第5話
「なんで午後の授業サボったの? やっぱり、アイツの悪影響ね」
「タケルは関係ないよ。ただ、ダルかったから休んでただけだし。霊華は、これから部活だろ? 僕は帰るけど頑張ってね」
立ち上がり、カバンを持った。はぁ……重っ。
「ちょ、ちょっと待って! 私も今日は部活ないの。一緒に帰ろ」
そう言うと急いで階段を上がっていった。仕方ないので、しばらく玄関で待つことにする。知らない生徒にジロジロと見られた。ほどけていない靴紐を締めなおしたりして、この居心地の悪い時間を何とか消化した。
「お待たせ。じゃあ、行こっか」
「うん……」
本当に部活ないのかな。雨ってわけでもないし。まぁ、休みたい時ぐらいあるだろうけど。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。これから、どうする? クレープでも食べて帰ろうか」
「私、鯛焼きの方がいいなぁ。ダメ?」
上目遣いで僕を見る。高校に入学してから、霊華は女の色気が出てきた。幼馴染の成長に正直、戸惑っている。
学校からの帰り道。
地獄坂を下りると、僕たちの前に左右に分かれる道が現れた。左に行くと僕たちの家がある住宅街があり、右に行くと駅がある。僕たちは、迷わず右に曲がった。
三年前、駅前に出来た巨大なデパート。その地下一階には、クレープや鯛焼き、たこ焼きなどの店舗が入っており、度々僕たちは学校の帰りにそこで自由なひと時を満喫していた。今も同じ学校の生徒が何人かいて、楽しそうに談笑している。
この人たちの目には、僕たちはどう映っているんだろう。
鯛焼きを二つ買い、霊華の座っている席まで運ぶ。僕は、餡子が食べれないのでクリームを選択した。
「美味しそうだね。二人だけで食べて、タケル悔しがるかなぁ。まぁでも仕方ないよね、学校に来ないアイツが悪いんだし。そういえば、この前の中間テスト。またクラス最下位だったよ、アイツ。バカだよねぇ、ほんと」
霊華は、タケルの話をする時、本当に嬉しそうに笑う。僕にはあまり見せない笑顔だ。嫉妬とかではないけど、なんだか複雑な気持ちになる。
「そういえば、また吹いたね。昼休みの時。その時、屋上にいたんだけど久しぶりに風の中を体験したよ。まぁ、前と変わらずメチャクチャ気持ち悪かったけど」
「ふ~ん。私は、教室の中にいたからあまり気にならなかったなぁ」
建物の中にまで入ってくることはない黒い風。そこにいる限り、結界の中みたいな感じでマスクを装着しなくても安全だ。
あの風は、まるで目があるように周囲の景色を判断している。生き物のようで、本当に不気味な風だ。
「たまに食べると鯛焼きも美味しいね。最近調子はどうなの? もうすぐ大会でしょ」
陸上の学年選手権が、もうすぐあるはずだ。掲示板にデカデカとその紙が貼ってあった。霊華は、二百メートル走を得意としている。まぁ成績は、中の下ぐらいだけど。
「うん。そうだね……」
どうしたんだ?
なんだか元気がない。
「どうした? なんか悩んでるの」
「私、陸上辞めると思う……。最近、タイムがなかなか伸びないしさ」
「えっ! タイムなんて気にすることないよ。今は無理でも続けてれば、絶対速くなるだろうし」
以前、霊華は「私、走るのが好きなの」って嬉しそうに僕に言った。走っている間は、嫌なこととか全部忘れられるらしい。それなのに……辞めるなんて。
「ありがと……。私、走るのは好き。でも、今はそんなことよりも考えなきゃいけないことがあるの。凄く大事なこと」
「進路のこと?」
「私達、まだ一年だよ。さすがに将来のこと考えるのは早いって。そうじゃないの」
じゃあ、なんだろう。僕は、あまり使っていない新品同様の脳みそを働かせて考えた。
「…………」
何も浮かばない。ダメだ、この脳。
「ふふ、ナオトって面白い。悩んでる顔、なんだか変だし」
「変……かな。なんだかショックだ。はぁ、そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし」
確か、今夜は六時半からお笑いスペシャルがあるはず。何気に楽しみにしてた。携帯で時間を確認する。もうすぐ始まる時間だ。
「ナオトさぁ」
「うん?」
二人の間に妙な間が生まれる。見つめ合う。潤んだ瞳。初めて見るその幼馴染みの甘い表情に、心が揺れた。周りの話し声や雑音が萎んでいく。
「獣人って知ってる?」
席を立ち上がった僕の動きが、金縛りにあったように強制的に止まった。一瞬、息をすることさえ忘れた。
獣人。
あの髪の長い女の子も同じことを言っていた。漫画の中に出てくるような単語で、現実味のない言葉。もしかしたら、今この言葉は流行っているのかな。知らないのは、僕だけなのか。
「き、聞いたことはあるけど……それがどうかしたの?」
「そう。知ってるんだ、この言葉。……じゃあ、もうあの人に会ったんだね。ナオトも私と同じ獣人。フフ、そっか。なんとなくそんな気はしてたんだ。やっぱり、そうなんだ。ナオトも」
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