第14話
「売れないよ。そんな悪趣味なナイフ」
「そっか………。お前といると、俺は一生貧乏から抜け出せねぇ気がする」
タケルは、右手に持っていたナイフの刃を静かに折り畳んだ。
後ろを向いて、ゆっくりと僕たちから離れていく。そして、鉄扉に手をかけた。
「ごめんな………。ナオト」
僕たちの前から姿を消した。再び閉まった鉄扉が、悲鳴のような不快な音を屋上に響かせた。タケルの後を追って何か言いたかったが、アンナのことも気になり、どうしようかしばらくその場で熟考していた。
「ナオト。怪我はないか?」
「うん」
「こっちを見てくれ」
「……」
この顔を見られたくなかった。この泣き顔を。それなのに、アンナは僕の前に来て僕の顔を覗こうとする。仕方なく、僕は体の向きを変え、再び背を向けた。
すると、またアンナは前に来て顔を覗こうとする。僕は、体の向きを変える。
その繰り返しが、数分続いた。
クルクルと回転する僕とアンナ。傍から見たら、可笑しな光景だろう。
疲れた僕は、赤い目でアンナと向き合った。
「なんで私を避ける? 私が嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。ただ、こんな泣いた顔を見られたくなくてさ。正直、凄く恐かったんだ」
僕の顔を見て、優しくクスッと笑うアンナ。
「可愛いな、君は」
そしてーーー
「むっ!!!」
キスされた。二度目のキス。今度も突然。でも今のキスは、一度目よりも長かった。
やっぱりキスっていいな。柔らかい唇、いい匂い。心が満たされていく。そんなことを痺れる脳で考えていた。
「カッコ良かったぞ、さっきは。やっぱり、私はお前が好きだ」
「なんだか、恥ずかしいな」
顔が真っ赤になる。足をプルプルさせ、背伸びをしているアンナが恥ずかしそうに僕の耳元でまた「好き」って呟いた。なんだか、ゾクゾクする。
キスは終わっていたが、一向に僕から離れようとしない。僕は、自然と後ろに後退した。このままの勢いに身をまかせていたら、きっと……あの。その、なんだ。色々と危険。
突然、背中が凍るように冷たくなり、思わず声を上げそうになった。閉められた鉄扉に背中が当たっていた。つまり、もう一歩も下がれない。
「ナオトの全身から期待と興奮を感じる。逃げる振りをしているが、実際は期待しているんだな?」
そんなこと言わないでくれ! 心を読まれるのは死ぬほど恥ずかしい。
ガンガンガン!
ガンガンガン!
背中から扉を叩く音がして、その音は脳にまで響いた。
なんだ? なんっ……。あっ!
鉄の扉が勢い良く開いたせいで、僕はアンナを抱きかかえる形で倒れてしまった。アンナは、潤んだ目で僕を見ていた。
「……急に積極的だな。うん、でも屋上でこんなことしたら風邪を引くかもしれんぞ。せめて、放課後の教室とか」
そんな具体的な設定を言わないでくれ! 想像してしまう。
慌てふためいている僕の頭上から、この世のものとは思えない地の底から響くような低い声がした。
「昼休みが終わっても教室に戻ってこないから、心配して来てみたら……随っ分と楽しそうなことしてるね~」
霊華っ! なんで、ここに。
殺気がビンビンと伝わってきて、後ろを振り向けない。
「霊華か。どうした? ナオトに用事か。今は、忙しいからまた後にしてくれ」
僕の下からアンナがそんなことを言うもんだから、僕はさらに動揺し、もう何がなんだか分からなくなった。
「アンナさん。ここは、学校なんですよ。こういう行為は、絶対にダメです」
風紀委員みたいなことを言う。
「そうか。分かった。じゃあ、今から私の隠れ家に行こう。そこでなら、誰の目も気にしないでいいからな」
「へ?」
マヌケな返事しか出来ない僕。僕の下からモソモソと這い出たアンナは、立ち上がるとまだ倒れている僕に手を差し伸べた。その手を握ろうとした僕に、シュッ、と素早く別の手が差し出された。
どちらの手を握ろうか………。
「ナオト。いつまで授業サボるつもり。さっさと教室に戻るよ。いいね!」
「ナオト。私と行こう。な?」
どうしよう。どっちが正解なんだろう。こんな苦しい二択を迫られたのは、人生初めて。どうすれば、この場を上手く切り抜けることが出来るのか。
「行くよっ!」
「私が嫌いか?」
う~ん。
ヴウゥーーーーーーーー、
ヴウゥーーーーーーーーーーー
町のサイレン。黒い風が来る。
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