第6話
何かが警鐘を鳴らす。
これ以上足を踏み入れるな! って叫んでる。
それでも。
「あのさ、獣人って何? 霊華と僕が同じって……。正直、まだなんにも分からないんだよ。ちゃんと説明してくれ。今日、屋上で変な女の子に会ってさ、獣人だとか言われたけど。正直何のことかさっぱりだし。他にも覚醒とか言ってた」
少しイラついていた。自分だけ除け者にされている気分。
「屋上に行こうか。そこで全部話すよ」
デパートの屋上に行くまでの間、僕たちはお互い口を開かなかった。肩まで伸びた茶髪が、無邪気に僕の前で踊っていた。
「……」
「……………」
屋上までの道のりが、酷く苦痛で長く感じられた。「帰ろうよ」って言葉が、喉の奥に溜まっていく。
彼女は今、何を考えているんだろう。
デパートの屋上。
夏には、ビアガーデンに人が群がるこの場所も今の季節は人も少なく、僕たち以外には誰もいなかった。冷たい夜風が、容赦なく吹きつける。完全に日の落ちた今の時間は、かなり寒い。
「寒いね。ごめんね、こんな場所まで連れてきて」
申し訳なさそうに頭を下げた。その姿を見て、少し安心した。霊華が変わってしまったと感じたのは、勘違いかもしれない。
「いや、そんなことは別にいいんだけど。この場所じゃなきゃダメなの? 中の方が温かいしさ」
「ダメなのっ! この場所じゃないと」
僕の言葉を完全に拒否する一言。周囲を見渡した。小さな祠があるのを発見した。夜空には、一番星がキラキラと主張している。この寒さで、風邪を引くのも馬鹿らしい。自販機で何か温かいものを買ってこよう。地面には、人工芝のマットが敷き詰められており、歩く度にシャリシャリ音がした。
ヴゥーーーーーーー!!
ヴゥーーーーーーーーーー!!
大ボリュームの機械音が夜空に鳴り響く。空気が震えた。
「またか」
霊華の元に駆け寄ると置いてあった自分のカバンから、教科書を押し潰していた防毒マスクを強引に取り出した。それを素早く装着する。学校の屋上にいた時は、まだ太陽が出ていたので黒い風の接近が良く分かった。しかし、今は夜。この状態だと黒い風が近づいてきても気付くのに時間がかかる。昼間に比べ、夜のほうがかなり危険だ。
装着を完了し、何気なく霊華を見た。
「えっ!!」
「…………………」
マスクをしていなかった。
それなのに、一向に慌てる素振りを見せない。
なにしてんだよ、いったい!
もう時間がないって言うのに。
もしかしてーーーー。
「マスク忘れたの? そうなんだろ。早く建物の中に非難しよう。さっ! 早く」
半ば強引に霊華の左手を掴んだ。それなのに、一歩もその場から動こうとしない。僕の手を振り解き、逃げるように距離をとった。
なんで?
ほんと、どうしたんだよ。
「……死ぬんだぞ。分かってるのか?」
「私は死なないよ」
あと三歩前に出れば、その体に触れられる距離にいるのに。二人の距離が、果てしなく遠く感じた。
ヴウゥーーーーーーーーー
ヴウゥーーーーーーーー
ヴウゥーーーーーーーーー
ヴウゥーーーーーーーー
「どうし…て……」
左目から自然と涙が溢れてきた。
マスクが曇り、視界がぼやけた。
もう、間に合わない……。霊華が、死ぬ。
はじめて。
初めて彼女に会ったのは、僕が幼稚園に入って半年が過ぎた頃だった。その当時、僕は体が小さくて、気も弱く、いつも誰かに虐められていた。ちょうど母さんが死んだばかりで、そのことをからかわれたりもした。
僕は、どこにいてもいつも一人だった。皆が、外で楽しそうに遊んでいるのをただただ園の中から黙って見ていた。
いつも泣いていたので、その時も目は赤く腫れていた。僕の赤い目には、この世界が地獄のように見えた。
目の前に果てのない闇が永遠と広がっているようだった。
「なんでキミは、おそとであそばないのぉ?」
そんな時、僕に話しかけてくれたのが霊華だった。その日、入園したばかりの霊華は、すぐに園の人気者になっていた。元気がよく、いつも笑っていて、常に誰かと楽しそうに遊んだり話したりしていた。
「なんでキミは、ないているの?」
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