千番目の図面
解体業
千番目の図面
彼にとって、自身と美しい城は一体一対応であり、片方無くしてもう一方は存在し得なかった。完璧でなければ意味がない。その理想は大木のように彼の心に力強く根を張っていた。
「これは、完璧じゃない。」
最初の頃、職人たちは建築への彼の情熱的な向き合い方に心を動かされていた。彼の理想は壮大で、誰もがその完成を一目見たいと思っていた。しかし、設計図は何度も書き直され、実際の工事はほとんど進まない。積み上げた壁が崩され、組み立てた塔が取り壊されるごとに、彼らの熱意は薄れていった。
「これで完成したら、どれほど素晴らしいものになるだろうな」
職人の一人がそう言ったのは、工事が始まって半年が経った頃だった。
「完成なんてしないさ」
もう一人がつぶやいた。達の終わりなき修正を目の当たりにしていた彼らには、完成を信じる気力は少しも残っていなかった。
それでも、誰も
彼の設計図は、まるで生きているかのように形を変え続けた。それが、どれほど無駄な作業であろうとも、
彼は寡黙な男で、建築以外についてはほとんど喋らなかった。それゆえに、彼の言葉には重みがあった。
「もっと高く、もっと優美に。」
彼の指示は止まることがなかった。しかし、いつしか職人たちはその声をただ受け流すようになっていた。
ある日、一人の若い職人が思い切って口を開いた。
「
「美しさを追求するのに、限界なんてない。僕たちが諦めたとき、それはただの敗北だ。」
若い職人はそれ以上何も言えなかった。その場にいた他の職人たちも目を伏せ、作業に戻った。その日以降、その職人の姿は工事現場から消えた。
やがて、彼の体は無理がたたり、徐々に衰弱していった。それでも彼は鉛筆を手放さなかった。彼にとって、理想を追い求めることこそが生きる意味であり、城の完成を見るまでは死ぬわけにはいかないと思っていた。
しかし、現実は無情だった。
達が亡くなったとき、城の建設は半ばで止まっていた。石垣がいくつか積まれ、塔の骨組みが空に向かって伸びていた。設計図には、さらに修正を加えた痕跡が無数に残されていた。
彼の死後、彼の墓石には家族からのせめてもの言葉として、「未完成でも美しいものはある」という文言が刻まれた。
そして、
だが、一週間ほどたった頃、その城の姿が人々の興味を引いた。彼の城は観光地として脚光を浴びるようになった。訪れる人々は、そのつくりかけの塔や崩れかけた壁を眺めながら、さまざまな感想を口にした。
「城は完成したものが一番だと思っていたけど、この壊れかけの城も結構いいね」
ある観光客が言った。
「壊れる前の城は、どれほど美しかっただろう」
別の観光客はため息をついた。
また、城の各所から、過去の栄光や時代の移り変わり、「朽ちる美」のような侘び寂びを見出す者もいた。
千番目の図面 解体業 @381654729
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