ヒーロー

鳴宮琥珀

再会

その日僕はヒーローに出会った。そして一瞬で恋に落ちてしまった。


 僕の名前は槙谷悠佑(まきやゆうすけ)。今日から高校生活が始まる。朝から緊張しすぎて入学式の内容を全く覚えていない。とにもかくにも僕には目標がある。それは、友達をたくさん作ること。そのためにわざわざ地元から遠い高校を選んだ。と言っても僕はどちらかと言えば人見知りをするタイプなので、簡単には自分から話しかけることができない。話のきっかけを見つけるためにも、とりあえず教室を見まわしてみる。すでに何人かはグループを作って話に花を咲かせていた。

(やばい、早く話しかけないと…)

焦る気持ちを抑えつつ、自分の心の中で話しかけるシミュレーションをして、深呼吸をする。その時、

「あの、」

悠佑の肩を誰かが叩いた。

「ぴゃっ!?」

身体が跳ね上がると同時に変な声も出てしまった。

「ぴゃ…?落ちた消しゴム、拾ってほしいんだけど。」

後ろを振り返ると、無表情な男子が首をかしげながら、床に落ちた消しゴムを指さしていた。切りそろえられた前髪からのぞかせる整った顔立ちは、いかにもモテそうな感じだ。消しゴムはちょうど悠佑の椅子の下に転がってしまったらしい。

「あ、はい!どうぞ!」

急いで椅子の下の消しゴムを拾い、男子に手渡す。

「ありがと。」

相変わらず表情を一切変えずにお礼を言う。だがこれはチャンスだと悠佑は思った。とりあえず、何か話さないと。

「ぼ、僕は槙谷悠佑! よろしくっ‼」

勢いよく言ったからか、声が裏返ってしまった。恥ずかしくて目を伏せた悠佑とは裏腹に、

「ああ、山川遥人(やまかわはると)。よろしく。」

遥人は、全く気にする様子もなく淡々と返事をした。悠佑は、ほっと胸を撫でおろし、続けて会話しようと「あの、それで…」と、言いかけた言葉にかぶさるように、

「遥人―――――――――‼」

という元気な声が聞こえてきた。そしてその声の主は遥人の身体に思い切り抱きついた。

「‼」

悠佑は口をあんぐり開ける。まつげが長く真ん丸な瞳に、寝ぐせの付いた無造作な髪型。左髪には、クロスされた下に二本、合計四本のヘアピンがついていた。小動物っぽい可愛らしい男の子だった。まじまじと観察していると、遥人にタコの口で近づいたのを手で阻止されながら、

「え?遥人の友達?」

と、遥人と悠佑を見てきょとんとした顔をする。

(と、友達、なのかな?今さっき初めて話したけど…)

悠佑はドキドキしながら、遥人の方を見つめる。

「ん? うん。」

「!」

遥人は迷わずに頷いた。悠佑は、高校に入って初めての友達という存在に胸がきゅっとなって、どうしようもなく嬉しい気持ちになる。

(友達、友達。)

嬉しくて心の中で何度も言ってしまう。

「俺、青敷詩(あおしきうた)! 俺とも仲良くして~~‼」

詩は一度遥人から離れると、悠佑の方に向き合い、自己紹介をした。詩は見るからに人懐っこそうな性格をしていて、全体的に遥人とは真逆に見える。

「も、もちろん!僕は、槙谷悠佑。」

悠佑もピシッと姿勢を正して、自己紹介を返す。

「まきや‼」

詩は嬉しそうに笑って、悠佑の名前を呼んだ。遥人は「こっち」と言って詩に自分の膝に乗るように促している。詩が「重い?」と問いかけ、「全然。」と遥人が首を横に振っているのを見ながら、悠佑は(それにしても、この二人距離が近いな…)と考えていた。そして、悠佑の心に芽生えた一つの可能性をポロっと口に出した。

「二人って…付き合ってるの?」

【気持ち悪い。】

言い切ると同時に悠佑の頭の中に苦い言葉が流れてきてハッとなる。今の発言は〈普通〉じゃなかったかもしれない。自分の浅はかな発言に怖くなり、

「やっぱ何でも、」

と発言を取り消そうとする声に詩の言葉が重なる。

「えー(笑)付き合ってないよ‼俺と遥人は幼馴染。」

無表情な遥人の頬を、膝の上にちょこんと座りながらペチペチ叩いて、詩は言葉を続けた。

「遥人はこのとーり、そーゆーこと興味ないし、俺もかわいい女の子が好きだからねー。」

詩は無邪気な顔で笑っている。笑うと唇の間から八重歯が覗いてかわいらしい。

「そっか…。」

そう答えながらも悠佑は、自分の問いかけに何の違和感を持たずにさらっと答えた詩に、心底ほっとしていた。

(何してんだろ、僕。)

あの時から変なことは言わないように気を付けていたつもりなのに、ポロっと出してしまったことに反省する。

それからは主に詩が中心となって悠佑に質問をし、悠佑がそれに答えるといった形式に変わった。遥人は、二人の会話を静かに聞いていた。二人で話すときも多分、詩が話して遥人が聞いているんだろう。詩は話し上手だし、遥人は聞き上手だから、意外とぴったりはまる幼馴染なのかもしれない。悠佑も詩の人懐っこさと遥人の落ち着いた態度で、人見知りせずに楽しく会話することが出来た。友達の存在を改めてかみしめる。やはり、遠くの高校を選んでよかったと思う。

そんなこんなで二人と話していると、誰かが教室の前の廊下を通った。正確には、悠佑には見えていないけれど。そんな感じがした。悠佑は無意識に椅子から立ち上がっていた。どうしてそう思ったのかは分からない。そんなわけない、彼がここにいるはずがない、心の中で何度もつぶやく。それとは反対に、悠佑の期待は徐々に高まっていく。突然立ち上がった悠佑に詩はびっくりした顔で「まきや?」と話しかけたが、「ごめん、ちょっと、」と言って、教室から飛び出した。

まさに身体が引き寄せられるような感覚だった。確信はないけれど確実に悠佑の胸は高鳴っていた。教室を出て左右を確認する。悠佑の教室の廊下の少し先、ずっと会いたかった、待ちわびていた背中がそこにはあった。身長が大分伸びて、大人びていたけれど悠佑はすぐに彼だと分かった。

「いっ、樹(いつき)!」

悠佑はその背中に声をかける。樹は肩をびくっと震わせてこちらを振り返る。

(やばい、樹めちゃくちゃかっこよくなってる……)

きりっとした目元、高い鼻、薄い唇、あのころの面影はあるものの、いい方向に成長していた。悠佑は高鳴る心臓を落ち着かせながら樹の方を見る。

「ゆうすけ?」

樹が口を開く。当たり前だけど、声変わりしている声は低く、クールな顔立ちも相まって、さらにかっこよく見えて困る。

「うん。」

樹の問いかけに悠佑は首を縦に振った。困惑していた樹の表情がどんどん晴れていくのが分かる。

「悠佑!久しぶり!」

「ひさしぶり…」

樹は悠佑の肩をつかんで嬉しそうに言った。そして

「また会えたな!」

と言って目を細めて笑った。

(ああ、樹だ。樹がいる。笑った顔全然変わってないや。)

小学校の頃の彼の笑顔と、今目の前にいる彼の笑顔が重なり、懐かしい気持ちになる。

「ぼくっ」(樹に伝えたいことがある。)

悠佑の言葉を予鈴のチャイムの音が遮った。今日はよく言葉を遮られる気がする。

「あ…ごめん、もう戻るね。」

残念だけど仕方ない。クラスは違えど、また学校で会えるのだからいつでも伝えられる。そう考えて、悠佑は樹に手を振って教室に戻ろうとしたが、

「悠佑!」

それを樹が遮った。もう一度彼に名前を呼んでもらえることがくすぐったい。そう思いながら振り返る。

「放課後、一緒に帰らないか?」

唐突な、思ってもない誘いに悠佑はびっくりした。樹も僕との再会を喜んでくれているような提案で、言葉には表せないほど嬉しかった。

「うん…」

悠佑は自分のうきうきした気持ちがばれないように、なるべく穏やかな笑顔で返事をした。

「じゃあ、また放課後な。迎えに行く。」

そう言って悠佑に手を振った樹は、背を向けて自分のクラスに戻っていった。その姿を、手を振り返しながら見つめる。しばらく後ろ姿に見惚れてぼーっとしていたけれど、本鈴のチャイムの音に現実を引き戻され、慌てて教室に滑り込んだ。幸い先生は来るのが遅れているようだ。ドアの近くの席でよかったと、ほっとして、熱くなった自分の身体に手をパタパタさせて、風を送る。

「あ、おかえり。何かあった?」

遥人が後ろの席から声をかけてくる。すでに詩は自分の席に戻っていたが、こちらが気になるのか、ちらちらと後ろを振り返っては悠佑と遥人を見ている。そりゃ話の途中で突然席を立ち、細かい事情を話さずに教室を出て、チャイムぎりぎりに戻ってきたのだから気にもなるだろう。

(後でちゃんと謝らないとな。)

「まあ、ちょっと昔の知り合いに会って。」

悠佑は少し考えた結果、一番無難な答え方をした。決して嘘はついていない。

「ああ、なるほど。」

遥人はそれ以上聞いてくることはなく、先生が来るまで二人で他愛もない話をした。その間にも悠佑の頭の中には、さっきまで話していた樹の「また放課後な。」と言った声が脳内で反芻していた。

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