第35話 拠点を作ろう! 4



(主人公視点)


 明けまして月曜日。新しい週の始まりだ。もう会社に行かなくっていいと考えただけで世界が明るく見えるね!

 でも妹に心配をかけたくないのでいつも通りのルーチン。まあ、新しい仕事を探すことは伝えてあるからもうしばらくの辛抱だ。訴訟関係でおおよその目処が付いたら退職したと打ち明けよう。たぶん1、2週間ぐらいだろう。


 朝食の準備をしながら昨日のことを思い出す。

 昨日は、本体は国のトップ100人と面接した。マウントを取っただけともいう。最後に面白い話も聞けたし。

 分霊1号こと三上静也のほうは、妹とのデートである。東京まで足を伸ばしてのデパート巡りだ。かかった費用は電車賃(実は母の実家も会社も北関東のそれなりの大都市にあって割りと遠くない)と昼食代とちょっとしたファンシーグッズのみだ。いい年の男が情けないだって? 二人の平均年齢でいえば17歳なんだから十分なんだよ! 贅沢は敵だ!


 妹の学校の支度ができているのを確認してから出かける。一日の中で妹とコミュニケーションできる大切な時間だ。短くとも疎かにはできない。


「じゃあ、奈津美、行ってきます」


「ひってらっさーい」


 奈津美がパンを咥えながら見送ってくれる。マナーがなってないとか、そんなことはどうでもいい。逆に気の置けない家族だという思いが強く感じられるというものだ。


 さて、これから2週間ぐらいは朝早く家を出て夜9時ぐらいまで時間を潰すことになる。たぶん何度か弁護士さんと話し合いがあるし、ことによっては会社との話し合いにも顔を出さないとならないかもしれないので、そこまで暇にならないのは単純にありがたい。

 弁護士さんによると、今日はまだ週の初めなので、会社側の弁護士との顔合わせすらできていないということで予定が立てられないそうだ。

 完全フリーである。


 じゃあ暇かというとそうでもない。

 せっかく首相たちが探してくれた物件だ。内見といこうではないか。静也の身体で。

 神になって分霊などというチートな技を使えるようになったが、実は意識は一つのほうが楽なのだ。分霊2号3号だけならモニターで2窓3窓する程度だが、静也の身体がまだちょっと慣れない。例えていえば、着膨れして分厚い手袋を嵌めている感じ、かな? まあ、過労で要入院レベルのお墨付きがあるので不自然ではないだろう。

 だから今日は本体は背後霊よろしく取り憑くだけにして、99%の意識を静也に割り振ろうと思っている。


 念のため静也のスマホでは廃墟の検索はしない。昨日の情報は完全記憶のスキルで覚えているから問題ない。この監視社会で油断は禁物、関連性を疑われても面倒だ。転職にご利益のある神社とかの検索履歴ならタイムリーだが、廃墟はちょっとね……


 念には念を入れて変装する。人気のないところで『隠蔽』の魔法をかける。カバンと上着をアイテムボックスに収納し、幻影魔法で別人の姿に。静也はヒョロガリなので全く逆のガテン系の中年作業員風だ。ヘルメットに眼鏡、まだまだ需要のあるマスクで完璧だ。

 まあ、隠蔽魔法使うので本当に念のためでしかないが。ほら、ラノベだと『異能者』とか『退魔師』とかいるじゃん? そういうのが俺の隠蔽魔法に気付いた時の保険よ。昨日首相の話を聞いてありえなくもないって思ったからさ。実際俺みたいな存在がいるわけだし、もしかしたら異世界帰りの勇者(笑)がゴロゴロいるかもしれないし。


 変装魔法と隠蔽魔法を維持したまま転移する。

 まずは上空に。俯瞰して広さを確かめる。次に正面から眺める。中は興味はない。幽霊がいようともだ。

 あとは周囲の観察だ。周囲といっても建物の周りだけではない。その建物が属する自治体の雰囲気や住民の生活環境などが見たいのだ。こればかりは神の目でもネットの情報でも実情は把握できないだろう。静也の足で目で確かめなければ。まるで刑事のようだなぁ。


 何故そこまで拘るのか。それは静也の次の仕事場を、正確には妹と住む場所を本体の目の届くところにしたかったからだ。もちろん、分霊2号が憑いているので本体が日本はおろか世界のどこにいようとも目は届くし、転移魔法で一瞬なのだが、そういうことではない。気持ちの問題だ。

 主観で35年ぶりの、もう二度と逢えないと諦めていたところでの再会だ。暴走しなかっただけで偉いと褒められて然るべきじゃないか?


 総理大臣に凸したのは暴走じゃないかって? 

 ……認めるのに吝かではないかもしれないと言っておこう。


 まあ、それはともかく、俺は候補地を時間をかけて歩き回った。とくに妹が通うかもしれない小学校の近辺は丹念に見て回る。登下校の様子や、子供が一人で歩いていても問題ないかとかな。決して怪しい者ではありません!


 候補地は不思議と環境が似ていた。

 まず、都心ではない。23区に数えられる地域もあるが西部一帯に偏っている。そして主要駅や幹線道路から離れている。ベッドタウンとして住宅地が多いが農地も結構ある。


 俺の、三上静也の記憶では東京は都心近くの観光地にしか行ったことがないので、『ここは本当に東京か!? ウチの地元より寂れてるんですが!?』と思ったのも無理はない。人口の一極集中の影響なのだろう。昨今の少子高齢化の影響もある。同じ『東京都』を冠していても人口密度に差が出るのも仕方がない。そりゃ病院も小学校も経営破綻するだろう。工場なんかは単純に親会社の都合かな。不況が続いてるからな。


 こうして毎日のルーチンに候補地巡りが加わって3日目の午後、首相から分霊3号に連絡があった。廃村のほうも候補が揃ったと。


 奇しくも同じ日に弁護士さんからも連絡をもらった。会社側との話し合いの日が決まったと。


 こりゃ忙しくなるな。

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