track1. プロローグ -20 years after(intro)-

 ――あれから、もう20年経つのか。



track1. プロローグ-20 years after(intro)-



 腕時計を見ると、約束の時間まで30分。

 短くなった煙草を灰皿に押し付けて、俺は貸切状態の喫煙所をあとにした。


 いまや時代は令和――音楽業界は俺たちが学生だった頃と様変さまがわりしている。

 平成の世に飛ぶように売れていたCDは大きくセールスを落とし、今はサブスクリプションが主流の時代だ。CDを好んで買うのはミュージシャンの熱心なファンか特典目的のコレクターくらいだろう。

 ロックバンドに歌姫、ダンスグループに数多くのアイドルたち――世間を席巻せっけんする存在は次々に移り変わってきたが、世の中には音楽以外の娯楽があふれ、あの頃に比べると音楽業界の勢いは随分と落ち着いたように思う。


 そんな時代にあっても、俺は音楽を生業なりわいとしているミュージシャンたちが心底しんそこうらやましい。

 音楽にすべてをける選択を俺はしなかった――いや、できなかったからだ。

 お蔭さまで結婚して子供も二人いる現在いまは間違いなく幸せだと言える。

 それでもかつて憧れた世界をあきらめきれず、俺は今日もライターとして音楽の世界の片隅にその身を置いていた。


 指定された事務所を訪ねると、マネージャーを名乗る女性が会議室に通してくれた。荷物を置いてから名刺を差し出す。


「本日取材させて頂く夏野です、よろしくお願いいたします」


 彼女は笑顔で「勿論もちろん存じ上げております」と名刺を受け取った。

 国内外問わず様々なミュージシャンの取材を重ねてきたこともあり、俺も少しは業界内で名前が知られてきたようだ。

 最近では先方からインタビュアーに指名されるケースもある。

 そう――それこそ今日のように。


 しかし、今日は俺にとっても特別な一日だ。

 『あいつ』に逢うのは、もう何年振りになるだろう。


 マネージャーが部屋を出ていった。

 ソファーに腰かけると机の上に並ぶCDが目に入る。

 ジャケットに写る『あいつ』はすました表情を作っていたが、そこには確かに当時の面影おもかげがあった。


「――変わんねぇな」


 思わず、つぶやく。

 その眼差まなざしに見つめられながら、俺は一人思い出を辿たどった。


 およそ20年前――『あいつ』と共に駆け抜けた、音楽一色の懐かしい日々を。

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