魂を見つける。


 ……

 

 だかしかし、同時に、零二ゼロツーと言う異界の冥王、死を司る神が現れる。

 大地に引き継ぐはずの『生命有る創世魔術』も、ゼロツーと共作して行う事になる。



 彼は私と同じく顔は見えない。

 黒い影の人形の形。

 だが、そのが、私を釘付けにして目が離せない。

 彼は魔術に対して“流石”だと、興味深い話を沢山してくれる。

 それは、私の理解が及ばぬ所まで、私は短いこの時間でゼロツーの事が気になり始めていた。

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