夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-
未来屋 環
track0. 幕間 -Interlude 5.5-
――歌を忘れた鳥の行く末を、君は知っているかい?
track0.
曲が終わる。
初々しい新入生バンドは入念な練習を積んできたのだろう。
アウトロを見事に弾き終えたキーボードが残響で室内を彩る。
その消えゆく音に追いすがろうと、観客たちが盛大な拍手を送った。
――あぁ、やっぱり音楽は最高だ。
そんな当たり前のことを、今更ながらに思い出す。
次はもう自分たちの出番だというのに、俺は
先輩の講評を緊張の面持ちで聞く彼女たちを眺めていると、その中の一人と目が合う。
黒いストレートヘアを揺らす彼女の顔は、マスクで半分以上隠れていた。
力強くも華やかにメロディーを刻んだキーボーディストは猫のような目でこちらを見ていたが、不意にするりと視線を外す。
まるで何かから
「――夏野さん、大丈夫?」
左側から
視線を向けるとそのギタリストは
攻撃的にすら見える明るい茶髪の彼は、鋭い眼差しの奥に気遣いの色を見せる。
俺が笑みを浮かべて小さく
「そろそろスタンバイです」
周囲のメンバーを促しつつ、俺はできるだけ目立たないように立ち上がる。
視聴覚室の前方――楽器が並べられているステージへ近付く度に鼓動が跳ねた。
これは恐れか――それとも
自分でもその感情を測りかねながら進む。
一歩一歩、踏み締める毎に過去の思い出が胸を去来した。
歌を歌うのが好きだった。
会場を染め上げる熱狂の声、ステージから見える観客の笑顔、そして――隣から響くギターの音色。
すべてが俺をこの世界につなぎとめていた。
そう――あの日、すべてを
何もできないまま無情にも時間は過ぎていく。
このままきっと、俺は音楽とは無縁の人生を送るんだろう――本気でそう思っていた。
それなのに、おまえは俺の灰色の世界を
胸が
「――はい、それでは皆さまお待ちかね、最後のバンドです!」
場内にアナウンスが響く。
現実世界に意識を引き戻された俺は、静かに目を開いた。
沢山の観客たちがマイクの前に立つ俺を見ている。
好意的なものからこちらを品定めするようなもの、そして敵意を
そこに立っているのは、俺をこの世界にもう一度連れ戻したギタリスト。
――時は満ちた。
ここまできたら、もう『やるしかない』。
俺は無言で深く一礼する。
ざわめきがぴたりと止んだ。
――さぁ、準備はいいかい?
俺は息を大きく吸ったあと、目の前のマイクに向かって歌声を放つ。
己のすべてを解き放つように――果ては世界を切り裂くように。
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