そして無に帰す魔法世界

46km

第1話

1話


瞼越しに届く柔らかな光。

鳥たちの軽やかな歌声が聞こえる。

シグがゆっくりと瞼を開けるとそこには、絹糸のようにつややかな白髪を垂らし、頬杖を着いてこちらを見つめるレナの姿があった。

「おはよ、シグ。いい寝顔だったよ」

「おはようレナ。今日はゆっくりでいいね」

大きなあくびをしながら答えた。つられて小さくあくびをしながらレナは続ける。

「たまにはこんな日があってもいいじゃない?」

「そうだね。でも昼に団長様のありがたーいお言葉があるらしいからギルド行かなきゃ」

「確かギルドメンバー強制参加なんだよね…。今日はおうち出ないつもりだったのになぁ」

「まあまあ。ほら、お楽しみの朝食にしようよ」

「うん!」

いそいそと起き上がり、朝食の準備を始めた。

つい先日大きめの魔獣の討伐依頼を終え、懐に余裕のある二人は依頼終了後、その足で買ったいつもより少し値の張るパンとチーズ、ミルク、簡単なサラダをテーブルに並べる。

食卓の面々を前に、レナは目を輝かせた。

「いつもよりちょっと高いだけで、なんでこんなおいしそうに見えるんだろ?」

「確かに。心なしかちょっと輝いて見える…?」

「早く食べよ!」

「そうしようか」

美味しそうにパンを頬張るレナに微笑みながら、シグは外の喧噪に気付いた。

「そろそろ祈年祭の時期か」

祈年祭。毎春、ここアルケア王国王都にて開催されるその年の豊穣を祈願する祭りである。王城前の広場には他国からも数多くの露店が並び、大変な盛り上がりを見せるのだ。

「今年はちゃんとお祭り回れるかな?」

シグの問に、口いっぱいに頬張ったパンとチーズの咀嚼に10秒ほどかけた後、レナは答えた。

「できれば回りたいけど、指名次第じゃない?」

「護衛は去年やったし今年は勘弁してほしいね。団長来るし、今日発表になるのかな」

「多分ね。今年は屋台の美味しいもの巡りしたいなぁ…」

大規模の祭典となると、当然警備もまた大規模なものが要求される。王都の護衛は第一騎士団が担っているが、通常以上の厳重さで行う巡回や王城の護衛、検問、対テロ部隊編成など人手が足りなくなる。そこでギルドへ人員派遣の依頼が第一騎士団直々にされるのだ。

人命にかかわる依頼であり、派遣人員にも一定以上の質が求められる。そのため、より高難易度の依頼を受注することが可能な実力者―上位ランクのギルドメンバーへの指名制度が存在し、シグとレナは去年、白羽の矢が立ったのである。

「いっそ、ギルド行かなきゃ指名もされないんじゃない?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべ、レナが言う。

「悪くない案だけど、バレたら団長に怒鳴られるよ。あの人怒ると超怖いんだから」

「冗談だよ、じょーだん。さ、食べ終わったし片づけてギルド行こ」

少し豪華な朝食を食べ終えた二人は、手際よくテーブルを片付けると喧噪の中、ギルドへと向かっていった。




二人がギルドに着くと、そこには昼前にもかかわらず既に第一騎士団の団長、副団長を始めとして、錚々たる面々が勢揃いしていた。

ギルドのランクは上からA~Eまで存在し、上のランクに行けば行くほど、依頼の難易度や危険度が上がる代わりに、報酬金も高額になっていく。

高難易度の依頼は1日2日で終わるものなど無いに等しい。何人かでパーティを組み、数週間、場合によっては数か月かけてこなすことが多いため、上位ランクのメンバー達がタイミングよく揃うことは滅多にないのである。

「おお! シグの旦那、久しぶりだな!」

大柄の男が後ろから、シグたちに声を掛けた。

「ガル! 久しぶりだね! また筋肉で大きくなったんじゃない?」

「なっはっは! おかげで俺に合う装備がなくてなぁ、特注しなきゃなんねんだ!」

彼の名はガルガンド。Aランクパーティ【滅竜団】の一人だ。シグとレナは滅竜団と何度か依頼をこなしており、タイミングが合えば食事を共にし、情報交換を行っている。。

「ガルガンドさん達、2週間くらい前に火山に行くって言ってませんでしたっけ? あの依頼もう終わったんですか?」

レナが首をかしげながら聞くと、ガルガンドはまた豪快に笑いながら答えた。

「おうよ! 火山にどうやら魔獣が出現したそうで、その討伐に行ったんだが全然大したことなくてな。 2週間のうちほとんどが馬車移動で腰が参っちまったよ!」

「さすがは滅竜団の方々。頼もしいですね」

レナが言うと、肩をポンポンと叩きながら、

「ま、お前さん達にはまだまだ及ばんけどな! お互い祭りを楽しもうぜ!」

と残し、パーティメンバーの元へ戻っていった。

「相変わらず嵐みたいな人だったね…」

「でも元気そうで安心したよ」

ガルガンドの大きな背中を見ながら話していると、

「来ていたか、ウォーデンハルト夫妻」

今度は横から、凛々しくピンと張った女性の声が聞こえた。

声の主は白銀の鎧に身を包み、日の光をキラキラと反射する金髪を後ろにまとめた女性―アルケア王国第一騎士団団長、シャルトレア・エルノワールであった。そのすぐ横には同じく白銀の鎧を付けた、すらりと背の高い男性―副団長のアイギス・ラーデンベルグの姿もあった。

「これはこれは、シャルトレア団長にラーデンベルグ副団長。お勤めご苦労様です」

「ご苦労様です」

シグが茶化すように言うと、それにレナも便乗する。

「あーもう、茶化すのはよせ」

シャルトレアは笑いながら答え、一方のアイギスは不服そうに会釈を返した。

シャルトレア・エレノワール。王国騎士団設立史上最年少で第一騎士団団長の座に抜擢された逸材である。魔術、武術ともに国内最高レベルで、戦闘時、身の丈はあろうかという巨大な盾と魔術を組み合わせた絶対的防御力から“鉄の乙女”、“王国の盾”などの二つ名がつけられた。

彼女はギルドの出身でありシグ、レナと一時期パーティを組んでいた。ギルドには騎士団への推薦制度が存在し、Aランクの中でも特に実力のある者が選ばれる。シャルトレアはそれに選ばれ、騎士団に入団すると同時にパーティを抜けたのだ。

「にしても凄い人たちが集まったね。【滅竜団】に【うつろう者】、あっちには【狩人】のパーティもいる。Aランクパーティがこんなに集まってるの見たことないよ」

シグが言うと、アイギスは誇らしげに答えた。

「団長殿が直々にお声かけなさったのですから、当然の結果です」

シャルトレアは恥ずかしそうに頬をかく。

「恥ずかしいからやめてくれギース。まあ、今年の祈年祭は例年に比べ規模が大きくなる予定でな。みんなの力を借りたいんだ」

「…ということは?」

嫌な予感を感じつつ、レナが聞くとにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「今年はAランク全員参加だ。よろしく頼むぞシグ、レナ」

「「そんなぁ…」」

今年の祈年祭も屋台巡りが出来ないことが確定し、肩を落とすシグたちの方を叩きながら、シャルトレアは言った。

「さて、そろそろ集会を始める時間だ。ギルドに入ろうか」




「総員、傾注!」

アイギスの一声に、ギルド内の視線が一気に正面受付すぐ横の壇上に立つシャルトレアに向けられる。

「諸君、此度の急な招集に応じてくれたこと、感謝する」

力強く、澄んだ声がギルド全体に響き渡る。

「今年も祈年祭の時期がやってきた。開催は今日から1週間後の予定だ。去年一昨年と不作が続いている状況を打破すべく、今年の祈年祭は例年よりも盛大にやるとの国王からの指示があった。それに伴い警備にもより多くの人員が必要となる。皆の力を貸してほしい!」

「「「オォー!!!」」」

「ではまず、Aランクのギルドメンバーは原則全員参加とする。すまないな」

瞬間、Aランクのものと思われるブーイングが起こる。

「Bランク以降のギルドメンバーへは、各ランクに応じて仕事を割り振る。掲示板に詳細を記述した依頼書を張っている。報酬もしっかり用意した。振るって参加してくれ」

報酬と聞いた瞬間ギルド中が歓喜の声で溢れた。現金な奴らめ、とシャルトレアは肩をすくめた。

「Aランクのメンバーは全員集会終了後、第一騎士団宿舎1階の会議室へ来るように。私からは以上だ」


第一騎士団宿舎はギルドのすぐ正面にある。シグとレナは団長の仰せの通り、会議室へ足を運んだ。

部屋へ入ると、大きな机がU字に並べられ、各パーティの座席が指定されていた。U字の正面の机が団長たちの席だろう。ウォーデンハルト夫妻と書かれた札の席に座り、待つこと約10分。計6パーティ総員21人が集結した。

「こうもAランクの人集まるとなんか、空気ピリピリするね」

言葉とは裏腹にまるで緊張感のない様子でレナは言った。そのギャップに吹き出しそうになるのをシグは下を向いてぐっとこらえた。

笑いの波が収まりシグが顔をあげた瞬間。

「遅れてすまない。Bランク以降の依頼について色々聞かれたものでな」

謝罪を述べながら、少し疲れた様子のシャルトレアとアイギスが会議室に現れた。

「Aランクの皆さんをわざわざ別室にお呼びしたのは、少々込み入った話をするためです」

正面の席に腰掛けながら、アイギスは複雑な表情をしながら言った。同じ表情を浮かべながらシャルトレアは続けた。

「そういうことだ。いきなりだが本題に入らせていただこう」

一呼吸置き、口を開いた。

「どうやら隣国、ポルレスにて戦争の気配がある。その標的が我が国、アルケア王国なのだ」

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