第26話
気持ちの良い秋晴れーーー。
本来なら、鬱とは無縁の一日になるはずだった。
だった…が……。
「っ!?」
ボロアパートの前に幼い男の子が倒れていた。死んではいないみたいだが、大分弱っている。慌てて、救急車を呼ぼうとした俺の左足をその子は幽鬼のように掴み、
「……誰か…呼んだ…ら……殺す…」
俺を睨みながら、激しく拒絶した。薄汚れているが見覚えのある顔とその声。嫌でも、忘れていた悪夢がよみがえった。
「なんで、お前が………」
俺がこの少年に出会ったのは、二週間ほど前ーーー。
思い出したくもない、ホント最低の出来事だった。話は、少し遡る。
…………………………。
…………………。
…………。
ある日の放課後。突然、会長の厳つい奴隷(柔道部主将)に首根っこを掴まれ、生徒会室まで連行された。そこで俺は、会長に番条さんの奴隷をクビにされた。
もちろん慌てて抗議したが、会長に慈悲のないあの目をされ、最後には『退学』の二文字で脅迫された俺は、承諾するしかなかった。
まぁ……確かに、七美と正式に付き合えるようになり、神華(主に七美の父親)から命を狙われる心配もなくなった……はずで。だからもう番条さんの不思議な力に頼る必要もない。
そう何度も記憶を弄られるのも嫌だしな……。
奴隷業がなくなり、暇になったのでまた新たなアルバイトを探し始めた。バイト雑誌を血眼で見ていた俺に七美がアルバイト先を紹介してくれた。
「お兄さん~。短期間で稼げる良いバイトがあるよ~。簡単だから、バカでも出来るよ~」
「………………」
正直、あまり気乗りはしなかった。渋っていたら、だんだんと七美の機嫌が悪くなり俺に対して敬語を使い始めたので、仕方なく首を縦に振った。
「もう一度確認するけど、危険じゃないよな? 普通でいいんだよ。普通で」
「うん! 普通ね。分かってる。私が、大事なタマちゃんに危ないことさせるわけないでしょ? 大丈夫、安心して」
「………………なら……いいけどさ」
七美に紹介されたアルバイト。免許を持っていた俺は、小型トラックの運転を任された。簡単な荷物運び。約束した時間までに貸倉庫にモノを取りに行き、メモに書かれた場所までそれを運ぶ。だいたい深夜一時頃スタート。明け方には運び終わり、現地解散。これで五万の手当てを貰えた。確かに稼げるバイトだった。
ただ一つ注意が必要で、それは『荷台に積むモノには絶対に触れるな!』だった。
たまにチラッと積み荷を見たら、ドクロが描かれたドラム缶だったり、スナイパー御用達が使いそうな横長のアタッシュケースだったりした。詮索すると、自分の身が危うくなることが嫌でも分かり、目を閉じて目の前の現実を拒絶した。
その夜、荷台に積んだ荷物は明らかに人間が入っていると思われる寝袋だった。さすがに我慢が出来ず、首に刺し傷がある上司に質問した。
「あの……コレ…この人を…運ぶんですか?」
「はぁ~~~。お前なぁ、何か勘違いしてないか? これは人間じゃなく、マネキン。気にしないで、さっさと運べ」
「はぃ……分かりました」
俺を笑いながら悪の沼に引き摺り込む七美に文句しかなかった。
何が、普通だっ!! もうメチャクチャ……。
俺は誰も通らない、対向車もない、山の中腹で車を止めると荷台から寝袋を出し、優しく地面の上に乗せた。静かに寝袋の口を開く。
中からは、小学生くらいの男の子が出てきた。睡眠薬でも飲まされたのだろうか。大きなイビキをかいていた。
軽く平手打ちし、目を覚まさせる。
「大丈夫か?」
「………………死ね」
ゴッ!!
ノーモーションで思い切り、顔面を殴られた。吹き出る鼻血。倒れた俺の腹をさらに蹴り上げ、ズボンのポケットから財布まで抜くと、それを持って暗闇に消えてしまった。
………………………。
……………。
……。
あの時の盗っ人だ。奪った金を返し、謝るつもりではないみたいだがこのまま放置も出来ない為、仕方なく部屋に招き入れた。ベッドの上に寝かせ、ぬるま湯につけたタオルを絞り、汚れていた顔と手足を拭いた。
小さな盗っ人は、気持ち良さそうに寝息を立てている。
「はぁ…………なんで、ここが分かったんだよ……」
コイツが起きたら食べれる簡単な飯を作ろうと立ち上がった。
「行か…ない…で………」
「……分かったよ。そばにいるから。安心して寝てろ」
「うん…………」
気持ち悪いくらいに別人のように素直だった。
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