神ングアウト ~お兄ちゃんは二足の草鞋でガンバル~
樹洞歌
第1話 くまクマ熊くゎむぁ・・・
東京。首相官邸の一室。
「藤堂さん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃありませんか?」
一人の男が会議用テーブルの一角、お誕生日席やら議長席などと言われている席の男に話しかけた。
藤堂と呼ばれたのはこの国の政治のトップ、内閣総理大臣である。話しかけたのは閣僚の一人、財務大臣だ。
「そうそう。総理がどうしてもと言うから、予定を二つ三つキャンセルせざるを得なかったんですぞ?」
「せめて何の集まりか、理由くらいは知っておきたかったんですがね」
財務大臣の発言を皮切りに次々と参加者が発言する。ほぼ愚痴みたいなものであるが。
会議参加者は総理大臣を含めた各大臣が全員と内閣官房長官である。他は副大臣も事務次官も一人もいない。秘書など書記もいないことから異例の会議だと思われているようだ。何といっても閣議室を使わず、予備の部屋に大臣だけを呼びつけて、総理大臣自らがドアの戸締りを確認していたのだ。
「……約束の時間まであと少しです。お願いですからそれまで待ってください」
日本人の美徳なのか、呼び出された大臣たちは指定時間より早めに集まっていた。実際は緊急の会議ということで議題も教えられていなかったため、少しでもいいから情報を得ようと発起人の総理大臣にあれこれ尋ねる時間がほしかったのだ。
だが、総理の返事は一貫したものだ。予定時間を待て、それだけである。
「藤堂さんがそこまでいうなら……」
「誰か海外の要人が秘密裡に会談を申し込んだか?」
「しかし、それなら我々に秘密にする理由がわからん。そもそもそんな情報は入っていないぞ?」
トップに待つよう言われた面々は、何時間も待つわけじゃなしと、更なる追求は断念する。後数分のことだと、予想をお互いにぶつけ合うことで時間を潰すことにしたようだ。
「……そろそろ時間だ……これで何も起こらなかったら……ふふ、ボケが始まったか……」
「藤堂さん、一体何を―――」
『がおー!』
「誰だ!」
予定時間に差し掛かり、総理が不穏な発言をしたため皆の意識が総理に集まった。
そのタイミングで、大声であるものの何ともマヌケな声が聞こえた。
大臣たちは一斉に声のした方に目を向ける。大臣の一人が誰何したが、それもそのはず、この部屋は盗聴・盗撮対策で窓もなく、念入りに施錠されたはずのドアが開いた様子もなかった。それなのに席についている顔馴染みの閣僚以外の人間がいるはずもない。
この人物の来訪が総理大臣の予定かと気付いた者もいたが、その人物の姿を目にしたとたん別の疑問でいっぱいになってしまった。
「く、クマ?」
大臣たちが目にしたのは確かにクマだった。両手を挙げて威嚇のポーズを取っている。
だが、パニックは起きなかった。
なぜなら、クマはクマでも、全身黄色で赤いスカーフを巻いた、版権的にどうかと思われる、あの有名なキャラクターの着ぐるみだったからだ。
『がおー。クマだぞー。恐いんだぞー(版権的に)』
ちなみに目の部分だけ黒い横線が入っているのはせめてもの保険だろう。
「総理! 一体何のつもりだ!?」
「藤堂さん! こんなものを見せるため我々を集めたんですか!?」
「バカバカしい! イベントの出し物だとしてもそれなりの部署があるだろう!」
「ま、待ってくれ。わ、私もこんなことは聞いてない!」
突然現れたクマのフ○ーさんだったが、大臣たちは総理大臣に怒りの矛先を向けた。トップはつらいよ。
「まあまあ。皆さん落ち着いてください。総理がこんなふざけたマネをするはずがありません。詳しい話を聞いてみないとわからないではありませんか」
「よ、吉沢君、すまん……」
総理にとっては幸いなことに、内閣官房長官が大臣たちを宥めてくれた。
「そ、そうですな。中に重要人物が隠れているということもありえますな」
「見た目に騙されたということか?」
「このノリはアメリカ人か?」
「しかし、いつの間に部屋に入ってきたのだ? 隠し部屋でもあるのか?」
「まさか、最新の光学迷彩機能というわけじゃないだろうな?」
「おお、重要なのは中の人ではなく、ガワということか?」
「それなら秘密厳守なのはわかるが、我々を集めた理由がわからん」
「たしかに。防衛省や外務省なら辛うじて関係ありそうだが、私は農林水産大臣だぞ? 光学迷彩とやらをどう利用しろというんだ?」
官房長官のおかげで総理への追及は避けられたが、今度は大臣たちがあらぬ方向へ想像力を働かせていた。総理とクマはそっちのけで。
再び方向修正したのはやはり官房長官だった。総理の人選が正しかったようだ。
「皆さん、それぐらいで。皆さんがあれこれ話しても埒が明きません。総理のお話を聞きませんか?」
「……ああ。そうだな。藤堂さん、そういうことだ。もう全部教えてくれてもよかろう?」
官房長官に促され、大臣たちが静まり返る。
そして一人が改めて総理大臣へ説明を要求するのだった。
「……わかりました……お話しましょう。ですが、私もいまだに実感がないことは明言しておきます。結論から申しますと、着ぐるみ姿で現れるとは聞いてませんでしたが、あの方はたぶん、おそらく……神です……」
「「「「は?」」」」
「藤堂さん、アンタ、何を言っ―――」
「「「「ッ――――」」」」
総理大臣の説明に一同が『???』状態になり、一人が非難しようとしたところ、急に口をパクパクさせた。どうやら声が出なくなったようである。その症状は総理も含めて全員同じだった。
と同時に、ポフポフという音が聞こえてくる。
出所は、クマが着ぐるみの手を打ち鳴らしているようだ。素手であればパンパンと小気味よく鳴っていたことだろう。
『はい。皆さんが静かになるまで15分かかりました(適当)。校長先生は悲しいです』
何かクマが小ネタを挟んだが、大臣たちはそれどころではなかった。
声を出したくても声が出ない。立ち上がって逃げ出したくても、何故か身体が動かない。それどころか目に見えない力でクマの方へ顔を向けられ目が離せないようになっていた。内心パニックである。総理大臣もそのうちの一人だったが、諦観が勝っていたため比較的落ち着いていた。
『おや? 皆さん、表情が優れませんね。ではここで豆知識を披露しましょう』
大臣たちの心情など気にした様子もなく、クマは話を続けるようだ。人でなし。
『ああ、私はカムイです。皆さんにはカムイ様と呼ぶことを許しましょう。光栄に思っていいですよ。それで豆知識ですが、クマという名前は、元々アイヌ語で「神」を意味する「カムイ」から来ているんですねえ。クマクマクマくゎむぁくゎむぃカムイ……ね? おもしろいでしょう? このネタのためだけに版権ギリギリの着ぐるみを着てきたんですよ』
要らない情報もあったが、総理大臣だけはこれが自己紹介だと理解した。
だが、いまだパニック状態の大臣たちはクマの話についていけてない。それは悪ノリしたクマ自身もわかっているようだ。
『う~ん……一人くらいオタクの大臣がいてもいいと思うけどなあ……というか、元ネタすぎて伝わらなかったか。反省反省。忍者だと思われても困るし、ハッキリ言ったほうがいいか』
アクティブなクマは反省のポーズ?を取りながら大きな独り言を言っている。
そしておもむろに大臣たちへ向き直るとその姿を消した。
現れたのは光だ。人型をした光が現れた。直視した大臣たちは身体が動かないものだから手で目隠しすることもできず、声が出せないものだから『目が~、目が~!』とネタにしか聞こえないセリフを吐くこともできなかった。
そんな大臣たちの惨状を気にすることもなく、クマ改め光の人物は改めて自己紹介するようだ。
『あたしゃ、神サマだよ! あんだってぇ? という返しは要りません』
大臣たちが口が利けないと知っていながらのボケである。
会議は始まったばかりだった。
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