第35話
スーツに着替え、頬をピシャリと叩き、気合いを入れた。
「よしっ! 魔王退治に行くか。世界に平和を取り戻さないとな!!」
「ひっどい言い方……。私の父親に対して」
文句を言いながらも、俺の肩を揉んでリラックスさせてくれる七美に感謝。
マンション入口に、高級外車が何台も停まっていた。心が近づいてきて、俺の服装チェックをしている。
「なかなかその服、似合ってるじゃん。うんうん。いいね~」
なかなか俺の側から離れない心を引き離す卯月さん。暴れる心の頭を思い切り、殴っていた。
「天魔。いい加減にしなさい。このバカが困ってるじゃないですか」
「バカって……。笑顔でそれ言うあなたも相当ですよ……」
俺と七美は、それぞれ別々の車に乗り込んだ。
七美は、卯月さんの愛車、限定モデルのアストンマーティンに乗り込み、俺を置いて凄い勢いで消えてしまった。俺は…………心が運転するマセラティの前でまだ棒立ち。不安しかない。
「いやいや、無理じゃね? そもそも心さ、免許持ってないだろ?」
「失礼な奴だな!! 免許くらいあるわ。さっさと乗れ。夜になっちゃう」
仕方なく乗り込んだ。隣から、「あれ? アレ?」みたいな声が聞こえたけど、何とか発進し、高速に乗ることが出来た。
心がくれたお茶のペットボトルを飲んだら、乗り心地の安定感から、睡魔に襲われ、寝てしまった。
【夢を見たーーー】
小さな桜の花びらが、俺をからかうように鼻先を横切った。
「忘れ物ない? ハンカチ、ティッシュ持った?」
「持ったよ。ってか、子供じゃないんだから………。行って来る。そういえば、全然姿見ないな。心は、またサボり?」
「さっきまで普通に携帯ゲームして掃除サボってたけど、今はマコちゃんの遊び相手になってくれてるよ」
「そうなんだ。真琴に変なことしないように見張っててね」
「うん。………それより、いつものは?」
「あぁ」
重なる唇。愛する七美の小さな体が浮くくらい強く強く抱き締めた。
「あのさぁ、イチャイチャするなよ。ガキの前で」
「「 っ!? 」」
慌てて離れる俺達の前に、呆れ顔の心がいた。オモチャの拳銃を持つ娘の右手を優しく握っていた。
「パパ……おしごと?」
「うん。なるべく早く帰ってくるからね。心とママの言うこと聞いて、良い子で待ってて」
「うん。分かった。……あっ、そうだ! 幼稚園でパパにお手紙書いたから、後で読んでね」
そう言うと、娘は俺にカエル型の可愛いメモ用紙を手渡した。カラフルなクレヨンで大きく書かれていた為、内容がすぐに分かってしまった。
『パパ、がんばって』
この場の甘い雰囲気に流され、涙まで出そうになった為、俺は娘の頭を優しく撫でると足早に屋敷を出た。
「行ってらっしゃい。お土産絶対忘れるなよ~」
背中で感じた、俺だけの幸せ。
こんなに幸せで良いのだろうかと、少し不安になった。
門の外では、黒服を着た人間が何人も俺を待ち構えており、皆頭を下げ、外車のドアを開けた。
あの地獄のような後継者争いにギリギリのギリで勝利した俺は、正式に神華財閥の長になった。
闇の王にーーーー
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