第11話 セッキン(3/7)

「……って思っていたら放課後になっちゃったの。どうしよう、美央みおーっ!」

「泣くな葵ーっ! まだみんな帰っていないから。今すぐ藤井司をつかまえろーっ」


 昨日まちがえて渡された藤井君のテスト用紙を返すつもりだった。

 藤井君は今日は出席していて、一日中同じクラスの中にいて、席もわりと近くて、話す機会は何度もあった。


「勇気が……なかった。声をかけようと思ったら急にドキドキして無理だったの」

「あー、わかるわかる。一回話せちゃえば、もう平気なのにね」


 美央に肩をバンバンたたかれながら、気持ちを落ち着けた。

 私をなぐさめてくれている菊地美央は、小学校からの親友だ。今は別のクラスだけれど、よく一緒に登下校している。


「今から勢いつけて追いかけて、どうもーってやれば? あたしは藤井のことどうでもいいんだけどさ、葵デース美央デース言うくらいはつきあってあげるよ?」

「漫才じゃないんだから……」

「それくらいのノリじゃないと話せないんでしょう?」


 返す言葉がなかった。

 美央はそもそも藤井君にもアイドルにも興味がなくて、激推ししているのはお笑い芸人コンビの「かめやまかめだ」だ。ちょっとドキドキのシチュエーションにあこがれる私をいつも笑い飛ばしてくれるから、こういう時は心強いのだけれど……。

 どうもーは、ちょっとイヤかな。


「ああっ、藤井発見!」

「えっ⁉︎ どこどこ?」

「校門出て、もうずいぶん先を歩いている。一人だよ? チャンスだって!」


 勢いをつけるとは、こういうことだろう。今日を逃したら、ますます返しづらくなる。

 私は、テストの答案を返すことをすっかり忘れていたフリをして藤井君に近づいた。


「藤井君! ちょっと待って。ごめん、返し忘れていたのっ」


 名前を呼ばれて、藤井君は立ち止まるとふり返って私を見た。


「ああ、川上さん。……なに?」


 あれ? テンション低いな。まだ体調悪いのかな。

 教室で見る藤井君は、いつももっと元気でさわやかでキラキラしていた気がする。今だって不機嫌ではないけれど、愛想がないというか無表情に近くて……私、ひょっとして警戒されている?


「川上さん? あ、ごめん。怒っているとかじゃなくて。僕、いつもこんなだから」


 そうなの?


「なんかごめん。イメージ壊した?」


 困ったように笑う藤井君を見て、ハッとした。

 私、勝手にイメージを作って押しつけていた? なにか期待する目で藤井君を見ていた?


「あのっ、えっと。こっちがごめんなさい! 昨日すっごくテンション高い子と一緒にいたせいで、感覚がおかしくなってた。あと、体調まだ悪いのかなって思っただけ。本当にごめん」

「体調は……大丈夫」


 優しい笑い方だ。

 本当は、もうちょっと話しやすい、学級委員的な優等生を想像していた。でも、内気な感じの王子様も十分アリだ。

 ああもうっ、銀太郎がテンション高過ぎコミュ力高過ぎなのよ。

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