第51話

「お腹すいたね~。夕飯は、食べた?」


「いや、今までお前と一緒にいたんだから食べてるわけないだろ。………ってか、お前はさっき前田を一人喰ってたから腹すいてないだろ。まぁ…俺は帰ってから、適当に何か食べるよ。冷食やカップ麺ならいっぱいあるし。吐かなければ、の話だけどな」



俺達は、学校を後にした。零七は、代わりの制服を準備しており、すぐに着替えた。


彼女の話によると、どうやら元クラスメイトの前田(死亡)は零七の生体と神華一族を狙う暗殺者だったらしい。

彼女の今日殺ることリストには、彼の名前がしっかりと載っていたらしい。リアル、デ〇・ノー〇じゃん。


「…………ってか、この惨状……どうすんの? 血だらけ」


「大丈夫だよ。心配しないで」


咽返るような、血と臓物。赤い教室。神華が携帯で誰かとやり取りした後、すぐに黒スーツ姿の人間達がやってきて、教室内の後始末をしてくれた。


「一応確認するけど、ここって日本だよな……?」


「変なこと聞くんだね。日本に決まってるじゃん。まぁ、色々あって頭が混乱してるのは分かるけど」



帰宅途中。零七は、腕を組んでさっきから何かを考えている。



「そうだっ! 家に来なよ。メイドちゃんの手料理は、絶品だから。それ、食べていけばいいよ」



大声でそう叫ぶと俺の手を掴み、強引に引っ張った。



「いっ、いや! いいって。こんな時間に家に行くのは失礼だし。夕飯をご馳走になるわけにはいかない。今度、改めてご馳走になるよ」


本音を言うと、単純に恐かった。


これ以上、零七が住む世界に足を踏み入れたら、二度と帰り道が分からなくなりそうで恐かった。



「私に恥をかかせるつもり?」



どす黒いオーラが、彼女の背中に見えた。危険なシグナル。



「こ、ここ、今度じゃ、ダメ?」



「ダ~メ。今から行くの。きっと、パパも喜ぶよ~。竹島君に会いたがってたし」



俺は諦めて、彼女についていくことにした。神華の家に行くのは、これが初めて。何だかんだで彼女も俺と同じ中学に通っていたので、それほど家も遠くない……はず。



歩いて数十分。



神華の住んでいる場所は、どうやら北区のようだった。北区は、俺が住んでる南区とは違い、高級住宅地になっており、庶民には縁のない場所だった。



(やっぱり、金持ちなんだな。零七の家)



俺達は、一際目立つ大きな一軒家の前で立ち止まった。レンガ造りの高い塀からは、中を窺うことが出来ない。隣の家よりもさらに高く屋根が突き出ていたので、おそらく五階建てだと思う。


パッと見ただけでも6台の監視カメラが俺を睨んでいた。悪さをしていなくても緊張してしまう。


異質なほど頑丈な作りで出来ている鉄門。その手前で、零七は突然立ち止まると大声で叫んだ。



「今帰ったよっーーー!! 開けてぇ」



「ちょっ! ちょっ。そんなに大声出したら近所迷惑だろ!! 今、何時だと思ってるんだよ」



周囲を見渡した。幸いにも通行人は誰もいなかった。何を考えているんだ? 叫ばなくてもチャイムくらいあるだろう、普通。 



「何してるの? 早く入りなよ」



いつの間にか門が開いており、中から俺を手招きしている。仕方なく、髪をかきながら中に入った。門から家まで十メートルほどあり、手入れが行き届いた花壇が、道の両サイドに広がっていた。清潔さと家主の几帳面さを感じる。まるでおとぎの国に入り込んだよう。



「すごっ……」 



溜息が出るほどの豪邸を間近で見た俺は、圧倒されて思わず後ろにのけ反りそうになった。そんな俺を見て、神華はクスクス笑っていた。


「私の誕生日にパパがプレゼントしてくれた家なの。本家ほどじゃないけど、なかなか暮らしやすいし、気に入ってるの」


「プレゼント? はぁ………へぇ……」


家の中は、更に凄くて。もう説明することすらバカらしくなるような豪華さで満ちていた。廊下の白壁には、有名画家の絵画が並び、クリスタルガラスで出来た動物たちが所狭しと並べられていた。二十人くらいは座れるんじゃないかと思われる巨大なソファーで、俺は父親を呼びに行った零七を待っていた。しかし、なかなか戻ってこない。



(帰りたくなってきた。凄く場違いな気もするし)



天井から吊り下げられているシャンデリアをしばらく見上げていると、万華鏡のように光がぐるぐると目の前で回転し、催眠術にかかったように眠くなった。


 


「起きて」



「ぅ……?」



「寝ちゃダメだよ。これから夕飯なんだから」



彼女に起こされ、フラフラした足取りで廊下を歩いた。黄緑色した自動照明が、彼女の一歩先で点灯し、俺の後ろで消えていく。それは、蛍のように儚い光だった。



客用のリビング。



その中央に設置されている無垢一枚板のテーブルの上に、大きなステーキ皿が乗っており、霜降り肉がジュージューと美味そうな音を奏でていた。サラダやパン、スープが何種類も用意されており、俺は何度も生唾を飲み込んだ。


いかにも金持ちって感じの食事。こんな食事ばかりとっていたら将来、痛風になるかもしれない。


目の前の食事にばかり気をとられていた俺は、ある視線に気付いた。振り返ると綺麗な女の人が、フルーツの盛り合わせの大皿を両手で持って、俺の数歩後ろに立っていた。


コスプレではない。リアルなメイドさんだった。



慌てて、お辞儀をした。


綺麗な女の人は、ニコニコ嬉しそうに笑って俺にお辞儀を返した。その物腰のやわらかさや雰囲気から優しい人だと分かった。



「この家のメイド長だよ」



「えっ!? メイド長? は、初めまして。竹島 正義と申します! 突然、こんな遅くにお邪魔してすみません……」



何度も謝り、頭を下げた。



「フフ、そんなに緊張しなくても大丈夫。もっと肩の力を抜いて下さい。リラックスですよ」



「はぃ……分かりました」



「早く食べようよ。お腹がすいて死にそう」



「すみませんが、旦那様は急用で本日はお戻りになられません。ですから、お嬢様も今夜は遠慮しないでどんどん食べて下さいね。お肉ならいくらでもありますから」



「そうなんだ。やったーーーー!! じゃあ、お代わりいっぱい出来るね。嬉しいなぁ」


「無邪気過ぎるだろ、お前………」



俺達は席につき、食事を開始した。



(あれ? そういえば、このメイド長。誰かに似てるな……)


 


何かとんでもなく重要なことを忘れてる気がする。



「私の顔に何か付いてますか? 竹島様にそんなに見つめられると照れてしまいます」



「この浮気者め」


殺気を感じた。



「浮気って……意味分からん。メイドさんがあまりにも若くてキレイだから、驚いてたんだよ」


「若くないですよ! 全然っ! ほんっとにおばさんですから」



そうは言いつつ、とっても嬉しそう。切った肉をそっと俺の皿に乗せた。



「あ、ありがとうございます」



こんなに食べれるかな。


怒りで体を震わせている零七を無視して、考えた。



(まさか、なぁ。あの人に似てる気がするけど。でも髪形とか違うし。やっぱり違うよなぁ)



冷たい水を飲み干す。それでも、すぐに口の中は乾いた。



「えっと、その………。違っていたらすみません。メイドさんって、他にも仕事されてます? もしかして、先生だったりして………。いやっ、ハハハ。その、俺達の校長に似てるなぁ……って。ハハ。ごめんなさい、変なこと言って」



「うん、そうですよ。良く分かりましたね。普段は、眼鏡をかけてるし、髪形も違うから分からないかと思いました。一応、校長やってます。まぁ、校長って言ってもまだまだ新米ですけどね」 



「凄いでしょ~。でもこのことは、秘密にしてね。私が、校長の関係者だと分かるとイジメられちゃうからさ」



いや、バレても影響ないだろ。断言できる。


 


「なんか、俺……。とんでもないことしてますね。校長の前で、こんな遅くまで夜遊びして。しかも、こんな豪華な夕飯までいただいて」



「竹島君は、真面目なんですね。そんなこと考えてるなんて。でも、それは考えすぎです。あなたは、なんにも悪いことしてない。むしろ、私はあなたに感謝してるんです。だって、お嬢様の話し相手になってくれてるでしょ? お嬢様は、友達が皆無だから話し相手がいなくて毎日寂しいんです」



「話くらいなら、いつでも聞きますよ。俺で良ければ……」



「これからもお嬢様と仲良くしてあげて下さいね。お遊びでも良いので、気軽に抱いてあげてください。お願いします」


は? 何て? たまに出る衝撃ワードについていけない。


メイドさんは、深々と俺に頭を下げた。このメイドさんは、本当に零七が大切なんだな。



「こっ、こちらこそ宜しくお願いします!」



俺も慌てて頭を下げる。勢いがつきすぎて、テーブルに頭をぶつけてしまった。派手な音がして、恥ずかしさで顔が赤くなる。零七は、そんな俺を見て笑っていた。


「アッハハハハハハハハハハハハ!!」


「…………笑いすぎ」


食事は、それなりに楽しかった。メイドさんは、常に俺の緊張をなんとか和らげようと気を遣ってくれた。


食後のデザート。冷たいメロンを食べながら、壁時計で時間を確認した。十時を三十分も過ぎている。これ以上、長居するのはさすがにマズい。


俺は、慌てて帰り支度をした。メイドさんは、そっと俺の鞄に触れて。



「もう少しだけお話しましょう。お嬢様も寝てるみたいだし。二人でゆっくりと話が出来るから」


明らかに口調が変わった。



いつの間にか、零七はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。食ったら、即寝る。赤ちゃんみたい。部屋は適温に保たれているので、風邪は引かないだろうけど。たまに寝言で俺の名を呟き、幸せそうにニタニタ笑っていた。



「お嬢様ってね、昔から本当にあなたのことが大好きなのよ」



「昔から?……どうして俺なんですかね? 確かに中学の時、ずっと隣の席だったけど………。必要最低限のことしか話さなかったし……」



静かに立ち上がるとメイドさんは部屋を一旦出て行き、ポットとティーカップを持って戻ってきた。ロイヤルミルクティを入れたカップを俺の前にそっと置いた。



「少しだけ、昔話をしても良い? ごめんね。眠いだろうけど」



「いえ、大丈夫です。話して下さい。零七のこと、もっと知りたいですから」



「やっぱり、あなたって良い子ね」



「……………」



その言葉が、ひどく照れくさかった。

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