第52話

声。


これは、メイドちゃんの声だーーー。


私は、眠い目をどうにかこじ開けた。

目を開けたのに、この部屋は暗くて。

とても寒かった。



『お嬢様……。お願いだから。お薬飲んでください』


『ヤダッ!! 苦いもん』


『お薬飲まないと、この部屋から出れないんですよ? それでもいいんですか?』


『いいもん。ずっとこの部屋にいる!』


メイドちゃんは、悲しそうにうつむくと部屋を出ていった。


ねぇ………。


どうして、私はこの部屋から出ちゃダメなの?


どうして、私は鎖で繋がれているの?


どうして……。どうして……。


私は、いつも一人なの?



う~ん。体が、重い。それに臭いなぁ。伸びた髪の毛で、前が見えない。


「……ぐ………」


あれ?


わたしって、こんなに大きかったっけ?

髪の毛だけじゃなくて、全身毛むくじゃらだし。


なんで? なんで?

ねぇ。


ワタシーーー



『 人間じゃないの? 』



ギィィィィ……。

ガッッ、シャン!!


あっ。メイドちゃんだ!

やったぁ!! ご飯の時間。

もうお腹ペコペコ。


「お腹すいたでしょ? はい、どうぞ。 ゆっくり、食べてくださいね。……大事な……命……ですから」


メイドちゃんは、私の目の前にご飯を置いた。

鼻を近づける。

はぁ……。はぁ……。ぁあ……美味しそうな匂い。はぁ……。この匂い。好きぃぃ!


「…………ぅ…………」


あれ? ご飯は、まだ眠っているみたい。


「ぅ……?……。っ!? えっ、 何? 何? いぃっ!!」


あっ。目を覚ました。

な~んだ、寝てた方が静かで良かったのに。私を見て、何かを叫んでる。

あ~、うるさい。

うるさい、ご飯だなぁ。



ゴキュッ。



ふぅ……。やっと静かになった。首を折るのが一番速い食べ方。

ねぇ、あなた。ご飯食べる時は、静かにしなくちゃダメなんだよ?


食事中、珍しくメイドちゃんがずっと私を見ていた。


「お嬢様………。私と一緒に天国に行きませんか? この生活も……そろそろ限界だし。私も疲れてしまいました」


メイドちゃん……泣いてるの?


天国は、死んでから行く場所でしょ?


目の前のメイドちゃんの影が、大きく、暗くなっていく。

私の前に立つ。

立つのは、……巨大な悪魔。


私を殺す気なんだね。


ねぇ、メイドちゃん。

まだ、わたし。死にたくないの。


生きてちゃダメなの?


「……………」


鎖を食いちぎる。


だから。わたしね。


あなたを殺すことにしたよ。



ーーーーーーーーーーーーーーー。


……。


はぁ………。


身体中が、痛い。


ぁ………。はぁ………。


血だらけになったけど、メイドちゃんを気絶させることが出来た。私は、久しぶりに鉄の部屋を出た。

良い匂いがする玄関。鉄扉を壊して、外に出る。


「ギ………ギィ………」


わぁ、キレイな空。

やっぱり、お外サイコー。

本当に久しぶりの外の世界。

お月さまが、私を照らしている。小さな星の一つ一つが、私に笑いかけているよう。私は、傷だらけの足を引きずりながら、一歩一歩前に進んだ。


どこが痛いのか、もうわからない。

私が歩くと、体のどこかで血が流れた。


はぁ……。


はぁ………。


夜中のせいか、誰も歩いていない。

良かった。こんなバケモノの姿、誰にも見せられない。


はぁ……。


はぁ………。


息が、うまく出来ない。もうすぐ、死ぬのかな。

イヤだな。死ぬの。


ねぇ……。


誰か、助けてーーーー。



公園。



ブランコに滑り台。昔は、メイドちゃんと二人で良く遊んだなぁ。


あれ?

昔っていつだっけ?


小さな男の子が砂場で遊んでいた。こんな夜中に。一人で。

小さな街灯があるだけで、あとは真っ暗。それなのに、この子は楽しそうに遊んでいた。


「………ギ………ギ……」


本当に楽しそう。私も遊びたいなぁ。


あっ。私を見てる。


男の子は、しばらく私の姿を見ていた。でも、走ってどこかに行ってしまった。

逃げたのかな。そうだよね。こんなバケモノの姿見たら、誰だって逃げる。


私は、公園の砂場に倒れた。

もう一歩も動けない。

私の目の前に、さっきの男の子が作った砂のトンネルがあった。




………。

ぁ………。

……………。


このトンネルの先は、どこに続いているのかなぁ。

……………。

………。


まだ意識がある。

なかなか死ねないなぁ。


そんな私の体に触れている何か。

カラスかな。それともメイドちゃんに頼まれた死体処理班?


まぁ、どっちでもいいや。


メイドちゃんは、あぁ言ってたけど……。天国に行けないよね。たぶん無理。たくさんの人を殺したから。


「あれ? おかしいなぁ。やり方は、ここを………こうで。こうして……。はぁ~、 わけ分からなくなってきた」


私は赤い目を半分だけ開けた。


「あっ! そっか。ここの結びかたは、こうだっけ。………よしっ! 出来た。 は~、やっと終わったぁ」


私の前に、さっき逃げた男の子がいた。


逃げたんじゃなかったの?


どうして戻ってきたの?


「あっ、起きてる。……大丈夫?」


大丈夫なわけない。そんなことより、この男の子は、私のこと恐くないのかな。


このバケモノの体……。


全身、毛むくじゃら。目は、赤くて。狂暴な爪まである。


「包帯で巻いたから、動かないでね。ところで、君は狼?」


どうして。


「熊? 爪も大きいし。もしかして、新種かな」


どうしてーーー?


「君が、良くなるまで僕がそばにいるからね。だから、大丈夫だよ」


私にくっついて、寝てしまった男の子。

疲れたのかな。私は、全身を覆う白い包帯を見つめた。


私達を優しく照らす、お月様。


ねぇ、メイドちゃん。

こんなに気分がいい夜は、初めてだよ。



「……………」



人の気配。しかも複数。


私を追ってきたメイドちゃんと、その仲間に違いない。闇の中に何人も隠れている。もう私に逃げ場はない。


体を起こした。

まだ痛かったけど、この男の子のおかげで何とか動けるまで回復していた。

私の隣で、すやすや寝ている男の子。


……可愛い寝顔。


理由は、分からないけど。私の体は、いつの間にか元の人間の姿に戻っていた。


私は、見えない闇の主に声をかける。


「……さっきは、ごめんなさい」


闇の中から、静かに姿を現した。さっき、あれだけ痛めつけたのに、もうかすり傷一つない。


やっぱり、メイドちゃんは強い。


私の何倍も……。


「お嬢様は、何も悪くないですよ。悪いのは、ぜんぶ私なんですから」


メイドちゃんは、泣いているみたいだった。強いけど泣き虫。


「ごめんなさい。もうワガママ言わない……。お薬もちゃんと飲むから。だから、許して……」


「どうしたんです? 別人みたいに素直ですね」


メイドちゃんは、私の横で寝ている小さな男の子をチラッと見た。


「この子のおかげ?」


その時、闇の中から狐のお面を被った数人の男女が姿を現した。


「ユラ様。この子供に、お嬢様の変化した姿を見られました。したがって、この子供を今から消去します。神華の秘密を守るために」


消去?


この男の子は、私の命の恩人なんだよ?


そんな危ない刀や銃なんか持ってさ………。


「落ち着きなさいっ! レイナ」


それ以上、近づいたら。


近づいたらーーー。



【 お前ら、全員喰ってやる 】



頭を噛み砕く。


………………。

…………。


ザッ。


逃げるの速っ。まぁ、この方が楽だけど。


まぁるいお月様が、笑っている。

公園には、私とメイドちゃんと男の子だけになった。


「明日は、キレイな姿でこの子に挨拶しないといけませんね。立派な可愛いレディとして」


「っ!?」


そういえば何日もお風呂に入ってなかった。だから、髪もボサボサ、ベタベタ。


急に恥ずかしくなって、家まで走って逃げた。


またね。


マイ…………ダーリン。


ーーーーーーーーーーーーーーーー。



昨日と同じ時間。

昨日と同じ場所。

辺りは真っ暗。


私は、公園に行く。


いたっ!


やっぱり、いた。

今日も一人で、遊んでる。

私は、スキップしたい気持ちを抑えて、彼の元へ。彼が遊ぶ砂場に、私も入った。高級シャンプー使ったから、良い匂いしてるでしょ?


この服だって、可愛いでしょ?


ねぇ、ねぇ、ねぇ。


私を見てーーー。


あなたが望めば、何だって買ってあげるよ?


だからもう、そんな汚れたスコップで遊ばなくてもいいんだよ?


「……………」


「ねぇ……。私を見て?」


「…………」


あれ? 聞こえなかったのかな。


「ねぇ! ねぇってば!」


「……………うるさいな」


「うるさい? この私が? なによ、それ………」


せっかく、私が会いにきてあげたのに。

昨日は、あんなに優しかったのに。


昨日のバケモノは、私なんだよ?

助けてくれたでしょ?



ねぇ……。



私、あなたのことが。



この男の子の腕を思いきり掴んだ。


「いっ!……て……」


「あ!?」


すぐに腕を離した。離したこの子の腕からは、血が流れている。私の爪が、腕に刺さって傷がついた。


「あっ……あっ…………」


傷つけてしまった。一番大切な人を。


どうしよう。


どうしよう。


どうしよう。


どうしようーーーーーーー



「大丈夫だよ。気にしなくて」



「っ!?」



男の子は持っていた自分のハンカチで傷口を押さえると、私にそう言った。

心に甘いシロップをかけられているような。そんな、ふわふわした気持ちになった。


やっぱり好き。

死ぬほど、あなたのことが。大好き。


私はしばらく黙って、この男の子の一人遊びを見ていた。



『僕は、竹島正義。君の名前は?』


『…神華……れい…な。……えっと。私…と……友達になって……ください』


『うん。今日から僕たちは、友達だよ』



これは、私の命より大切な記憶です。

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