第53話

小さなアパートの一室。



『ねぇ、パパ。私、これからバイトだから。夕飯は、いつもみたいに冷蔵庫の中のを温めて食べてね』



俺の娘……。



妻と死別した俺にとって、この娘が俺のすべてだった。



『あぁ……。帰りは、気をつけろよ? あと、遅くなるようなら電話をしろ。夜は、危ないから』



『もうっ! そんなに子供扱いしないでよ』



県立高校に今年入学した娘。うちの経済状況を察し、レストランでバイトを始めた。



親思いの優しい娘………………だった。



『パパ? そんなに恐い顔してどうしたの?』



『あぁ、ごめん。ごめん。大丈夫だよ。ほら、もう行きな』



娘のマナが、家を出ていく。俺は、閉まった玄関のドアをジィ~と見ていた。

それは、いつもと変わらない。普通の日常。



どうして、あの時。行くなって止めなかったのか。


後悔は、死ぬまで続く。


何度も何度も何度も何度も、繰り返し自分を責めた。



ーーーーあれから、もう一年が過ぎた。



当時と同じ部屋なのに、この部屋で落ち着くことはもう二度と出来ないだろう。先ほどの会話が、俺が娘とかわした最後の会話になった。


娘は、あの日。


姿を消した。今も見つかっていない。だが、理由は分かっている。娘は、数人の男たちに襲われた。そして、奴等に喰われた。その時、娘の携帯は通話中になっており、俺の携帯に繋がっていた。


娘が壊される一部始終を俺は、仕事終わりに留守電で聞いた。



『覚醒者』



この一年で俺は、あと一歩まで奴等『覚醒者』を追い詰めていた。パソコンを駆使し、俺と同じように覚醒者に娘を殺された親たちと情報を共有する。


もちろん、すべてが役立つ情報ではないが、中には見逃せない有力な情報もある。その一つ一つをパズルのように組み合わせ、一年かけてやっと奴等の巣を見つけた。


今夜、俺は娘を惨殺した『覚醒者』に復讐する。覚醒者には、拳銃やナイフなどの武器は効かない。常人をはるかに越えた身体能力を持つ彼ら……。俺たち人間は、飛び回る蠅と大差ない。

普通なら、復讐する前に俺の方が奴等に返り討ちにされるだろう。



でも今、俺には秘策があった。



闇ルートから手に入れたこの薬ーー




服の内側のポケットに忍ばせた注射器。短時間なら、この薬で俺も覚醒者と同等の力を手にすることができる。

この一本の薬を手にする為に、俺は全財産を使った。明日からは、帰る家もない。

まぁ、復讐が終わればこの世に未練もない。死ぬつもりだ。だから、関係ない。



夕方。



俺は喪服に着替えるとアパートを出た。電車を乗り換え、駅から数キロ離れた奴等が集まるコンビニを目指す。



しばらく、遠くから見張る。


一時間………。


二時間………。


辺りが、真っ暗になる。人通りも少ない。

その時、道の反対側から、走ってくる女がいた。



その女の表情から、ただ事ではないと分かる。物陰から様子を伺っていた俺の方に向かって走ってくる。

歳は、14ぐらいだろうか。俺の娘と大差ない。少女は、必死に何かから逃げていた。



飛び散る汗………涙。



何から逃げてる?



コンビニを見つけ、少し安堵したのだろうか。駆け足で中に入る。


彼女は、知らない。あのコンビニは、魔の巣だと。

明るい店内。陽気な音楽。すべてが、甘い罠。

店内で作業中の店員二人。俺は、そいつらの顔を知っていた。

娘を殺した男たち。何度も資料で確認したから間違いない。

俺は、注射器を取り出し、腕をまくる。

覚悟は出来てるつもりだったが、注射器が小刻みに震えていた。



この薬を俺に提供した痩せ男。覚醒者を見つけ、処刑する組織の幹部らしい。奴のひきつった笑みが、一瞬頭をよぎった。


間をおいた俺は、周囲の異変に気付いた。辺りが、やけに静か。無音。



「!?」



コンビニの窓ガラスが、真っ赤に………。ペンキじゃない。あれは。



血……。



どうなってる。奴等が、いない。



それに誰だ?

あの血で汚れた店内で、笑いながら漫画を見ている仮面の女は。

床に散らばる肉と骨。

娘を殺した男たちを紙のようにちぎった女。



俺は、見た。


本物の悪魔をーーーーー


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