第9話

私は、教師失格だーーーー。


こうして授業をしている間も一人の生徒を目で追ってしまう。


『青井 魂日』


今日も窓の外ばかり見て、私の説明など聞いちゃいない。


そんなんだから、成績が上がらないのよ?


……………………。

……………。

………。


職員室から自分の教室に向かう途中、生徒会長の神華 七美が、奴隷と呼ばれる護衛を引き連れ、廊下を通りすぎるのを見た。思わず、柱の影に隠れてしまった。

私達、教師ですら彼には逆らえない。小学生でも『神華』一族の恐ろしさは知っている。


彼らが、人間の面を被った悪魔だと知っている。


生徒会長から離れて、こそ泥のように後をついていく。………離れていても分かる、その圧倒的なオーラ。

高校生の姿をしていても私のような温室育ちには想像も出来ない修羅場を潜ってきているはず。


『死』が日常的に存在する非日常。


狂った人格。


会長が急に立ち止まった事に気付き、私も慌ててその場で硬直した。


青井君が、また揉め事を起こしている。友達の側で奴隷に何か反論していた。


やめてっ!


彼らに関わっては、ダメよ!!


叫ぶのは、いつも心の中だけ。教師として何も出来ない私は、彼の真剣な眼差しから目を離すことが出来なかった。



あぁ………やっぱり………私………。


彼のことが、好き。



それから一週間後、私は校長に呼び出され、異動の内示を受けた。地方の高校への異動だった。突然の事に校長に理由を問いただすと、公には出来ないが、私の生徒へのワイセツ行為が原因だと言われた。懲戒処分にならないだけマシだと思えとも言われた。


は? ワイセツ行為?


ふざけないで……。私は、そんなことはしていない。


「……………」


私は、フラフラする足取りで生徒会室の扉を思い切り叩いた。


開いた扉に強引に体を滑り込ませ、私を見つめる相手まで、脱げた靴も気にせず走った。


「あなたね。校長に、あんな……バカなことを吹き込んだのは……。ねぇ、どうして? なんで、そんなに私を追い出したいの? 答えなさいっ!! 神華」


「………僕は、あなたが嫌いです。表は教師の仮面を被っているが、中身はただのか弱い少女。あなたを見ていると、つまらない恋愛小説を読んでる気分になるんです。………先生に一つ質問しますね。あなたが、青井君を好きなのは知っています。どうして、彼に告白しないんですか?」


「…………バカなこと……言わないで。そんなこと出来るわけないじゃない! 私は、教師よ?……生徒に告白なんて出来ない」


「先生……。僕があなたを嫌いな一番の理由は、あなたが『生徒を好きになっている自分』に酔っているからです。つまり、あなたは彼を好きだと勘違いしているだけなんですよ?」


パンッ!


初めて、目の前の生徒に平手打ちした。乾いた音が、冷たく響いた。


「図星で、キレちゃいました? やっぱり、ただの少女………。あなたを見るのは、今日が最後なので特別に僕の秘密を見せてあげますよ」


そう言うと、突然服を脱ぎ出した。

戸惑う自分を見つめる氷のように冷たい目。


次第に。


だんだん………。ゆっくり…と………。


彼は男から………女に変わっていく。


「これが、僕の本当の姿です」


「あなた……女だった…の?」


「はい。あっ! それと、もう一つ追加しますね。実は私、青井君と付き合っています」


「ぅ………フフ……。くだらない。ただの、嫉妬じゃない。彼を私に取られそうになったから、私を目の前から消したかっただけ。ねぇ、そうでしょ?」


会長は、息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、


「あなたは、私が嫉妬するほどの対象ですらない。先生……。私は、彼の為に死ねますよ。先生は、彼の為に死ねますか?」


私に無理矢理、銃を握らせる。


「この銃を使って、私を殺してください。 私を殺せば、彼を自分のモノに出来るかもしれませんよ? 勘違いじゃないと言うなら、さぁ…………私にあなたの本気を見せてください」


私は銃を床に叩きつけると、この悪魔から逃げた。


「狂ってるわッ! 正気じゃない。たかが、こんな」


っ!?


「ふ~ん………………やっぱり、あなたにとって彼は、『たかが』程度なんですね」



ーーーーその時、自分の本心が分かってしまった。


彼女は、ずっと前から私の心を見透かしていたんだろう。


二度と会うことのない相手。去り際、扉に向かって


「やっぱり、あなたは悪魔ね」


「アハッ! それ、知ってます」


私は、やっぱり教師失格。

残念だけど教師には、全然向いてないみたい。

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