独裁国家ニッポン

ぬえてて

指導者に選ばれた男

「公約に基づき、本日より我が国に住む全ての

人々の基本的人権を停止させて頂きます。」


そう述べたのは、

独裁国家となったニッポンの新たな首長だった。


時は2040年、ニッポンは様々な要因で

既に国としての機能を維持する事が

困難となっていた。


このままでは本当にニッポンという国が

消滅してしまう、どうせ消滅するなら、

いっそ一発逆転を狙って全国民に投票権を与え、

国の指導者を選ぼうという運びとなった。


政治家達、

特に野党に属する者は乗り気であった。


「上手くいけば政権どころか国そのものを、

自分たちの都合のいい様に

捻じ曲げる事が出来るぞ。」


「兎に角露出だ、金を積んでメディアや

インフルエンサーを使ってアピールしよう。

指導者になりさえすればこちらの物だ。」


だがその目論見は上手くいかなかった。


もはや国民はテレビや新聞、

雑誌などのメディアを信じる者は殆どおらず、

一部の者が妄信するだけで、

大した効果が無かった。


そしてSNSなどで影響力を持つ

インフルエンサー達は、

政治家では無く自らを指導者にと

アピールをし始めた。


寧ろ、日頃から政治に不満を持つ国民たちは

挙って政治家には目もくれず、

インフルエンサーの動向や公約に

熱心に目を通し始めた。


皆耳障りのいい事を並べている。


「誰もが自由に生きられる国に!」


「消費税は廃止!」


「女性の権利を守ります!」


「医療費無料!ベーシックインカムの導入!」


「教育費無料!社会保障の手厚い国へ!」


そんな中、おかしな事を主張する人物が現れた。


「私は、日々真面目に働いている方々を守る為、

皆様から人権を剥奪したいと考えています。」


言っている事がちぐはぐだ、

人々を守ると言いながら人権を剝奪する?


ウケ狙いかと思われたその人物の主張は、

その異質さからじわじわと人々の間に

(良いか悪いかは別として)広まり始めた。


「私は皆さんを、人ではなく

国を豊かにするための道具として扱います。」


「この道具は稼働するまで少なくとも

十数年の歳月を必要とし、無理に稼働させれば

復旧も難しくなるとても繊細な道具です。」


「ですので、私はあなた方道具を壊さない様に、

経年劣化で使用不能となるまで、

丁寧に扱う事をお約束いたします。」


この主張は、社会の歯車として生きてきた

労働者達に痛烈に刺さった。


「元々道具みたいな扱いで会社に

使われて来たんだ、だったら最初っから

そう言って貰った方が楽だな、

道具として大切にしてくれるって言うし。」


次に男はこんな主張をし始めた。


「私は道具を作る道具も、

同じ様に大切にしていきます。

道具は無から生まれません、

稼働するまでに手間暇が

掛かる事を理解しているからです。」


「道具が稼働できる様になるまでの

材料費や技術費など、それら全ても

保障したいと考えています。」


この主張はかなり波乱を

巻き起こす事となった。


「私たちは子供を産む

道具だって言うの!?」


「子供や私たちを

道具扱いするなんて許せない!」


と、主に子供を産んでいない女性たちが

中心となって男を批判し始めたのだ。


一方で、既に子を授かっている家庭や、

子供は欲しいが経済的な理由で

二の足を踏んでいた家庭からは

賛成の声が聞こえ始めた。


「言い方はアレだけど、

要するに子育てにかかる負担を

補ってくれるって事でしょ?

なら早くそうして欲しい。」


「今までは子供を産めば産むほど

負担が増えてたけど、そうじゃなくなるなら

産んでもいいかも…。」


こうして更に世間の注目を集めた男は、

別の主張も掲げ始めた。


「我が国の技術的、物質的リソースは

限られています。

その中で道具を良い状態で生産、

稼働させる為にはコストが必要になって来ます。」


「ですので、

無駄にリソースを消費し続ける物は

処分いたします。」


「具体的に申し上げますと、

将来的に国の利益の為に

稼働できないと判断された道具は、

処分場へ送り、

安らかなる解体をお約束いたします。」


この主張は前回以上に波乱を呼んだ。


一生チューブに繋がれて

無理矢理生かされている子供、

認知症や老衰などで

働けなくなった老人は切り捨てる、

そう宣言したに等しかったからだ。


「年寄りを見殺しにする気か!」


「子供達だってこんな身体で生まれたいと

望んで生まれたわけじゃない!」


年金や生活保護で暮らしている老人や、

障害を持った子供をダシに募金を募っている

NPO法人からの批判が多く寄せられた。


前回までと違い人の生き死にに

関わる事だった為、

批判の熱量も段違いで、

メディアも挙って男を取り上げ、

批判の対象へと扇動し始めたのだ。


だがその一方で、


「もう介護は疲れた…、

いつまで続くんだ…、

本人も苦しそうだし、

誰も得しない…。」


「正直治る見込みのない

我が子の世話を、この子が死ぬまで

続けるなんて無理…、

でも死なせると

私が犯罪者になっちゃう…。」


老老介護や、親の介護の為に仕事を

辞めざるを得なかった労働者達、

残念ながら障がい児を授かってしまった

親達からはひっそりと支持を集めていた。


暫くして、男の主張に真っ向から

異を唱える集団が現れ始めた。


それらは生活保護を不正に

受給している連中であったり、

弱者である事を理由に、

不当に国から補助金を

受け取ったりしていた連中であった。


男の主張は全て、働ける者は優遇し、

働けなくなった者、

働く気がない者を切り捨てる物であり、

万が一指導者になられると

自分たちが危ういのだ。


連中は連日がなり立てる。


「どんな人にも人権がー!」


「弱者にも生きる権利をー!」


だが男は一歩も引かない。


「最初に申し上げた通り、

私は人類を道具として扱うと述べています。

人権など元から考えておりません。」


「こうしている間にも、保険料は上がり、

あらゆる物が値上げ、増税され、

そのお金で働きもしない人々が

生かされています。」


「私は、その現状がどうしても

許せないのです。

真面目に働いている方々に

報われて欲しいのです。」


「私は皆さんを人間扱いするつもりは

一切ありませんが、

皆さんが安心して仕事に励めるよう、

出来る事は全てやるつもりです。」


過激な思想と丁寧な物腰のギャップ、

揺るがない姿勢に労働者や

その家族は益々彼に注目した。


これ以上男に注目が集まると

不味いと考えた何処かの陣営は、

彼のスキャンダルや粗を

探す事に躍起になっていった。


だが元より問題発言と思われても

仕方のない様な事を公約としている彼に、

人格の否定や発言の揚げ足取りを

行うような事は意味が無かった。


既に両親や親族は他界しているのか

足取りも掴めず、

女性関係どころか普通の友人さえ

居るのかどうか怪しかった。


(彼の知人を自称する者も現れたが、

承認欲求を満たす為に

嘘をついていただけだった。)


それどころか、彼は自らの素顔も晒しておらず、

仮に指導者になった場合も晒す気は無く、

職務はリモートで行うと宣言していた。


「指導者の仕事は、この国を豊かにする為の

最終的な意思決定を行う事であって、

その為に外出する必要は無いと考えています。」


「顔も出さずに、と思われる方も

居るかもしれませんが、

顔が出ているからと言って

良い政治が出来る訳では無い事は、

歴史が証明してくれていますので。」


反対派が彼の評判を落とすには、


もはや顔を出していない点を

つつく以外の道が残されていなかった。


「諸外国との外交はどうするつもりだー!」


「国のトップになるなら、

全国各地に顔を出す必要がー!」


それでも男は譲らなかった。


「外交につきましては

外務大臣にお任せ致します。

勿論、最終決定は私が行いますが。」


「全国に顔を出す必要があるのでしょうか?

国民に必要なのは私の顔ではなく、

物や金、エネルギーなどでは?」


反対派の連中は手を焼いた。


いつも使っている、

人情が無いなどのお気持ち攻撃が

一切通用しないのだ。


元より政治家でもなければ

特別著名だった人物でもなく、

今回の国民総選挙より前に

何かで有名だった訳でもない。


「自分も飲まず食わずという

訳にはいかないので、

税金の中から毎月給与代わりに幾らか

頂戴したいと考えております。」


「とはいえ、

私は独身で養う家族もいませんので、

全国の最低賃金の平均分を

頂ければ構いません。」


「国が豊かになれば私も豊かになれる、

やりがいのある使命だと思います。」


もうこの男は止められない、


反対派は期日までに事故に

見せかけ始末するしかないと考えたものの、

顔も所在地も分からず、

手の打ちようが無かった。


そうこうしているうちに

投票期日が過ぎ去り、

過半数は越えなかったものの、

僅差で男が当選した。


もし反対派が一丸となって誰かひとりに

票を集中させていれば、男は負けていた。


今のニッポンは

高齢者の割合が3割を超えており、

その殆どは男に投票しなかった。


SNSでの盛り上がりに反して

得票率は人口の2割程度だったが、

それでも男は当選し、首長となった。


「大変な事になった…。」


男の開発者は呟いた。


「私はただ、国民たちに

今一度国の在り方や、

政治の在り方を考え直して

欲しかっただけなのに…。」


彼はAIを開発するエンジニアだった。

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独裁国家ニッポン ぬえてて @nuenootete

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