第10話
治療を終え、退院した生徒会書記の『二川 愛蘭』。
その数日前ーーー。
朝の全校集会で生徒会長が、「明後日、書記の二川が戻ってきます。戻ってきたら、皆さんも彼女を温かく迎えてほしい。お願いします」
……なんて優しい笑顔で言ったもんだから、退院当日、復帰祝いをする為、廊下には生徒の長蛇の列が出来ていた。この列は、彼女がいる七組の特進クラスまで続いているようだ。
「………………はぁ」
正直、邪魔で邪魔で仕方ない。
彼女自身の家も超が付くほどの金持ちだった。『二川グループ』を率いる不動産王 二川 充(ふたかわ みつる)の娘。平生徒の俺達からしたら、まさに雲の上の存在だった。
放課後、帰ろうとした俺の前に二川の奴隷が現れた。
「ついてこい。青井 魂日」
またかよ………。前にもこんなことがあったな……。
逃げ出す口実が思い付かないまま、屋上まで連れていかれた。鉄の扉を開けると、フェンスに寄りかかり、沈んでいく夕陽を見ながら黄昏れている二川がいた。
「あっ、あの……。退院おめでとうございます」
「…………あぁ」
こちらを見もしない。いつの間にか、先程の奴隷も消えており、屋上には二川と二人きりになっている。相変わらず、長身の美少女で、まるで映画のワンシーンのように輝いて見えた。
「その…………手……大丈夫ですか?」
「……………あぁ」
気まずい空気に耐えられなくなった俺は、この場を去ることを本気で考えた。
「私には、この世界が砂漠に見えるよ。何もなく………ただ砂だけが広がっている世界…………」
「じゃあ、俺はサボテンか?」
こちらを見た二川が、鼻で笑った。
「フッ……。相変わらずバカだな、お前は。…………でも……何でかな……お前といると……」
「二川さん。なんか、随分……人間っぽくなったな」
「そうか? まぁ、お前に『人間として生きるチャンス』をもらったからな。無駄には出来ない」
「ところでさ、それ何?」
「あぁ……これは… 」
屋上に来てからずっと気になっていた、今も二川の隣にある大きな黒のビニール袋。
二川は強引に袋を開け、俺にソレを転がしてきた。
人間の頭をーーーー。
「うわわあっ!?」
「コイツらは、私の復帰祝いに毒物と小型爆弾を持ってきてな。私を殺そうとしたから粛清した」
今も俺を見つめる名もない彼らを飛び避けながら、二川の隣まで逃げた。
「お前は、まだ会長と付き合っているんだろ? ………なら、やめた方がいい。恋愛ゲームは、終わりにした方がお前の身のためだ。そもそも、私達はお前とは違う世界の住人なんだよ。こうして、常に誰かに命を狙われているし、逆に命を奪うこともある。…………お前には、無理。愛だ、好きだと……そんな甘い戯言ばかりほざいているお前では、到底生きていけない。運良く、長生き出来たとしても心が蝕まれ、腐って朽ちるだけ。生き地獄が待ってる」
また、彼女は外の世界に戻ってしまった。
「はぁ………。まぁ……確かに何もない砂漠だな。孤独と絶望しかない。でも隣にさ、大切な誰かがいれば、砂漠もそんなに悪くないって、いつか思えるようになるよ。たぶん、砂漠にいるのが問題じゃなくて、いつまでもただ突っ立っているだけで、オアシスを目指して歩き出さない自分が問題なんだよ」
二川は、何もない世界を見つめ、静かに泣き出した。その涙の意味が分からず、俺は慌てて彼女にしわくちゃなハンカチを手渡した。
「……今日もらった退院祝いの中で、一番役に立ったよ。ありがとう、青井」
初めて見た本当の笑顔ーーーー。
やっぱり美人だなぁと思った。
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