第5話

「君との関係はもう終わりだ。婚約破棄させてもらおう」


私が今まで伯爵様に捧げてきた時間や思いは一体何だったのだろうと、私は頭の中で自問自答を繰り返す。

後悔、と言っても差し支えない感情が胸の内に湧き上がってきていた中、この場にさらなる人物が姿を現した。


「やれやれ、言ってしまったか伯爵…。ここで持ち直すことができていたなら、まだお前の事を許すこともできただろうに…」

「「こ、公爵様っ!?!?!?」」


私たちは伯爵様が戻ってきた場所である、お屋敷の中庭で会話を繰り広げていた。

するとその場に、伯爵様の後から入ってきたであろうルキアーラ公爵様が突然にその姿を現された。

…私たちの驚きようといったら、それはもう…。


「ど、どういうことですか公爵様!?いつからここに!?」

「話を逸らすな伯爵よ。お前今、侯爵令嬢であるエレナの事を婚約破棄すると言ったな?」

「え、えっと…」


予期せぬ展開を前にして、ややしどろもどろになってしまっている様子の伯爵様。

公爵様にこれまでの会話を聞かれてしまっているであろうことは確かだけれど、なんだかそれを認めてしまったら大変な事態になるのかもしれないということを、本能的に察した様子を見せ、少しだけ否定にかかる。


「お、落ち着いてください公爵様、なにか勘違いされているのではありませんか?」

「勘違いだと?」

「ぼ、僕はあくまでエレナとの関係を改めて見直そうと言ったのであって、決して彼女の事を追い出そうなどと考えたわけではないのですよ。婚約破棄と口にしたのは少し大げさに言っただけで、そうなるとは限らないという話なのです」

「ほう、それは本心からの言葉だな?貴族位を与えられている者の言葉として嘘はないだろうな?」

「も、もちろんです!誰が公爵様の前で嘘など言うものですか!」


堂々と胸を張ってそう言葉を言いきる伯爵様。

私はその姿に強烈な違和感を覚えていたけれど、それを口にしてもいいものかを少し戸惑っていた。

すると、そんな私の言いたいことを公爵様がすべて代弁してくれる。


「なら、ここにいるこの女はなんだ?私が調べたところによるとお前の幼馴染らしいが、かなり深い関係を築いているのだろう?」

「そ、それは…」

「お前が今言ったことだぞ?この女がいるからもうエレナの役目は終わったのだとな。お前の言うエレナの役目とは、ただただ自分の権力を周りに誇示するためだけに彼女の事を利用したという意味なのだろう?」

「お、お待ちください公爵様!!!それはあまりにも無茶な言い方です!!」


もう完全に詰められているのに、伯爵様にはまだ言い逃れられるだけの理由がそろっているらしい。


「僕は多くの貴族家の者たちの見本となるべき行動をとってきました!その中で少しくらい、幼馴染である彼女との関係を深める事は非常に大きな意味を持っているのです!彼女は僕の事をよく理解してくれていますし、僕もまた彼女の事をよく理解しています!僕の行動が潔白であろうことは、他の貴族家の者たちも賛同してくれることと思います!ぜひ話を聞いて回ってください!」


なるほど、伯爵様はそこに勝機を見出している様子。

伯爵である自分に他の貴族たちは逆らえないであろうと思っているからこそ、彼らを盾にすることで自分の立場を悪化させないように言い換えているのだ。

レベッカもまたそんな伯爵様にすべてをゆだねているのか、自分ではまったくなにも言葉を発しようとはしない。

…けれど、そんな戦い方は公爵様の前に無意味なものだった。


「そうか、つまりお前の事を他の貴族家たちは尊敬している、だから自分の潔白は彼らが証明してくれるに決まっている、そう言いたいのだな?」

「はい、その通りでございます!まずは聞いてみてください!」

「それはおかしいなぁ。なぜなら、私が今日ここに来た理由はその他の貴族の者たちから依頼を受けたからなのだが…」

「…!?」


公爵様はそこまで話をした後、懐から一枚の紙を取り出して伯爵様の前に提示した。

そこには、他の貴族家の方々の押印が押された誓約文がかかれており、全員が意見を一致させて伯爵様の事を不信する旨の内容だった…。

ちなみにそこには私のお父様のサインもあって、私は少しうれしかった。


「これでもなおお前は自分が周囲から信頼されていると言い張るか?私にはまったくそれとは逆であるようにしか見えないのだが?」

「そ、そんな……」

「彼らは長らくお前に対して不信感を抱き続けていた。しかしそれを表にすることをためら、今まで大きな事態になることはなかった。しかし、ついにお前は一線を越えてしまったというわけだ。注目の集まっていたエレナを冷遇し、婚約破棄を宣告したことは紛れもない事実。それでお前は自分の立場を誇示できるとでも思ったのか?結果は全く逆になったようだが?」

「!?!?」


…そこまでの事を告げられてしまった今、伯爵様に言い逃れをするすべは何もなかったのだろう。

伯爵様はレベッカの方に助けを求めるかのような視線を送るものの、一瞬のうちに見放されてしまったのかなにもかばいの言葉を変えられることもなく、空気が変わるような様子もなかった…。

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