乙女は今日も恋をする

藍無

一日目 記憶喪失

『昨日、午後六時ごろ駅前で人が車にひかれる事故が発生しました。詳細は今_』

テレビからは昨日の事故のことが放送されている。

彼女の渚は、その事故にまきこまれたことで昨日、病院に搬送された。

「先生、渚は、渚は大丈夫なんですよね?」

俺がそう聞くと、病院の医者は難しい顔でこちらを見て、

「そうですねえ、、、一命はとりとめましたが、意識が戻るかは、、それに意識が戻ったとして脳の一部がすこし、、、、正直言って厳しい状況です。」

そんな、、。

「そんな、嘘ですよね、、?昨日まで、昨日まで普通に、、、」

普通に話していたじゃないか。

もし、渚があの車にひかれていなかったら。

もし、あの車に引かれたのが自分だったなら。

それならどれだけよかっただろうか。

どうして、どうして渚があの車に引かれなければならなかったんだ。

一体渚が何をしたというんだ。

「どうして、、、」

医者は俺のその様子を見て、

「うまくいくかはわかりませんが、手はつくしますよ。」

と、言って、その場から立ち去った。

俺は、その場に崩れ落ちてただただ、涙を流して、祈った。

普段は全く信じてなんかいなかったどこかの神様に。

――どうか、渚が助かりますように、と。

――――――――――

「ん、、、、、あれ、ここは、どこ?」

私は、誰だっけ。

どうしてここにいるんだろう。

目の前にいる人は誰?

「あ、渚。起きたんだな。良かった、、、。本当に、良かった。」

目の前にいた人が涙を流して泣いている。

誰なんだろう。

何か、大切なことを忘れている気がする。

「あの、失礼ですが、あなたは、誰ですか?」

私がそう聞いた瞬間に目の前にいた男の人が傷ついたような顔をした。

「え、、、、あ、冗談だよな?な?」

「え、あの、冗談では、ないのですけれど、、、というかここはどこなんですか?」

「まさか、、本当に、本当に覚えていないのか?」

「あ、はい。覚えてないです、何も。なんかすみません。」

「そんな、、」

男の人はフードをかぶり、顔を腕で隠すようにして、

「ごめん、今日は帰るわ。また明日な。」

そう言って、その場から立ち去って行こうとした。

「まって!」

なぜだか、引き留めなければならない気がした。

どうしてだか、わからないけど。

ひきとめてしまった。

その瞬間、男の人が振り返る。

「、、何か、思い出したか?」

「、、、、すみません。思い出しはしませんでしたけど、なんだか、引き留めなければならない気がして、、、すみません。私、変なこと言ってますよね。気にしないでください。」

「、、、そうか。また来る。」

そう言って男の人はその場から立ち去って行った。

―――そして、彼女の頬を一滴の涙がつたったのだが、彼女はそれには気づかず、ただぼうぜんと男の人が去った後の病室の扉を眺めていた。

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