強盗対策バッチリな林さん

アズー

強盗対策バッチリな林さん


 私の住む地方都市の片隅に強盗に遭った家があった。

 住んでいたのは八十近くのお爺さんで、残念なことに強盗に遭った際に亡くなってしまった。世間を騒がせる、いわゆる闇バイトというものの犠牲者だった。

 実行犯はすぐに逮捕されたけれど、指示役はまだ逮捕されていないらしい。実に物騒な時代になったものだと思う。


 林さん、という男性がその家に移り住んだのは、お爺さんの家が売りに出されてから一月も経たないころだった。どんな人がわざわざあの家を引越し先に選ぶのかと、地方都市の片隅にある田舎町が林さんの噂でもちきりになった。

 父さんと母さんも、どんな人なんだろうと口々に言っていたけれど、私は単純に——変人でしょ、の一言で片付けた。だってそうだ。誰が好き好んで人が亡くなったばかりの家に住むっていうわけ?

 そんな変人林さんと、ゴミ当番の日が同じであると気づいた時、私はどんな気持ちだったか。

 それは一言。


「あー、最悪」


 私はポツリと呟いた。

 今日は雨だ。最悪だ。ゴミ当番の日に限って、こんな雨だなんて。


 傘を片手に私は町内会のゴミ出し場にじっと立っている。夏休みの貴重な朝を私はゴミの臭いに包まれながら潰さなくてはいけない。しかも、このあと補習授業あるし。

 こういう時アパートとかマンションに住んでると楽なんだよね。ゴミ出し場にゴミを出すだけ、ゴミの見守り当番なんてしなくて済むんだし。


 今日みたいな日に限って、父さんも母さんも出張とかさ。最悪じゃん。

 なんて文句をスマホのメッセージアプリ越しに友達に送りながら、時間を潰していると「あ、おはようございます」なんて気の弱そうな男の声が聞こえる。


「すみません、少し遅れてしまいました」

「お、おはようございます」


 でた、林さんだ。

 例のやばい家に越してきたっていう林さん。


「君、学生さん? 制服だよね」

「はい、この後、学校に行くんです。補習があって」

「大変だねぇ。僕もこの後出勤なんだ」


 私が想像する以上に林さんは普通の人だった。

 どこにでもいそうな、サラリーマンといった体の人。

 灰色のスーツに眼鏡、黒髪、鞄。身だしなみは綺麗なもの。ニコニコと人好きのする笑みを浮かべている。


 そんな普通な見た目に少しだけ安堵して、私はゴミの見守り当番の役目を着々とこなしていく。とは言っても、ゴミを出しに来る人に対して挨拶をして、そのゴミが今日の収集に則した『燃えるゴミ』かを軽くチェックするだけ。粗大ゴミとか、ビンみたいな資源ゴミじゃないかを軽く見るお仕事。


 単調で退屈で、雨も少しずつ強まってくると、スマホで時間を潰すことも難しい。


「あのー」

「あ、わかった。どうしてあの家に越したかって聞きたいんでしょ」

「え、いや、別に、そういう詮索するつもりは」


 実際、林さんのいう通りだった。

 意外と普通な様子の林さんを見てると、興味がむくむくと湧いてきて、思わず聞いてみたくなった。


 どうしてあの家に越して来たんですかって。


 だって林さん、普通そうだったし、聞いたらニコニコ笑顔で快く教えてくれそうだって思ったし。


「いやいや、いいんだよ。単純に、僕、都会に疲れちゃってね。地方都市でのんびり暮らしたいって思ってさ」


 その答えも平凡だった。

 やっぱり林さんは普通の人だ。なんだか少しほっとした。

 安心ってやつなんだろう。やっぱり朝のこの瞬間だけっていったって、隣にいるのが変人よりかは普通の人のがずっといいだろう。


「はあ……でも大丈夫ですか? あ、その前のお爺さんがどうとかではなくて、あの家……狙われやすい家だって言われてたから、だから、林さん大丈夫かなって」


 父さんと母さんが言っていた。

 強盗や空き巣に狙われやすい家というものがあるって。

 で、林さんの家は典型的な狙われやすい家なんだって。


 住宅街から少し離れていて、生垣や背の高い塀があって見通しが悪いくせに、大通りへのアクセスがスムーズ。そんな家は狙われやすい。だから、あのお爺さんは強盗に狙われたんだって話だった。


 あのお爺さんの家は立派な生垣がぐるりと日本家屋を囲む形になっている。見通しが悪くて、近くには四車線の国道がある。他にも細々とした狙われるポイントがあるんだってさ。お爺さんの家は悲しいことに色々とポイントが合致していたそうな。


「あー確かに、僕の家ってそうかもしれない。でも、大丈夫だよ。そのためにちゃんと対策してるからさ」

「はあ、ならいいんですけど、でも気をつけてくださいね。物騒ですから」

「大丈夫だよ。君は優しいね」

「いやーどうでしょうか」

「あ、もう時間だね」


 腕時計に視線を落として、林さんは言った。

 確かにもう時間だ。


「僕がかけておくから、君は学校に行くといいよ。補習がんばってね」


 そう言って、林さんはカラスよけのネットをかけてくれた。



 それからしばらく、夏休みが終わり、空も寒くなったある日のこと。

 下校途中、すっかり暗くなった大通りを自転車で走っていた時、明滅する赤いランプの光が視界の端に入ってきた。


 そういえば、あの通りを行った先に林さんの家があったな、と思い、私は興味の赴くままにその道にハンドルを切っていた。

 林さんに何かあったのかなって。そんな好奇心がむくむくと湧いてきてしまって。


 しばらく道を行くと、私の想像通り、林さんの家の前にパトカーが止まっていて、何やら警察官と林さんが話している。

 どうやら話は私が到着する頃には終わっていたみたいで、入れ違いに警察官はパトカーに乗ってすぐに立ち去ってしまった。


「あ、林さん」

「やあ君かい」

「何かあったんですか?」

「空き巣だよ。いやー、残念だったな。対策してたのになぁ。家にいたら対処できたのに」


 本当に残念だぁ、と林さんはまるで甲子園決勝で負けた高校球児ぐらいに悔やんだ様子でいうので、私は思わず「いやいや」と口を挟んでいた。


「家になんていたら、鉢合わせになっちゃうじゃないですか。危ないですよ!」

「そのための対策だったんだよ。あーあ、あと数十分早く帰っていたらなぁ」


 一体どんな対策なんだ、と聞いてみたくなったけれど、私はそれ以上踏み込むことはしなかった。

 いかんせん、林さんの悔しがり方というのが普通ではなかったからだ。


「でも良かったよ、なくなったのは現金だけで、コレクションは無事だったし」

「コレクション?」

「ああ、骨董品が好きなんだ。古いものが好きで、家もさ、古いのがよくて、こっちにさ」


 なるほどね。

 確かに林さんの住む家は古い日本家屋、という言葉をそのまま絵に起こしたような家だった。


 骨董品が好きというなら、この家を選んだ理由も納得。

 あえて狙われやすいという生垣をそのままにしているのも、多分、この家の景観を壊したくないからだろう。


「大切なコレクションが無事でよかったじゃないですか。林さんにも怪我はないんだし」

「まあね、じゃあ君も気をつけてね。周辺は暗いから」

 



「やぁ、君ここで働いていたんだ」

「あ、林さん。そうなんですよ、お小遣い欲しくて」


 林さんの空き巣騒動の記憶も少し薄れた冬休みの終わりの頃。平日日中のお昼、アルバイト先のスーパーでばったりと遭遇したのは林さんだった。


 きっと晩御飯はカレーだろう。彼が腕から下げたカゴにはにんじんとじゃがいも、それから市販のカレールーが入っていた。林さんは二種類のルーを混ぜるタイプらしい。ハヤシライスじゃないんだなんて、バカみたいな冗談が頭に思い浮かんですぐに記憶から消し去った。


「あれ、今日はお仕事お休みですか?」

「え? あぁ、辞めたんだ。仕事が肌に合わなくてねぇ」

「あ、そうなんですか。大変ですね」

「次の仕事は在宅の仕事だから空き巣対策もバッチリだよ」

「あはは、気をつけてくださいね」


 なんて会話を交わして数日もたたないうちに、私はとんでもない場面に遭遇した。


 年も明けた頃、冬休みも終わり、億劫な三学期の憂鬱な気分を抱えながら、薄く雪の積もった道を歩いていたら、車通りの少ない道にポツンと佇む影が見えた。

 なんだろう、と目を凝らしながら近づけば、次第にその影が人の形をしていることに気がついた。


 林さんだ。


 しかし林さんは動かない。じっと立っているだけ。

 怪訝に思いながら道を進めば、次第に林さんの様相がはっきりとしてくる。


 林さんは右腕をだらんと下げて、左手で右手首を押さえている。右手からはぽた、ぽた、と黒っぽい何かが滴っている。

 なんだか少し鉄っぽい臭いがしていて、嫌な予感が胸いっぱいに広がっていった。

 そんな不安は、私が林さんに近づくごとに大きくなっていった。


「いやー、また君とあうなんてね」


 でも、林さんはいつもと変わらない、普通な青年の話し方で私に話しかけるのだった。

 だけども私は普通ではいられなかった。だってそうだろう。


「は、林さん! どうしたんですか! 血だらけじゃないですか!」


 林さん、血だらけだったから。顔も服も血まみれ、血だらけ。真っ赤っか。

 周囲の雪も赤く染まっている。


「強盗に遭ってね。悪いけど通報してくれない?」

「——強盗?! じゃあ、け、怪我して」

「ああ、大丈夫。怪我は大したことないよ。手で押さえてるし、犯人も大丈夫」


 林さんは嫌に冷静だった。

 冷静に傷口を押さえていて、冷静に私に通報するように指示を出した。

 それどころか恐怖で強張る私を安心させるような口ぶりで「あいつはもう襲ってきたりしないから」と淡々と言うのだ。


 まるで強盗がもう動けないとわかっているみたいに。


 それから私の記憶は曖昧だ。震える手でスマホを使い、もつれる舌で警察を呼んだ。何台かのパトカーがけたたましいサイレンを鳴らしながらやってきて、警察官が林さんの家に突入した。でも、すぐに警察官たちは林さんの家からすぐに出てきたのだった。


 どうやら強盗犯は林さんの家の中で死んでいたらしい。


 私は林さんと出くわすまでの話を警察の人たちにして、それから解放された。


 ここから先は、父さんと母さんから聞いた話だ。


 林さんは、家でコレクションの一つである日本刀の手入れをしていたところに押し入り強盗に遭ったそうだ。強盗に襲われた林さんは手に持った刀で応戦し、揉み合いになって、結局、林さんは弾みで強盗を殺してしまったそうだ。腕の傷は揉み合う際に日本刀で傷つけたものらしい。


 その後、林さんがどうなったかというと、結局、正当防衛というやつで、強盗犯を殺したことについて罪には問われなかったみたい。

 襲われたとはいえ、相手を殺してしまうだなんて過剰防衛で逮捕されそうな気もする。でも、強盗が相手の時は、過剰防衛に問われないことがあるらしい。詳しいことはよくわからなかったけれど、法律がそうなっているらしい。もちろん、やりすぎた場合はダメらしいけど。


 父さんと母さんは、やっぱりあの家は危ないな、なんて話をしていた。立地やあの生垣が良くないんだろう、と二人は言っていた。


 そこで、私は沸き起こる嫌な予感に身慄いした。

 本当に危ないのは、あの家じゃなくて、林さんの方なんじゃないかって。


 だってそうだ、おかしいだろう。

 あれだけ対策対策って言って、結局強盗に入られているし、そのくせ嫌に冷静だったし。

 空き巣の後も生垣だってそのままだったし、まるで入ってきてくれと言わんばかりだったじゃない。

 林さんの対策って、一体何だったんだろうって。


 あの強盗の一件以降も、林さんはあの家に住んでいる。いつもと変わらない普通の青年の顔をして、平気な顔してゴミ出しに出て、平気な顔をしてスーパーに買い物に来る。


 生垣はあのままで、狙われやすい要素はそのままで。

 そしてニコニコと普通な青年の笑顔を携えながら、彼はあの家で待っているんだろう。

 殺してもいい人がやってくるのを、首を長くして。

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