第50話 桃太郎、母を求めて
リオ・ジェフリー・ハミルトンは、ツノウミヤの地に入ってからずっと、足が震えていた。
本当の子ではないと、養母から言われてからずっと、どんな方が母なのだろうと思い描いていたのだ。
先日、養父から「ツノウミヤ皇国の皇帝の子」と言われたが、そんな国があったことすら、歴史の授業で習ったきり忘れていたのだ。
女帝として君臨していた母。ツノウミヤは農業の盛んな地であったという。他国が凶作でも、ツノウミヤは豊作。そんな豊かな地が、この戦乱の世で放置されるはずもなかった。
ツノウミヤの軍は強かった。イバキラ王国とも互角の戦いをしていた。しかし、裏切り者が現れたという。近衛騎士団を任されていたウェンデルだ。ウェンデルは背後から本陣を襲い、ツノウミヤ軍を壊滅させた。
その男は、イバキラ王国のヒルダ公爵の働きによって男爵位を授けられたという。
(ダスティンは、クラウディア嬢を討つのは自分と言ったけど……彼女がイバキラ王国のヒルダ公爵と組むのなら、僕が討ちたい)
もし、ツノウミヤ皇国がまだ健在であったのなら、自分は皇女。桃に乗って流されることはなかった。
今の人生が嫌なわけではない。養父母は優しかったし、粗暴だが兄もいい人だ。ダスティンにも出会えた。しかし、許せないものは許せない。
母は仇に妻として娶られ、どんなに辛かっただろうか。
母はうつろな目で空を眺めている。亡くなった夫や家臣のことを考えているのかもしれない。
「行こう」
震える弟の手を引いた。心優しき弟は、母と仇のイバキラ国王との間にできた子。でも彼には何の罪もない。
近寄ると、母はまず、バイロニーに目を向けて、次にリオを見つめた。近くで見ると瞳の色も同じだった。淡いシナモンの瞳。
母は目を見開いた。
「ルシル……?」
呼ばれた時、涙が込み上げた。
手紙には、ルシルと名付けたこと、でもその名は使わないでほしいということ。彼女にはエドゥール皇族の血が流れ、本当に好きな人が現れた時に特別な力を生みだすことができる……どうか、その人が見つかるまで大切に保護してほしいと書いてあった。
だからといって男として育てるのはどうかと思ったが、そのおかげで強さを身につけることができた。養父なりの優しさだったのだと思う。
「母上、ルシル――今は、リオと名乗っています」
リオは母の前で
王妃という立場には似合わない、荒れた手だった。ストロベリーブロンドの髪には、ところどころ白髪が目立つ。顔も疲れ切った表情をしていた。
心労の多い人生だっただろうと思うと胸が痛む。
「桃に乗って、バチ王国まで流れ着きました。そこで、男と偽って騎士団長をしています」
「男……そんなに可愛いあなたが……」
「幸いなことに、部下一名と友人以外にはバレていません」
いたずらをしたように笑う。釣られたように母も笑ってくれた。
「抱きしめても――」
母は泣きながら、リオを抱きしめた。リオもまた抱きしめ返す。
ふと視線を上げると、バイロニーも微笑んでいた。でもその笑みは、どこか寂しそうだった。
「母上、この屋形の周りを囲む動物達をご存知ですか?」
「えぇ……熊とか、そういう凶暴な動物がいると」
身体を離してから微笑んだ。
「その動物達は、実は凶暴ではないんです。心優しい弟が再生の刻印の力で蘇らせた子達だから。ずっと母上を守ってくれていたんです」
そう言ってバイロニーを見上げた。
「この子は、憎きイバキラ国王ではありません。バイロニー・コラム・ワーグナーという優しい青年です。あなたの子で、私の弟です。抱きしめていただけないでしょうか」
母がおそるおそる立ち上がり、バイロニーに近付く。バイロニーが怖がるように半歩下がった。
「背が伸びましたね……全然会いにきてくれないから」
母は泣きながら、バイロニーの頬に触れた。
「私なんかと会いたくないと……」
「誰がそんなこと言ったのですか。あなたはわたくしが産んだ子です」
そう言って抱きしめると、バイロニーが子供のように泣きだした。
後ろからも大量の嗚咽が聞こえて振りかえると、ダスティンやカレン、ワーグナー辺境伯家の護衛騎士達がもらい泣きをしている。
「よかったなぁ~~うぅっ……」
「バイロニー……ッ……グスン」
しばらくしてバイロニーが落ち着くと、バイロニーは愛しのカレンを紹介する。
「私の妻です。バチ王国のガレノヤマ地方を治める辺境伯家の人です。私はその辺境伯家の婿となったので、ワーグナーと名乗ることにしました」
バイロニーがそう言うと、母は驚いたようにバイロニーを見上げた。
「え……っ……あなたはイバキラ王国の第一王子。だから王太子に任命されると――ま、まさか、わたくしのせい? わたくしが呪われた王妃だから」
「単純に私の存在が、第二王子を推す勢力の邪魔になったのです。だから、私は亡命することにしたのです。幸いなことに受け入れて下さるということですし。そこで激しく泣いている青年が、バチ王国第一王子のダスティン殿下――私の友人です」
ダスティンは鼻水を流しながら泣いている。
そんな時だった。疾風のごとく一人の男が駆けてくる。ツノウミヤ地方でサキタカ王国軍の調略活動をしていたハンゾーだった。
ハンゾーはダスティンの前で
「殿下、至急ここを発ってください! チャンドラー公爵、謀反です! 近衛騎士の半数を巻きこんで、王都を制圧する勢いとのこと!」
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