第2話 男の過去


〜〜 男視点 〜〜



 一度目の人生は、本当に悲惨なものだった。


 貧しい家に生まれた俺は、子供の頃から働きに出ていた。しかし、働けど働けど生活は良くならず、むしろ悪化の一途を辿っていた。それでも幼い妹と弟に食わせるために、懸命に働いた。

 

 俺が十七歳になった頃、流行病で両親と弟が死に、妹と二人だけになった。


 両親が生きていた頃からその日暮らしが続いていたが、とうとう食事にありつけない日も出てくるようになった。

 俺は妹のために死に物狂いで働いた。


 悲劇が訪れたのは十八歳の時だった。


 働くためだけに生まれてきたような俺でも、友と呼べる人間がたった一人だけいた。

 ある日その友人に、儲かる仕事があるから紹介してやると言われ、とある貴族の家に住み込みで働くことになった。


 友人に騙されたと気づいたのは、働き始めてすぐのことだった。屋敷の主人に殺されかけたのだ。主人は所謂サディストで、何人もの使用人を痛めつけ殺したことがある人物だった。俺は、友と思っていた奴に売られたのだ。


 命からがら家に逃げ帰ると、そこには見知らぬ男たちと、変わり果てた妹の姿があった。


 男たちに犯されたのか、妹の服はズタズタに破れ、首には絞められたような跡があった。すでに息絶えた後だった。


 男たちの中に友と思っていた人物を見つけると、俺は荒れ狂ったように襲いかかった。しかし、その男に心臓をナイフで刺され、あっけなく死んだ。




 次に目が覚めたとき、そこは雲の上だった。

 あたり一面に雲の絨毯が敷き詰められていて、見上げれば真っ青な空が広がっている。とても美しい光景だった。すぐに天国なのだと悟った。


 すると、よくわからないまま長い列に並ばされた。列が捌けるまでしばらく待ったあと、とうとう自分の番が来た。


 そこには一人の少女がいた。とても美しい少女だった。長い白銀の髪はサラサラとなびいていて、大きな金色の瞳は誰よりも慈愛に満ち溢れていた。きっと女神なんだと思った。


 傷一つなく美しく、汚れを知らない彼女を見て、俺の中の何かが弾けた。


 気づくと俺は、少女の肩を乱暴に掴み、これまでの全ての不満をぶちまけていた。彼女に向かって己の悲運を嘆き、自分の人生を洗いざらい全て話した。


 これで死んだ家族が救われるわけではないということはわかっていた。しかし、そうでもしないと自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。


 全てを吐き出した俺は、酷く息が上がっていた。

 しばらく肩で息をし呼吸を整えると、ようやく冷静になってきた。冴えてきた頭で眼の前の少女を見遣ると、俺は驚きのあまり目を見開いた。


 彼女の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れていたのだ。


 俺のために涙を流してくれたのは、君だけだった。君だけが、俺のために泣いてくれた。


「それは……お辛かったですね……」


 そう言いながら、彼女はまだ涙を流し続けている。鈴の音のような、とても可愛らしい声だった。

 少女を泣かせてしまったことに今更焦りを感じ、どうしようかとオロオロしていると、ふとこの少女が一体何者なのかまだ聞いていないことに気がついた。


「君、名前は?」

「? アステリアと申します」


 彼女は名前を聞かれたことに不思議そうな顔をしながらも、涙を拭きながら答えてくれた。

 アステリア――。とても美しい名前だと思った。


「君は一体何者なんだ?」

「私は神様です。不運な死を遂げた人間さんに、特別な能力を授け、転生させることが私の仕事です」


 やはりこの子は女神だった。俺にとっての、たった一人の女神――。今ここで彼女と出会えただけで、前世の悲運が全て報われた気がした。


「何かお望みの能力はありますか? 行きたい世界などあれば、教えて下さい。可能な限り叶えさせていただきます」


 望む力。行きたい場所。それはもう、君に会った瞬間から決まっていた。多分、一目惚れだった。


「神になるにはどうしたらいい?」


 そう聞く俺に、彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。そんな彼女も、非常に愛らしく感じた。彼女のもっといろんな表情を見てみたかった。


「人を助け、善行をし、徳を積んだ人生を七度繰り返せば、人間さんでも神になれる、と聞いたことがあります」


 神になる方法なんていう突飛な質問でも、彼女は馬鹿にすることなく丁寧に教えてくれた。


 そして俺は決心する。神になって、君の隣に立つと。


 俺は彼女の大きな瞳をじっと見つめながら、自分の決意を口にした。


「アステリア。俺は何度生まれ変わっても、不運な死を遂げて君に会いに来る」


 俺の言葉の意味がわからないというように、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

 そして、困ったように苦笑しながら言葉を発した。


「私は、転生先で幸せそうに生きているあなたを見られる方が、余程嬉しいのですよ」

「わかった。幸せに暮らす。約束する」


 生まれ変わったら、幸せに暮らし、徳を積み、不運な死を遂げる。それをあと六回繰り返す。

 そして、神となり、アステリアに求婚する。


 自分の指針が決まった俺は、彼女に欲しい能力を伝え、一回目の転生を遂げた。



 知恵の泉を手に入れた俺は、二度目の人生では薬師となって多くの患者の命を救った。しかし、疫病が蔓延する地域で救命活動を行ううち、自分も疫病にかかってあっけなく死んだ。

 

 強靭な肉体を手に入れた俺は、三度目の人生では聖職者として世界中を渡り歩き、貧しい人々を救った。しかし、旅の途中で野盗に襲われてまたあっけなく死んだ。


 誰にも負けない戦闘能力を手に入れた俺は、四度目の人生では騎士となり多くのか弱き者を守った。しかし、腐敗した王家の政権争いに巻き込まれ、無実の罪で処刑された。

 

 国を率いる才能を手に入れた俺は、五度目の人生では国を治め民を正しき道に導いた。しかし、類を見ない干ばつにより、民は死に国は滅んだ。


 天候を操る力を手に入れた俺は、六度目の人生では天候を操り多くの者に実りを与えた。しかし、大陸全土を巻き込む世界大戦が勃発し、命を落とした。


 世界を統べる力を手に入れた俺は、七度目の人生では世界を統一し、国同士の戦争を無くした。そして天寿を全うした。


 こうして七度の人生を繰り返した俺は神となり、今アステリアの前にいる。


 彼女に会うために、すべての人生でわざと不運な死を遂げられるよう仕向けたのは、神になるに当たっては特に問題にならなかった。

 そして俺は七度の人生で、一度も妻を娶らなかった。俺の愛は、いついかなる時でも彼女に向けられていたからだ。


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